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BLACK HAND -宇宙幽泳-  作者: 木山京
宇宙幽泳
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3.行きたいところへ 今朝の予定は(2)

 東の空に朝焼けを彩った太陽が、少し経って輝きも落ち着かせた頃。クロスポイントの三番ゲートでは、飛行ドローンを連れた少女がいた。


 イブキとビィ。


 今日はショットガンはなし。ショルダーホルスターに収まった拳銃を、いつものコートで隠しているだけ。ビィの短機関銃と併せ、護身用レベルの武装だ。

 アーマー類までしっかり着想していながら、どこか身軽な印象を受けるのは、散弾銃の有無だけであるまい。時折、風にはためくコートの右腕部分、その空虚さだ。あの黒い義手が醸し出す存在感は、かなりのインパクトがあったらしい。


 こうしていると、ただの無力な少女。武装の有無は別として。いやむしろ、この状態で役に立つのはアーマーだけだろう。左脇にさげた拳銃を、左手一本で容易く抜けまい。

 仮にもフリーランスの傭兵が、実情を知れば、ずいぶんな無防備だ。

 そんな杞憂を打ち消すように、程なくしてバギーが一台、イブキたちの前に停まった。助手席には布に包んだ物体が転がっている。


「おはよ、ノア」


「ああ。……何飲んでんだ?」


 運転席から顔を覗かせ、ノアが訊いた。なぜか怪訝に眉をひそませながら。


「ん? これ?」


 生身のままの左手には、紙コップがひとつ。フタまでついているので中身はわからない。一見するとホットコーヒーのようだが、それならストローは刺さっていないはずだ。

 イブキは、まさにそのストローでずずっと飲みながら、


「ただのビタミン・ドリンクだよ」


「ビタミン」


「そ。スムージーってやつ。クズ野菜とか果物とかミキサーしてさ」


「なんだ」


 と、安堵の息が漏れた。この少年の中で、イブキの食事に対するイメージはあまり良いものでない。初対面のインパクトが強すぎる。しかし日頃から、昆虫食を口にしているわけではないのか。

 その辺りも含めた安心だった……のだが。


「あと虫も入ってたかな? なんとかって幼虫。食用に品種改良したやつだって」


「……」


 前言撤回とはこのことだ。


「……まあ、お前って朝から血圧高そうだもんな」


「血圧?」


「なんでもねえよ。ほら、直ったぞ」


 伝法に放って例の布を剥がす。収まっていたのは黒い義手。言わずもがな、イブキの右手だ。


「おおーっ、助かったぁー! 片手だと歩くのも変な違和感あってさぁ。ちょっと持ってて」


「げ……」


 ドリンクと交換で受け取るや否や、イブキは袖をまくって義手を接合部に装着。虫入りスムージーを持つだけで頬を引きつらせたノアを無視し、すぐさま手の調子を確かめた。


「うん、いい感じ。……どしたの?」


 後半は、ようやくメカニックの顔色に気付いたところだ。


「別に。車止めてくる」


「ん? うん」


 ドリンクを突き返すなり、げっそりした面持ちでパーキングに向かう少年。彼を見送る一人と一機は、どちらからともなく顔を見合わせた。


「ね、血圧高いかな?」


「?~♪」


 ノアが聞いたら、また眉間にシワが寄っただろう。しばらくして彼が合流した頃には、もうドリンクも飲み終えていたのは幸いだ。


「買い出しっつっても、何買うんだ?」


「いろいろだよ。飲み水、燃料、医療品、生活用品、弾薬、あとは食料も当然」


 と、からのカップを道すがらゴミ箱に放り、イブキは言う。

 今も宇宙空間に取り残されている友人を迎えに行く。昨日ノアから聞かされた、彼の夢を叶える旅は、すでにおおよそのプランを練ってあった。


 出発は明朝。今朝は旅に必要な物資を揃えるため、こうして早くから待ち合わせていた。


「なるほどな。……いや、ちょっと待て」


「ん? 怖気づいちゃった?」


「~♪」


 悪戯めかしたイブキに、ビィまでからかうようなビープ音を鳴らす。


「んなわけあるか。じゃなくて、メシって虫じゃねえよな?」


「まさかぁ。普通の保存食だよ。バグ・ミートじゃ保存効かないし」


 保存が効けば買うのか、とは喉の辺りで出さずにおいた。


「あとは、そうだなぁ……防弾アーマーと、出来れば護身用に銃もいるかな。自前であるんだっけ?」


「さすがに銃はな。練習しかしてねぇけど」


 射撃訓練そのものは子供でも習う。いざという時、自衛も出来ないでは生きていけない。特にノアの場合、住居はすぐ近くといえ街の外だ。本職には遠く及ばないまでも、基本程度は身についている。


