第78話 金之助という男
「ちょっと、離してってば!」
「あっ! い、痛かったッスか? そ、それだったらご、ごめんなさいッス!」
「……もう、いつも何も言わずに突っ走るから止めたの! ほんっとに悪い癖! 他人の気持ちとか考えたことないの!? だからありがた迷惑って言ってるじゃん!」
金之助と快弦が春乃達と別れてから10分。
花火が上がる中、金之助は快弦の手を引っ張って走っていたが、振り払われて立ち止まる。
快弦は息を整えながら金之助に迫っていた。
金之助も流石の迫りにあわあわした後に、シュンっとする。その顔に、快弦は言葉を止めて腕を組んで顔を背けた。
「……次はな……何回目の『次は無い』よこれ」
「数えたことは無いッスね」
「反省!」
「……うっす」
傍から見ればまるで夫婦漫才だな。そう思った快弦は、カァーッと顔を赤くして、金之助の脛を蹴った。
金之助は短い悲鳴をあげて脛を抑えて倒れ込む。
流石の金之助とは言えど、弁慶の泣き所と言われている脛は弱いようだ。
「……で、今回はなんでこんなことしたわけ?」
「……楽しんで、貰いたくて……」
「はぁ?」
金之助は立ち上がり、言う。
その言葉に、快弦は素っ頓狂な声を上げてしまった。それだけの為に連れ出したのか? と。
快弦は頭を掻いてため息をついた。
「楽しんでるわよじゅーぶん」
「いやその、何だか、影があるって言うか……快弦さんは、いつも下を向いてるじゃないッスか」
それを聞いて、快弦が固まる。
……金之助は、続けた。
「だから、今日はせめて、楽しんでもらおうと思ってッスね!」
「……。私のために?」
「はいっ!」
快弦は金之助の言葉に自分の顔を触る。
そして、金之助の瞳を見て、ほんの少し顔を赤らめていた。
金之助は花火を見て、大きく口を開ける。
「たまやーーーーーっ!! ほら、快弦さんも言うんッスよ!」
「えっ? わ、分かった……た、たまやーーーーーっ!!」
「そんな感じッス!!」
二人で言い続け、その声が空へと放たれる。
花火が上がり、金之助の顔を照らす。快弦は、そんな金之助の顔を見て目を見開く。
そして、ふと、笑みを零した。
「金之助はさ、なんで私なんかに構うわけ?」
「ん? そりゃあ、『仲間』ッスから?」
快弦はその言葉を聞いて、ははっ、と笑みを零す。
金之助は、そんな顔を見てふと呟くのだった。
それは、金之助自身も初めて捻り出した言葉であった。
「可愛い……」
「……………………………………は????」
快弦の声と合わせるかのように大きな花火が上がった。
パラパラパラと花火の残りが空に舞う。それが、火を噴いて、様々な色に発光する。
その光が2人の顔を再び照らした。
金之助は真剣な顔で彼女を見つめていて。快弦はそんな彼を顔を赤くして見つめていて。
再び、花火を見た観客から大きな歓声が上がる。そんな声すらも耳に入らない快弦。
「……今、なんて?」
「可愛いって言ったッス」
快弦の聞き間違いでは無かった。
金之助は、確かに快弦の質問にそう返した。快弦は金之助から顔を背けた。
「……私が、可愛い?」
金之助にもう一回そう聞く。
金之助は、その問いに確かに頷いて答える。快弦は、髪によって隠されている部位を、静かに上から触る。
金之助の方を、もう一度向く。
「こんな、顔なのに?」
「……見たことないッス。そっち側は」
金之助は正直にそう答えた。
何度も一緒にいたのに、顔が隠されている方は見たことがなかった。
けれども、そんなことはどうでもいいと金之助は呟いた。
「快弦さんが、可愛いからそう言ったッス。隠されてても、笑顔は隠れませんから!」
金之助は笑顔で言う。
その言葉に、快弦は口を震わせて、体も震わせていた。
それに気づいた金之助は慌て始めた。
「い、いや別に! 悪い意味で言ったんじゃ……」
「そう、言うことじゃ、ないわ、よ……」
嗚咽混じりにいう快弦。
そんな快弦に気づいた金之助は動きを止める。金之助は彼女に近づいて、顔を覗く。
その顔は、金之助も始めて見る顔であった。
「……泣いてるッスか?」
金之助の言葉に彼女は目を擦る。
なのに、ぽたぽたと垂れる涙は、とめどなく溢れ出ていた。
快弦は海の方を向いて、金之助に呟く。
「私ね、私ね。自分の顔が、コンプレックスなの」
「えっ」
その言葉に金之助は顔を青ざめた。
もしかして不味いことをしてしまったのでは?? そう考える金之助を見て、違う違うと首を横に振る快弦。
快弦は、笑顔ではあった。涙目で、涙のあとがあれど、笑顔だった。
「だから、金之助に言われて、私、嬉しいよ」
「…………そりゃあ、褒められたら嬉しいッスよ」
金之助の言葉を聞いて、彼の方を見る快弦。
金之助は快弦の隣に立って、同じく海の方を向く。
「俺、快弦さんと色んなことしたいッスから」
「…………なにそれ」
快弦は笑う。
金之助はそんな快弦を見て、笑顔で目を細める。
「やっと、笑ってくれた」
そんな呟きに、快弦はまた恥ずかしそうに笑顔を浮かべた。
金之助は彼女に手を向ける。快弦は、そんな手を見つめて、金之助の顔を見る。
「さぁ、行くッスよ! まだまだ食べたりませんッスから!」
「……ほんっと、食べることしか脳がないの?」
そんな彼女もまた、笑顔で金之助の手を取るのだった。




