第89話 表の裏は…… その②
何が起きたか、もう覚えてない。
彼女を追いかけていたところまで、覚えていた。
その後、どうしたんだっけ……。
ふと目の前を見ると、廃墟のような所へ来ていた。
がむしゃらに追いかけていたら、こんな所まで来ていた。
私は廃墟に入って、快弦ちゃんを探す。
しばらく探したあと、月の光が入ってくる広場に出た。
どうやら、天井が崩壊しているようだった。
幻想的な広場だけど、そこに快弦ちゃんは立っていた。
「かい、つるちゃん。なんで、にげ、たの?」
「……私の、見たんでしょ?」
どっちの意味だろう。
私は、言葉が出てこなかった。
「私は、人間じゃないの」
「……人間じゃ、無い……だなんて……」
ふと、快弦ちゃんが動いた。
まるで、切なげに笑うかのようにして、私の首を締め始めた。
唐突のことに、私は息ができずに、肺の中の空気がない状態で首を絞めあげられる。
「がっ、ぐ……っ!」
グググッと締めあげられる首。
彼女の目は、いつも知っている快弦ちゃんの目じゃなかった。
怒りが籠っているのか、さらに力が込められる。なのに、どこか悲しそうで……。
「私さ、人に顔見られるの嫌いなんだよね、先輩」 「うっ、あ……ごっ……」
声を捻りだせない。
このままだと……快弦ちゃんが、人殺しになっちゃう。どうしたら、どうしたらいい……の。
私は快弦ちゃんの力を込めている腕を掴み、何とか口を開ける。
「ご、め……ね?」
「っ……!」
ふと、手が離される。
私はゲホゲホッと咳き込み、快弦ちゃんを見る。
快弦ちゃんは、自分で自分の腕を掴んでおり、汗を垂らして必死に抑えている。
「違う! 私がしたいのは、こんなことじゃない!!」
そう叫ぶ。
その目は、確実に快弦ちゃんで……いや、どっちも快弦ちゃんだ。
でも、先程首を締め付けてきた時は、あんな顔じゃなかった。
「私が生き残るためには、必要なことでしょ? 違う! 要らない! こんなもの、もう要らないんだよ!! 裏切ったら殺されるわよ……うるさい黙れ!!!」
まるで自問するかのように、何度も何度も声を荒らげる快弦ちゃん。
私はそんな快弦ちゃんを見つめていると……ふと、こちらに目を向けてきた。
……まるで、悲しみにくれた、どうしようと問いかけるような目だった。
快弦ちゃんに、何があったのか、聞かないと。
それが、私に出来ることかもしれないから。聞けば、もっとほかのことも出来るかもしれないから。
「快弦ちゃん、聞かせて?」
「……な、何を?」
「快弦ちゃんの、全部」
私はそう言って、彼女の両手をゆっくりと握った。
快弦ちゃんはしばらく俯いたあとに、髪をかきあげた。
痛々しい、顔が見えた。
「……私は、ね。ゴミみたいな、人間なんだ……?」
そう、彼女は始めた。
◇◆◇
私の過去は、たぶん、他の人間にとってもありえないような……そんな、過去なんだと思う。
私の親二人は、それぞれが不倫してて……お互いにそれを気にしていなかった。
私も、眼中に無いようで……。いわゆる、ネグレクト、というやつだ。
だから、そんな家がいやだから、家出した。
走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って。
それで、雨が降ってきた。
だれも、私のことを無視しているかのような……そんな感覚に襲われた。
そっか、誰も助けてくれないんだって、思った。
ならもういっそ、誰にも見つからないところで死のうと思った。
けど、そんな時に……奴らに出会った。
「……貴様は、どっちだ?」
「……ぇ?」
そいつは、こちらに手を差し伸べてきた。
「『世界に絶望した者』か? それとも、『世界を壊そうと思った者』か? ……貴様は、どの未来を選ぶ? ここで野垂れ死ぬか、我々と一緒に世界を虚無に包むか……」
最初聞いた時、何を言ってるんだろうと思った。
けれども、どこか安心する声で……私は、手を取ってしまった。
それからは、酷い日々だったと思う。
人が殺されるところを見て、吐いて。
仲間のみんなは、人間じゃないんだってことに気付いて。
それで……だんだん、自分の皮膚が爛れてるのがわかって、発狂しそうになって。
私は、この時点でもう生きるのに……絶望してたんだと思う。
私の人生は、全部、絶望がまとわりついてたんだ。
どうしようもなかった。どうにも出来なかった。
だから、もう全部……壊そうと思った。
「最近、鬼円が動き始めた」
「……おに、まる?」
……今もは、聞いたこととある言葉が出てきた。
そうだよ、鬼円國網さんのことだよ。彼は……ひとりで『クリフォトの樹』と対立していたんだ。
「監視してきてくれ。カイツール」
「……分かりました」
それで、監視するために……あなたたちと出会った。
馬鹿みたいな人生だな、と思った。
こいつらは、これから世界が壊されることも知らずに、過ごしていくんだなと思った。
けれども、金之助の言葉に、救われたんだ。
『ん? そりゃあ、『仲間』ッスから?』
『快弦さんが、可愛いからそう言ったッス。隠されてても、笑顔は隠れませんから!』
『俺、快弦さんと色んなことしたいッスから』
あいつは、どこまでも能天気で……。
どこまでも、元気で……どこまでも、優しかった。
だからさ、私は……。
「裏切った。みんなのことを、私は裏切ったの。鶴愛さんが死んだのも、私のせいだ……!」
私は言った。
まるで、罪を懺悔するかのように。
あぁ、きっと私は……春乃に嫌われるんだろうな。
「ごめん、なさい……! 私、もっと……いい子になれば、よかっ、た……!」
今更泣いたところで、許されるわけがないのに。
でも、心からの本心なんだよ、春乃。私はね、私は……とても弱い人間なんだ。
「……ごめん、なさい……っ!」
春乃は、そんな私を見て……。
「……そっか、辛かったね」
抱きしめてくれた。




