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BLACK HAND -宇宙幽泳-  作者: 木山京
宇宙幽泳
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3.行きたいところへ ウルフパック(1)

 交易都市クロスポイントから、西におよそ三〇〇キロ。野生兵器のテリトリーを掠め、さらにいくつかの局所砂漠を乗り越えた先に、ひとつの戦場跡が現れる。

 旧コロラド・スプリングス。二〇〇年前、戦乱の内に焼失した都市のひとつだ。


 焼失と言っても、全てが灰となりかき消えたのではない。輪郭は残っている。ただ、例えば写真なり画像データなりに残った戦前の姿があったとしても、その面影を重ねられるかどうか……。

 いかな攻撃によるのだろう。あらゆる建造物をねじ伏せ、粉砕し、直径にして数百メートルに及ぶクレーターを点在させる原因となった兵器というのは。瓦礫の中で不意に現れる落とし穴の奥には、長年に渡って蓄積された汚濁が溜まる。


 この旧都市が復興されず、それどころかスカベンジャーすら寄り付かないのは、まさに穴底へ潜む汚水が原因で、どうも単なる雨水だとか、そういうものではないらしい。

 でなければ説明がつかない。ただの水が、腐臭のみならず明らかに化学薬品じみた独特の臭気を放ち、生物を遠ざけ、しかも機械にまで影響を及ぼすのだから。それが汚水によるものか、はたまた使われたのがそういう兵器だったのか、今となっては不明。とにかくクレーター内部は電磁場が形成されており、有毒ガスと共に居座り続けている。


 局所砂漠と同様、最後の世界大戦がもたらした、戦後暦の自然災害と呼べるだろう。

 こういった吹き溜まりがコロラド・スプリングスのあちこちにあり、野生兵器や廃品探索者すらも拒んでいる。復興など望むべくもない。ことさらこだわる理由もないため、今に至るまで放棄された戦場跡だ。


 もっとも、例外はある。大きく分けて二つ。

 ひとつは傭兵街ガーディアンセルによる、野戦訓練場としての活用法。何しろ前述した理由から、ここに寄りつく野生兵器はいないのだ。このエリアへの道程も含め、新兵訓練の一環として選ばれることは多い。

 都市としての原型が残っていることも、そんな利用方法を助長した。高層ビルのいくつかは、半ばから倒壊した程度で済んでいる。監視役の教官が陣取り、生徒たちを見守り、指導するには絶好の立地だろう。

 むろん百パーセントの安全はない。クレーターの脅威もそうだし、野生兵器が寄りつかないからと言ってはみても、人と機械の常識は一致しないのだから。


 だから、これは例外のもうひとつだ。


 街の一角。元は繁華街だったに違いない、ネオンだったものを巻き込んだクレーターで、不意に空気が揺れた。比喩でなく文字通りに。生身なら肺が焼かれる瘴気の中で、大人ひとり分ほどの空間がぐにゃりと歪み、数秒と経たず無機質な表皮が現れる。


 シルエットは人のそれ。二メートル近い身長をして、全身を装甲パネルに覆われた人間などいないだろうが。

 装甲は光を反射せず、砂漠仕様のデジタル迷彩でカラーリングされている。ボディはむろんのこと、単眼のカメラ・アイを収めた頭部も同様だ。しかしよく観察してみると、節々で塗装が剥がれ、場所によってはサビすらある。


 重厚感と経年劣化の同居する、機械の兵士。


 じじじ……と。あるかなにかの駆動音を囁き、そいつは周囲を見渡した。複合センサーを起動し、索敵を実行。

 この光景を誰が目にしても、あまり平和的な印象は受けないだろう。突如として現れた戦闘用の無人兵器。自律起動か、遠隔か、いずれにしても武装している。人語を発さない機械兵の右手には、突撃銃があった。人体よりずっと強靭な機械だからこそ、反動を気にせず取り回せるストック・レス。


 であれば次の一言は、至極当然の疑問と言えた。


「……なんだ、こいつは」


 クレーターから数百メートル先の廃ビルにて。一人の男が、スポッタースコープ越しに呟く。

 身なりは野戦服に防弾アーマー。年季の入った砂色の野球帽をかぶり、ブラウンの口ひげを蓄える男。傭兵であるのは間違いない。足下にライフルが置かれているのもそうだし、漂う雰囲気というやつが、現場叩き上げのベテランたる風格を帯びている。


