第63話 エンカウント その③
「グフッ!?」
香蔵の悲鳴に近い声が上がる。
それを聞いて、春乃が目を見開く。
「香蔵……さん?」
香蔵の口からは血が吐き出され、その身体を大きく揺らして地面に倒れる。
キムラヌートは大きく口を開けて、笑っていた。
その笑い声は、春乃には聞こえておらず、ただただ自分の心臓の音だけが聞こえていた。
(嘘だ……香蔵さんが殺られた? まだ、死んでないに決まってる! どうやって助ける!? 誰に助けを……!?)
春乃の脳内に幾つもの考えが過ぎって消える。何度も何度も、過ぎっては消える。
──アイツの後ろに回り込む? 無理だ。私にそんなのは出来ない。
──香蔵さんを連れて空にダイブ? その前に私が刺されて死ぬ……!
──アイツを倒す? 1番論外……! そもそも、私にそんな力は無い。
(クソッ、クソックソックソ!!! 私に、私に能力があれば……! 私に……強い能力が、あれば!!)
地面に指を立てて、力を込める。
だが、それはただ跡をつけるだけで壊れるなんて妄想にはならない。
春乃は、ウルウルと潤っている目を閉じて、暗闇の中で考える。
「さぁ、終わりだ幽霊女」
岩槍を持って歩み寄ってくるキムラヌート。
春乃はさらに考えを加速させるが、哀れ、打開策は何も浮かばない。
ただ、唯一ひとつ思い浮かぶ言葉はある。
それは「無理」という文字であった。
(無理? うるさい、うるさいうるさい! 今やらなきゃどこでやるんだ!!)
目を見開き、折れているはずの肋骨など無視して立ち上がる。
そして、拳を握り、走る。
「うわぁぁぁああああああああ!!!!!」
キムラヌートの顔面に、殴りかかった。
春乃は、確かな手応えに先程までの考えを吹き飛ばした。
(殴れた……! 今のうちに香蔵さんを……!!)
春乃は香蔵を助けようと1歩踏み出す。
だが、殴った方の腕が固定される。春乃が振り返れば、腕を掴んでいるキムラヌートの姿があった。
春乃は、顔を真っ青にして離れようとする。だが、ガッチリと掴まれているため、離れられない。
「っ! 離、せっ!! 」
「……無理だ」
腹に蹴りを入れられる。
春乃は唾と血が混じった物を吐き出し、倒れかける。だが、腕を大きく上に挙げられ、宙ぶらりんになる。
春乃は脚をバタバタさせ、何とか逃れようとする。
「今の、痛くなかったなぁ……バールで殴られた時の方が痛かったぜ……?」
「やだ! 離せ!! クソッ、離してよ!!」
「無理だっつってんだろ!!!」
今度は思いっきり叩きつけられる春乃。
春乃は背中を襲った衝撃で咳き込む。そして、脚で腹を踏まれる。
「うあ゛あ゛あ゛あ゛っ?!!」
「喧しいな」
空いている方の手で口を押さえつけられる春乃。
キムラヌートは口元を大きく歪ませ、春乃に語りかける。
「痛いか? 痛いよな……? 肋骨は折れてる、背中は強打、痛くないわけが無い」
ゆっくりと、静かに話すキムラヌート。
そんなキムラヌートを見て、春乃は目の前が真っ暗になったかのような感覚に陥る。
「遺言は聞いておいてやるよ」
キムラヌートのその言葉に春乃は確信する。
(あぁ、もうダメだ私)
敗北、それも、圧倒的な敗北。
それを目の前で見てしまった。それはつまり、満身創痍に至らしめるには十分すぎる理由になる。
春乃は目を閉じて痛みに備えようとした。
その時だった。
春乃が見つめている暗闇の中で、オレンジ色の光が眩く輝いた。
いや、それだけではない。自分の上には、ドス黒い人型の塊のようなものが。もうひとつは、地面に落ちているものの、金色の光を放っていた。
(……何これ?)
ただひとつ分かることもある。
そのオレンジ色の光は動いていて、気高く抗っているということだ。
春乃はその光を手に取ろうと手を伸ばす。
(硬い……いや違う、地面に手をつけて……)
地面の感触を発見して疑問は湧いてばかりであった。
(……いや待て、地面? 下?)
春乃は目を開ける。
まるで何かを発見したかのように目を見開く。
その様子に香蔵は、拳を握る。
(私達のいるこの地面の下には何がある。雲だ。その下は? ……地上……オレンジ色の光、能力……)
様々な考えが雷鳴のように光り、駆け巡る。
そして、ひとつの答えに辿り着く。
(香蔵さんは呟いていた……『この量は動かせない』って。それってつまり、小さくなれば動かせる?)
春乃は、一つの案を閃き、それを香蔵に伝える為に短い、たった一言を放つ。
「香蔵さん!!」
「……ふふ、待ってました!!」
香蔵の背後から、再び『皇帝の幻想』が呼び起こされ、香蔵を助けるために拳を振るう。
キムラヌートは地面から生成し壁を作るが、『皇帝の幻想』はそれを殴ってぶち壊す。
そして、そのまま春乃を掴み、勢いよくバックステップを刻み香蔵の元へと運ぶ。
「ごめんね、動けなくってさ」
「……下に、鬼円が居ます……!」
香蔵の苦笑いを気にせず、春乃は淡々と重要なことを伝える。
香蔵はそれを聞いて、一瞬目を丸くするが、春乃の作戦を理解し、頷く。
「じゃあつまり」
「はい。削り落とせますか?」
「モチのロン! さぁ本気出そうか! 『月魂:日食の剣』」
『皇帝の幻想』に『日食の剣』を持たせ、構える。
キムラヌートは何をするのかと、黙って見ていると……
「舌噛まないでね!」
「………………へっ?」
春乃を抱きしめ、自分の地面をくり抜き、下に落っこちた。
キムラヌートも唐突なことで、しばらく呆け……
「ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!?!?」
後に、春乃の悲鳴が遠ざかって行った。




