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BLACK HAND -宇宙幽泳-  作者: 木山京
プロローグ
1/31

0.夜と憩う *表紙イラストつき

挿絵(By みてみん)


 るるる……と。暮色も去り際の、深い青色と散りばめた星に塗りつぶされてゆく空の下。最後の日差しが照らす荒野へ、静かなモーター音が鳴っていた。

 前後にタイヤを備える、一人乗りの移動機械。いわゆるバイクに違いないが、そのカテゴリーではかなりの大型だ。ここに車体の後部と左右へ積まれた荷物が加わるので、視覚情報はもう一回り大きくなる。

 この外観で、エンジン音は前述した通り。あまりにも囁かで、一見しただけでは音とサイズが噛み合わず違和感を覚えてしまうだろう。排気筒があるのだから、内燃機関と電動モーター、双方を搭載したハイブリッド車。


 ずいぶんハードに乗り回しているらしい。

 残照を煌めかす外装は、至るところに傷があった。擦り切れた塗装やへこみなどは優しい部類で、明らかに銃創と思しき生傷まで。

 こんなマシンを転がすのだ。果たして乗り手はどんな無頼漢か。


 と、


「この辺にしとこっか」

「~♪」


 緩やかな減速を挟み、岩陰にそっと停車したバイクから、これも予想外な声が二つ。快活な少女のそれと機械的なビープ音。

 まず後者がバイクを降りた。いや、離れたというべきか。フロント部分に収まっていた自律兵器。四枚のローターを持つ飛行ドローンである。目まぐるしく不規則に動く機動性と、機体下部にサブマシンガンを搭載した対人ユニット。

 れっきとした殺人兵器なのだが、ふわりとバイクから浮き上がった姿に想起するのは、兵器としての凶悪性でなく子供っぽさ。人の形とはかけ離れているのに、どこか無邪気な幼さがある。


「ビィ、あんまり飛び回らないの」


 さながら姉の口調でたしなめる、ドライバーの少女。

 一〇代後半といったところか。身長は、同年代より小柄だろう。クセ毛の突き出た薄いブロンド。後ろ髪はうなじの辺りでまとめ、ローポニーとして伸びる。夕闇の底、細長く揺れる金の軌跡だ。

 荒地を渡る夜風に、羽織るコートがひるがえった。黒い薄手の生地。


 その奥に隠れていた出で立ちが露わになる。防弾アーマーにプロテクターを備えた野戦服。片脇に自動拳銃の入ったホルスターを吊り、逆サイドへは予備の弾倉。これに加えて、肩にはリボルバー式ショットガンをスリングで引っかけているのだ。

 少女に似つかわしくない風貌へ、けれど違和感が少ないのは、彼女の面差しがあるからだ。


「ふぅ……」


 突風に乱された髪をかき上げた後、ゴーグルを外して一息つく、中性的な顔立ちの彼女。

 すれ違いざまなら少年と見間違えられてもおかしくない。どちらかと言えば精悍と呼ばれそうな表情へ、緑がかった碧眼には年齢よりも、どこかひと回り達観した光を帯びる。


 彼女はショットガンを下ろし、バイクに立てかけた。

 先ほどゴーグルを外したのは左手。銃を置いたのは右手。普通なら何の変哲もないのだが、武器に触れた方の手は金属の質感を帯びる。


 無機質な右手。徐々に深みを増す夜闇よりも、さらに濃く純粋な黒の義手。

 その手は、果たしてどんな過去を経てすげ替わった手なのか。経緯を知ったなら、年齢不相応に落ち着き余裕を秘める彼女の――イブキという少女の佇まいに、納得できるだろうか。


「私たちだけかな?」

「?……♪」


 イブキの質問へ応じるビープ音は、不思議がるような音程をした。


「そりゃ他に居なそうだから止まったんだけどさ。闇討ちでもされたら……ま、そん時はそん時か」


 肩をすくめる。さらりと口にするので軽い冗談に聞こえてしまうが、彼女らのいる環境を知っていれば、ぞっとする話だ。

 どれだけ頭数を揃え、強力な武器を帯びていようと、人のスペックには限界がある。つい昨日までエリートと呼ばれていた戦闘グループが、ともすれば一夜で壊滅してもおかしくない。それほどの危険が、この大地には数多ひそむ。

 もっとも、イブキやビィにとって、こうした事情はごく当たり前なのだろう。


「さっさと準備しますかぁ。もう暗くなっちゃったし」

「~♪」

「縁起でもないこと言わないの」


 一寸先の闇から、いつ銃弾が飛び出してきてもおかしくない。そんなことは当たり前になっている。だから警戒はするし、対策も心得ていた。しかし必要以上に怯えはしない。


 実際、イブキはごく自然に荷物を開けて、円筒形の物体を取り出す。幅五センチ、厚さ十センチほどのデバイスが五つ。連結されて一本の棒状を成していた。バイクを中心に歩きながら、小分けにしたそれを投げ置くと、ワンテンポ遅れ、ピッ……と作動音が鳴る。

 使い捨ての複合センサーだ。動体反応とレーダー走査を捕らえ、サイレント・アラームを鳴らす。毛布や熱いコーヒーと等しく、荒野で夜を越すための必需品。


 センサーを配置し終えたら、今度はバイクにカモフラージュ・ネットを。そして自分の寝床となる小型テントを組み立てた。どちらの布地も対赤外線加工が施されているため、サーモ・センサーに引っかかることはない。