 少なくとも並みの傭兵ではあるまい。右隣にいる相棒共々。


「シカゴ、そっちは?」


「ああ」


 似たり寄ったりの出で立ちに、これも同じような折りたたみ式のコンパクト・チェアに腰を下ろす、二人組の男。三脚で固定したスコープを覗いているのも、監視方向が異なる点以外では変わらない。

 ただしシカゴと呼ばれた男の口元は、いくらかの無精ひげが窺える程度であり、黒髪の上に同色のニット帽をかぶっている。


「二時方向、ターゲット二機……いや三。まだいるだろうな」


 シカゴが言う間にも、同じ無人兵器がクレーターの周囲に現れては離れ、程なくして姿をくらます。なるほど、これでは正確な数などわかるはずもない。


「分隊か、小隊規模ってこともあるかもしれん。どうしたもんだ、アート?」


「どうもこうも……」


 ブラウンの口ひげを生やした男が、そのひげの奥で、ううむ……と低く唸る。


 アートとシカゴ。この二人組は、まさに前述した訓練教官の任を受け、旧コロラド・スプリングスを訪れていた。どちらも傭兵街ガーディアンセルに属する傭兵であり、最精鋭に数えられる戦闘員だ。

 腕が良すぎるため教育仕事しか回されない、とは両者が揃って口にする自嘲。一方で請け負った新兵の負傷者は実地訓練を含めてごく少数であり、死者に至ってはゼロという、おそるべき数字がその実力を裏づけている。


 それほどのベテランが、どちらも渋面を浮かべていた。

 どうするべきか。いや、やるべきことは決まっている。街の郊外には担当中の新兵八名がもう一人の教官と共に待機しており、演習開始の合図を待ちわびていた。廃墟へ姿を消した自律兵器の集団は、むろん今回の仮想敵などではない。


「ウルフパック、こちらグレイベア……ウルフパック、聞こえるか? こちらはグレイベア。トレンチ?」


 無線機に繋がったヘッドセットで、待機中の訓練部隊を呼び出す。この距離ならさすがに電磁場の影響はなく、無人機たちにも気取られない秘匿回線だ。


『グレイベア、ウルフパックだ。聞こえてる。アート、何があった』


 送信から数秒後。骨伝達スピーカーが、三人目の教官ことトレンチの声を届ける。すでに語調から緊迫した気配を察したらしく、応答は懸念を秘めていた。


「ウルフパック、演習は中止だ。エリア内に複数のターゲット。機体はバリスティック・ドローン、XB3」


『なんだと?』


 意表を突かれたようなトレンチの反応は、アートの想定内であり、報告している彼自身、まだ眼前の光景から立ち直りきれていない。


『ここらで見かけるような型じゃないだろう。確かなのか?』


「現在進行形で目視してる。流れてきたんだろうが、どうもおかしい。特殊作戦仕様だ。クラス4の光学迷彩まで積んでやがる」


 あの透明化した迷彩機能だ。装甲表面へ電磁波を流すことで光の屈折をコントロールし、ほぼ完璧なカモフラージュを実現する。赤外線探査もすり抜けるため、ごく至近距離でなければ発見は難しい。実際、クレーター付近を通過していなければ、シカゴたちは気付けなかった。

 そういう意味で、最悪の事態は免れたのだろう。もっとも、


『ああ、クソ……』


 トレンチが苦虫を嚙み潰して呻く。むべなるかな、彼とてアートやシカゴに引けを取らない熟達の精鋭である。だが熟達していればこそ、こんな声が出てしまうのだ。

 世に野生兵器は数あれど、最も遭遇したくない機種のひとつには、バリスティック・ドローンの総称で知られる人型兵器が挙がるだろう。


 人体を模した形状からわかる通り、人間の歩兵を代替するため作られた無人機。ただしこの兵器が日の目を見た瞬間、生身の歩兵はほとんど完全に役目を失った。全身にまとう装甲は、一般的なアサルトライフルが用いる小口径高速弾に対して絶大な防御力を誇り、頭部の複合センサーは人の知覚より数段優れ、一機が得た情報はデータ・リンクによってユニット内で共有される。

