安倍元首相の国葬にあれこれ考えてみる
特にターゲットにする読者層を決めず、徒然なるがままに筆を走らせエッセイを書いているが、今回は短編作品として書いてみることにした。その理由はいま話題になっている事柄が御題だからだ。というわけで、今回の御題は「安倍元首相の国葬にあれこれ」である。
ちなみに僕の政治信条は保守系だが、だからとって安倍晋三氏は国葬に相応しい! などという文章を書くつもりはない。いつもとおりに適当にゆるくだべっていくつもりです。 尚、僕はジャーナリストでも政治学者でもない。的外れな指摘をするだろうが、「分かったふりをして、また馬鹿な主張しているな」と笑いながら流してもらえると助かります。
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今朝新聞を読んでいると面白いことが書いてあった。
どの新聞かは伏せるが、それによると安倍元首相の国葬に対する賛否について世論調査の結果が記載されていた。予想に違わず与党/野党支持者で賛成反対真逆になっている。安倍晋三氏は良くも悪くも賛否が分かれる人物だった。凶弾に倒れたという事実を加味しても、彼に対する評価は変わらないのだろう。
ある程度予想された数値なのだが、この記事でおもしろいのはそこではない。「よくわからない」と回答した比率が、与党/野党支持者を問わず1.6~3.3%とごく僅かな数値なのだ。この数値は実に面白いと僕個人は思う。
選択肢は5つ。
「よかった」
「どちらかといえばよかった」
「どちらかといえばわるかった」
「わるかった」
「よくわからない」
このなかで「よくわからない」の割合がぶっちぎで少なかった。
4番目に少ない選択肢ですら二桁の数値を叩き出している中で、「よくわからない」の割合が1.6~3.3%というのは異例ではないだろうか?
あくまで僕の感覚なので申し訳ないが、この手の世論調査では「よくわからない」という比率の数値が極めて小さいというケースは稀な気がする。むしろ比較的大きいのではないだろうか? にもかかららず「よくわからない」という比率が極めて低い数値を示している。
安倍元首相に対する評価(あるいはこの件に関する評価)が、大多数の人間がしっかり持っているということ結果なのだろう。
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新聞の話題はこのくらいにして、僕のスタンスに書いていこうと思う。
実のところ僕はこの件に関して、「よくわからない」という意見だったりする。
政治信条が保守系の人間が「よくわからない」という意見を持つというのは、相当に異例だというのは新聞の数値からも理解して頂けるではないだろうか。なにせこのカテゴリーの人間で「よくわからない」と考える人間は、1.3%しかいないのだ。
僕が「よくわからない」と答える理由は、戦後国葬になった首相経験者は吉田茂ただ一人だからという極めて単純な理由である。
少し話題がそれるが、安倍元首相は大勲位菊花章頸飾を没後受勲している。
大勲位菊花章頸飾は日本最高位の勲章である。これがどれだけ凄い勲章を語りだすとそれだけで本が書けてしまうので割愛させてほしい。だが戦前に限っても教科書に載っているような錚々たる人物達が受勲していることからも、凄さが理解できると思う。
伊藤博文内閣総理大臣
大山巌陸軍大臣、参謀総長、満州軍総司令官
山縣有朋内閣総理大臣 元帥陸軍大将
桂太郎内閣総理大臣
井上馨元老
松方正義内閣総理大臣
徳大寺実則宮内卿、内大臣兼侍従長
大隈重信内閣総理大臣
東郷平八郎連合艦隊司令長官、
西園寺公望内閣総理大臣
山本権兵衛 内閣総理大臣、海軍大将
山本権兵衛、大山巌、東郷平八郎は日露戦争の実績も加味しているだろう。ちなみにこの中に乃木 希典氏や児玉源太郎氏の名はない。彼らが受勲したのは勲一等旭日桐花大綬章であって、大勲位菊花章頸飾は受勲できなかった。相当に敷居が高い名誉ある勲章なのが、この例からも理解いただけると思う。
戦後になると大勲位菊花章頸飾を受勲した人物はぐっと少なくなり、吉田茂氏、佐藤栄作氏、中曽根康弘氏の三名である。安倍晋三氏が新たに加わり、戦後の受勲者は四名となった。
吉田茂は国葬になっているが、佐藤栄作、中曽根康弘の両氏は国葬になっていないことから、大勲位菊花章頸飾の受勲は即国葬を意味するものではない。だが安倍晋三は吉田茂、佐藤栄作、中曽根康弘と同格だと評価されたのは確かだろう。
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歴史を少し紐解いてみよう。
吉田茂と佐藤栄作、中曽根康弘の差はなんだろう?
吉田茂は戦後の大混乱を収拾し、サンフランシスコ条約を結んだ実績が評価されたのだろう。
逆説的になるが佐藤栄作、中曽根康弘は大勲位菊花章頸飾に値するが、国葬に値しなかったと評価されたと捉えることもできる。
佐藤栄作は日本人唯一のノーベル平和賞受賞者した人物である。まあ、ノーベル平和賞は政治的香りがする代物なのだが、ともかく唯一の存在なのだ。佐藤栄作で最も大きな業績はやはり沖縄返還であろう。在日米軍の問題は残るが、日本領土の完全復帰をなし遂げた功績は極めて大なのだが、彼には国葬は行われなかった。
中曽根康弘はロンヤスと知られるロナルド・レーガン大統領との関係を造り上げ、日米安全保障体制の強化をした人物である。最も大きな実績は民営化推進だろう。特に日本国有鉄道の民営化問題は、日本が沈むか国鉄が沈むかというレベルまできていた。国鉄問題を語りだすと本が三冊かけるほどの話題なので、詳細は割愛させてほしい。ともかく国鉄は極めて扱いにくかった組織であり、戦後には国鉄総裁が亡くなるという下山事件まで起きている。この難物を民営化させた功績は極めて大なのだが、彼にも国葬は行われなかった。
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それそろ結論に入ろう。
僕がこの件で「よくわからない」と答えてしまうのは、安倍晋三という政治家が佐藤栄作と中曽根康弘を超える政治家だったのか? という点なのだ。吉田茂と同格なのかを評価の対象にしているのではない。
国葬にならなかった佐藤栄作と中曽根康弘を、越えているかを重要視しているのだ。
安倍晋三は凶弾に倒れるという非業の死を遂げた。
この犯罪行為に政治が踏みにじられてはいけないという意見は分かる。非業の死を遂げたことが理由なら、同じく非業の死を遂げた原敬や犬養毅は国葬になっただろうか?
歴史は否と答えている。
誤解してほしくないのだが、僕は安倍晋三が国葬になるのが「どちらかといえばわるかった」「わるかった」と考えているわけではない。佐藤栄作と中曽根康弘と比較して、両氏を超えたのだろうかで判断しているだけのだ。
国葬云々の件で僕が面白くないと感じているのは、この説明が不足している点。
どうにも腑に落ちないのだ。
この問いへの回答を意図的に避けているような?
正直僕には超えたとまでは言えない気がしてならない。かといって否定するほどの佐藤栄作と中曽根康弘に関する文献を読み漁ったわけでもない。そのため「うーん、どうなんだろう? わからない」と答えるしかないのだ。
今回のところは、この辺で。