 それにしても、この頃にはもうすっかり夜が訪れているというのに、明かり無しで慣れた手つきだ。


「終わったぁ……! ビィ、いいよ」


 設営中、ずっと上空で警戒していた相棒が、呼びかけにすぐ降りて来た。


「~♪」

「ん、お疲れ。ひと休みしよ」


 ショットガンに、荷物をいくつか。何回かに分けてテントの中へ運び込むんだイブキは、最後にビィを抱きかかえながら即席の家に落ち着いた。

 テント自体は前述した通り小型で、天井のゆとりもあまりない。ひと一人、詰めれば二人がどうにか寝れる程度のスペース。イブキの場合、基本的にひとり同然で、小柄なのも幸いした。窮屈そうな気配はない。


「充電、繋ぐよ」

「!~♪」


 といって、はしゃぎ気味なビィにプラグを挿す。手元を照らす光源は、相棒自身のセンサーが放つ光。ケーブルは外から伸びるのだが、これはバイクに繋がっていた。補助電源を介し、愛車を発電機代わりに使っている。


「……いつも思うんだけどさ」

「?~♪」

「電気って美味しいの?」

「~♪」

「でもさぁ。パンと違って、ジャムとかなんにもないじゃん」


 電気ケトルでお湯を沸かしながら、夜の底で両者の応酬がひっそり続く。

 人語とビープ音。これでなぜ意思疎通が取れるのか、とは今更だろうか。二人……もとい一人と一機のやり取りを聞く限り、イブキは単純な喜怒哀楽以上の言葉をビィの音から拾っている。


「?~♪」

「食べてみたいよねぇ。ジャムだって高級品だし。はぁー、パサパサだ……ん?」


 安い携帯食をかじりつつ。味と食べ応えに不満をぼやく少女は、ふとテントの外へと視線を投げた。ケトルの電源を落とすと、開けっ放しの出入り口から、しんと冷えた夜に身を乗り出す。

 風の音色に、小さな羽音。チチッ……とそれは囁き、テントの頭上を飛び去った。


「……サラマンダーかな」


 飛んでいった羽音の正体を、イブキがそっと呟く。緊張を吐息に交え、黒い右手を拳銃のグリップより離しながら。

 音こそ虫のようだが、あれは昆虫などではない。


 サラマンダー。ビィと同じ飛行型のドローンである。もっとも、あくまでカテゴリーが重なるだけ。あれと意思疎通が出来るとは思えない。

 荒野を徘徊し、無差別に人を襲う自律兵器。話し合う余地などなかった。

 ビィよりずっと大型で、標準モデルなら三〇八口径チェーンガンを搭載する。何より凶悪なのは、あの羽音だ。高出力かつ静音性に優れた特殊ローターは、接近されるまで探知が難しい。人知れず忍び寄り、気付いた時には撃たれている。


「……♪」

「だね。ちょっとヒヤッとした」


 心なしか声量を落としたビープ音に、イブキは片頬で笑う。今までと違い弱々しさの滲む表情に、強がりの気配はなかった。

 飛行型の怖いところだ。事前に設置したセンサーにも引っかからなかったのだろう。こちらの存在に気付かなかったのは、ひとえに幸運である。


「通り過ぎてくれたんなら、いっか」


 テントを閉めながら、安堵の吐息をもうひとつ。

 そうして金属製のマグカップを取り出す。持ち手の部分が木で出来た、イブキのお気に入り。

 インスタント・コーヒーを少し入れたら、粉末ミルクと砂糖をその倍は入れて、沸かしていたお湯を注ぐ。

 軽く一口。ひりついた心に、甘くもほろ苦い暖かさが沁みた。


「次はさ」


 と、もう一度すすりながらビィに言う。無機物の相棒は、身じろぎするように少しローターを回した。


「次はまた西に行こうか。街で少し休んだら、護衛の仕事とか探して。どう?」

「~♪」


 ビープ音は、何かイブキをからかっていたのだろうか。少女が頬を膨らます。


「またそーゆーこと言う。こういうもんでしょ、傭兵って」

「?~♪」

「揚げ足ばっか取らないの。ったく……」


 コーヒーをまた一口。吹き抜けてゆく風の音に、意識は再びテントの外を向いてしまう。


 と、


「……! ん、ありがと」


 ほんの少し浮遊したビィが、そのまま足の間に着地する。このドローンは、果たしてイブキの不安を感じ取ったのだろうか。

 安心しろ、とでも言うようにまた小さく音を鳴らすと、あとはじっと相棒の膝で沈黙する。


「ま、なるようになるか」


 淡い微笑を浮かべたイブキが、黒い右手でビィの外装をそっと撫でた。電気信号で動きはしても、感覚自体はない機械の指。しかし同じ無機物の相棒に触れていると、そこにほのかな温かみを感じる。

 たとえ感傷の類でも構わないだろう。イブキにとってはただこの夜を、この友人と過ごせるだけで心強い。だからマグカップを置き、やがてそっとまぶたを閉じられる。


 ――二〇〇年前、戦争があった。

 俗に、最後の世界大戦と呼ばれる戦争が。文明を崩壊させ、惑星を壊し、勝者のいないまま幕を引いた戦いがある。その中で投入された自律兵器は、破壊も回収もされずに野生化し、新たな生態系とも呼ばれるほど、この地上でありふれた。


 戦後暦、二〇〇年。

 片隅に追いやられた人間が、端的な名称で呼び、記録する時代になっても野生兵器の脅威はあり続ける。戦後二世紀の過ぎた現在も、まだ。


 そんな時代に生きている少女が、一人いる。

 自律兵器の相棒を連れ、あてもなく旅を続ける、黒い義手の少女が一人。どことも知れない荒野の岩陰に、ひっそり寝息を立てている。


 そんな少女が、ひとりいる。


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