「じゃあ、それの弾も買っちゃおう。何使ってるの?」


「サブマシンガンだよ。ヘックス・ファイアアームズのMP46。うおっ!」


「!~♪」


 途端、ビィがはしゃいだ。嬉しそうに宙を一回転。


「あはは、同じ弾だって喜んでる」


「そうなのか? ああ、九ミリだとかさばるのか。こいつの……」


「ビィ」


「……ビィのサイズじゃ、弾数も限られるもんな」


 短機関銃には拳銃用の弾を用いるものも多いのだが、MP46はそれらよりひと回り細長い専用のカートリッジを使う。装薬量が少なめで反動も低いため、ノアのような初心者から、ビィのような飛行ドローンが装填するのにちょうどいい。


「つーことは、お前もか? 傭兵って、仲間内じゃ同じ弾使うもんなんだろ?」


「大所帯ならね。共通のマガジンとカートリッジ使ってれば、揃えるのも楽だし。だけど私は、ビィと二人だから。使ってるのは十二ゲージと、九ミリのホットロード」


 そういうものか、とノアは頷く。懐事情と生存率は似ている、というより直結しているのだろう。金がなければ充分な装備を整えられず、装備がなければ生きて戻れない。


「ジリ貧なんだな」


 率直な意見に、イブキが苦笑で応じる。


「そりゃま、儲からないよ。傭兵上がりのセレブ、なんて見たことないでしょ?」


「……そういうもんか」


 儲からない、と言いつつ、だから辞めたい、という方向にイブキは行かない。たぶん思いもしていないのだ。

 彼女も人を探していると言った。イブキにとって傭兵とは生き方でなく、あくまで手段なのだろう。年端も行かない少女が、危険と引き換えに各地を巡れる、唯一の身分だ。


 ただ一方で危うさもある。

 その誰かのためなら、イブキは本当に命すら投げ出してしまうのではないか。きっと今のように、片頬へ微笑を浮かべたままで。そうでなくとも、もし旅が終わった時、この少女にはどんな生き方が出来るのだろう。


「ノア? どうかした?」


「いや」


 いつか目的を遂げたら、お前はどうするんだ、と。

 寸前まで出かかった言葉を飲み込んだのは、昨日の今日でこんな質問を投げかけられるほど彼女を知らないことを、ノアが自覚していたためでもあるし、同時に自問でもあるのだと悟ったからだ


 ロケットを飛ばし、友人を迎えに行って――それから? それからどうする?


 一緒に暮らすだろうか。救い出せたら、それで充分なのか。会って話したいこと、やりたいことなどいくらでもあったはずなのに、いざ現実味を帯びさせてみると、何も浮かんでこない。

 夢が叶った先の展望をなにひとつ描いていないのは、ひょっとするとノアの方だ。


「……?」


「なんでもねえよ。ちょっと感慨深くなってな。ようやくスタートできるのかって」


「何言ってんだか。遅すぎだよ」


「早すぎの間違いだろ。出発してねえんだから」


「ん? そう?」


 何気なく逸らした別の本心へ、イブキは立ち止まり、緑がかった碧眼を肩越しに振り向けた。


「な、なんだよ」


「だってさ、昨日話したから助けたいって決めたわけじゃないんでしょ? その人のこと。依頼できる資金があって、行き先まで決まってるんだし」


「それが?」


「ようやくもなにも、とっくにスタートしてるじゃん」


 イブキはこともなげに言ってのけると、そのままさっさと歩き出した。あまりにあっけからんとしていて、束の間、ノアが追いかけるのを忘れるほど。

 励ましではなかった。どこか毛色が違って、そっけなさすら感じられるのに冷たくない。不思議なくらい、ストン……と胸の奥に落ち着くのだ。イブキはきっと、ただ事実を指摘しただけなのだろう。

危険に身を晒さずとも、準備の時点で旅は始まっていると。


 銃弾を受けることが努力ではない。無謀と勇気は違う。その意味で、自棄にならず期を待ったノアの判断は正しい。

 あくまで冷静な、彼女自身が言うところの儲からない職業という視点から出た評価だ。


 それが存外に心地よく、肩の重荷がすうっと軽くなってしまう。

 今、先のことを思い描けなくともいい。この旅の終わりとはすなわち彼女が――エマがこの地上にいる未来のことだ。会いに行ける距離にいるのだから、なんだって叶えられる。


 そんな想いを抱かせる。


「……狂うな、ったく」


 しばし路上に立ち尽くした後で髪を掻いたのは、頬の火照りを冷ますまで要った、ノアの照れ隠しに他ならない。


「~♪」


「ちょっとぉー、置いてくよー」


「わかってる」


 やや語気を荒げ、少し先で待つ一人と一機に並んだ。そこが出発点でなく、歩いてきた道の半ばに過ぎないのだと確信しながら。


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― 新着の感想 ―
仲間内だと同じ弾使わないの?みたいな会話のところのような、時折出るミリタリー知識が筆者らしいなと思いながら読ませていただきました。 ブラックハンドの最初の方の、詩的な表現も、今回のような掛け合いも、ど…
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