 部隊として設定されたバリスティック・ドローンは、まさに個にして群。コミュニケーションも、長期間の訓練も必要とせず、すでに完璧な連携を行なえて、しかも個体としてのスペックも常人の比ではない。


『まずいな、どうする?』


「大人しく逃げるのはどうだ?」


「アート、お前、今月ツイてないだろ」


 提案から間髪入れず、シカゴが言う。


「何の話だ?」


「カードやれば負ける。ベースボール・シムに賭ければ二桁の点差で大敗。で、今は演習場で厄介なのと鉢合わせだ」


「わかるように言え」


「あいつら、東に向かってる。逃げた先で、あの連中と鉢合わせしなきゃいいな」


「……よくわかったよ」


 うなだれつつ頭をひねる。運勢はともかくとして、シカゴの指摘には聞くべき点もあった。

 バリスティック・ドローンの一団がどこから来たにせよ、針路は東。撤退するとなれば、こちらも東に向かって交易都市を目指したい。別ルートで向かっても途中で接触しないとは限らないし、そうなればあちらに分がある。

 光学迷彩つきのバリスティック・ドローン。一度離れたら再補足は難しいし、遭遇戦へと発展したら主導権を握られて然り。


「……見失うよりはいいか」


 十数秒の黙考を挟み、アートは結論を呟いた。


「追うぞ。連中がどこに行くか確かめる。万が一、街にでも向かわれたら洒落にならん」


「新人共は?」


「ずぶの素人でもないだろ。連れて行く。トレンチ、トラッカー・ドローンを出せ。あの光学迷彩なら、電磁波をセンサーで追えるはずだ」


『了解』


 トレンチが応じる。新兵含めて十数人の分隊規模となるアートたちは、三台の装甲車両で移動していた。そこには車載火器に加え、遠隔操作の偵察ドローンも積んでいる。


「距離に注意、充分空けておけ。連中、見たところ重火器はない。長距離の撃ち合いならこっちが有利だ。それでも詰められたら終わっちまう。交戦は最後の手段だ」


 命令を下しつつも、アートは胸裏にわだかまる不快感を拭えなかった。本来なら無人兵器も寄りつかない廃墟に、突如として現れたバリスティック・ドローンの一団。単なる野生兵器にしては装備が整い過ぎている。


「目的があると思うか?」


 まさに思案していた言葉を口にしていたのは、シカゴの方だった。


「あって欲しくないね。……叩くにしても、こっちの戦力が厳しい。一人、隊を離脱させて援軍を呼ぶのはどうだ?」


「時間がかかりすぎる。合流まで向こうがどう動くかわからんし、本隊もいつまで追跡できるか……」


 シカゴが言う意味は、あの光学迷彩を指しているのではない。


「ああ。単に演習目的だったからな。追えて四日か五日、それ以上は水も食料も尽きちまう」


「見定めるには充分な期間だ。人手が欲しいってのは、俺も同感だがね」


「そりゃ心強い」


 アートは鼻で軽く笑って応じる。再びトレンチの声が届いたのは、ちょうどその時だ。


『ウルフパックよりグレイベア、通達する、トラッカーが監視高度まで上がった。誘導してくれ』


「グレイベア、了解。グリッド191‐274。どうだ?」


 機械兵たちの大まかな座標を伝えて、少しの後。


『ちょっと待て……ロックした。追尾に移るぞ。お前らはどうする?』


「一旦、そっちに戻ろう。ウルフパック、また後で」


「日当たり気に入ってたんだがな」


 名残り惜しそうにシカゴがぼやく。どんな状況でも軽口を忘れない、ひげ面の男。こういう時には誰より頼れる存在だ。


「もっといい家探してやるよ。行くぞ」


 言いながら片付けに入ったアートは、しかし相棒の冗談をもってしても、心のどこかに引っかかりを忘れきれなかった。杞憂だろうか。あのドローン、野生兵器にしては統率が取れすぎている。

 アートには、そこに何者かの意思が感じられて仕方ないのだ。


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― 新着の感想 ―
アートとシカゴいいですね。軽口を叩き合える関係大好物です。完結した暁には彼らのスピンオフでも読んでみたいものです。
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