第86話 香蔵という少女・狸吉という少女
「……いやなもん、思い出したな」
黎矻は自室ではなく、車の中で目を覚まし起き上がる。
鶴愛が死んでから、およそ3日。
鬼円や春乃らは部室に来るものの、未だ、香蔵と狸吉は部室に来ておらず、学校を休んでいた。
黎矻も一教師として、元警察として、自身が受け持つ学生の心配はしていた。
ガラガラと扉を開けると、金之助と快弦のふたりが目に入った。
黎矻は汗を垂らしつつ、席に座る。
「……大丈夫か?」
「え? あぁ、うっす……」
「……はい」
まるでお通夜のテンションだな、と自虐するように心の中で笑う。
このテンションをどうしたものか……と考えていると、春乃や鬼円といった部活のメンバーが集まっていく。
「今日も、来てません、か?」
「あぁ、だな」
春乃の言葉に頷く黎矻。
春乃の拳が強く握られるのを見て頭に手を置く。
「……先生」
「わぁってるよ。……あいつは強いやつだ。すぐ復帰するさ」
黎矻はそう言う。
かつての友人との約束を守る。それだけが、彼の心に深く刻まれていた。だからこそ、だからこそ、彼の目に炎がついていた。
(絶ッ対ェ見つけ出してやる……野郎、俺らの生徒に手ェ出しといて……無事でいられると思うなよ……)
黎矻の目に、確かに正義の炎が宿った。
◇◆◇
「……香蔵、起きてる?」
私は家に上がる。
香蔵から渡された合鍵を使って家に上がったのはいいものの、声が全くしない。
私は香蔵の部屋の前まで行き、コンコンッとノックをする。
何も聞こえてこない。やはり、というか……やっぱり、というべきだ。香蔵の精神は、まだ安定していないのだろう。
何も出来ない、自分が悔しい。私はいざと言う時、香蔵の役に立てていないんじゃないだろうか。彼女はいま、助けを求めている。なのに、なのにも関わらず、私はこんな所で立ち止まっている。
こんなのじゃダメなのだ。彼女を、何とか励まさないといけないのに。
身体が、上手いこと動いてくれない。
「……香蔵、私……いつまでも、味方だからね!」
「なにしてんの?」
「オピョッ!?!?」
へんなこえでた。
「って、香蔵! 起きてるなら言ってよ!」
「あー、ごめん、トイレでボーッとしてた」
「トイレ入ってたの…………今日は、どうするの?」
「うん、行くよ。みんなに心配かけちゃダメだしね!」
香蔵はいつもの変わらないテンションで言う。
いや、それは間違いだ。いつもだったら、もっとテンションが上がっているはずだ。このテンションは……きっと、無理やりあげているのだろう。
私はそんな香蔵を見て、後ろから抱きつく。
「え、え? ……狸吉ちゃん、積極的じゃ〜ん、どうしたのさ?」
「香蔵。香蔵、私ね? 私、あなたのそばにずっといるからさ」
「っ…………そんな言い方、ズルいじゃん」
香蔵は、私の手をしっかりと握った。
暖かい、けれども、どこか震えていた。私はそんな彼女を、もう一度しっかりと抱きしめる。
「鶴愛ちゃんが、死んじゃってさ……私、どうすればいいんだろうって、一人で悩んじゃってさ」
香蔵は震える声でそう言う。
私はそんな彼女の言葉を、続きを待っていた。
「でも、ね? 夢に鶴愛ちゃんが、出てきてさ……『貴方には、仲間がいるでしょう?』って、言うの」
香蔵は、こちらを振り返った。
そして、私の顔を見て、今にも泣き出しそうな目で……いや、泣くのを堪えて言った。
「だから、私は前に進むの。……鶴愛ちゃんはきっと、まだ私の心にいるからさ」
「……香蔵」
「行こ? みんな、心配してるだろうし。先生にも、休んでたこと言わないと」
香蔵はニッコリと笑顔を浮かべてそう言う。
そんな笑顔を見て、私もまた微笑むのだった。
……死者に対して、私たちが出来ることは一つしかない。
それは、彼らを、彼女らを……死者を、ずっと想うことだ。
死者は、もう言葉も発さないし、動くことも出来ない。だからこそ、だからこそ、私たちが死者を想い、敬い、そして悲しんだり、労うようにするしかないのだ。
それは、どんな人間であろうと……どんな生物であろうと、そうすることしか出来ない。
死者に対して、私達……生者は無力だ。
だが、無力だからこそ……無力だからこそ、出来ることがあるのだ。




