4、冒険者チーム「夜回り」ー4
魔物を生み出す巣、それが謎宮の正体。
16年前、ある日から雨後の筍のように現れ続けていて、間もなくこの大陸に行き渡っている。
謎宮から満ち溢れる魔物は人間や家畜を餌としてしまい、縄張りを段々と拡張し人間の領域をも侵犯する。
なのに、魔物の源頭を破壊する方法など、人間の知る限り存在していない。
碑門を魔法的に、物理的に封じても強大な魔物に紙のように切り裂けられ、結局資源の無駄になる。
それは人間を滅絶するための悪魔の造物であると、一部の人間は思う。
そんな悪魔が実にいるのならば、悪趣味極まる存在だったのだろう。
絶望を与える一方、僅かな希望をもくれてやった。
まるで人間の藻掻きを期待しているかのように、謎宮を消せる唯一の手とその手蔓を各碑門に記す。
謎宮之主の討伐、紫色の砂一粒を探し出す、168時間以上生存する。
クリア条件は多種多様、理不尽なものもかなりある。
石ころに注意を、不眠症治療、光を掴む。
ヒントは千差万別、意味不明なものばっかりだが、それは例外なくクリアへのショットカット。
神か悪魔かどっちにせよ。
謎宮を舞台に、人間を役者にする娯楽劇をエンジョイしているかもしれない。
しかし人間は謎宮の攻略を続ける。バカにされていても他に選択肢がない。
死亡を覚悟の上、魔物の巣に進入するしかない。
クリア条件を満たさなければ謎宮は消えず、魔物をもたらし続けるから。
……そのはずだったのに。
「特殊規則、魔物離脱不可……。中の魔物は出られないってこと?」
「“視力剥奪”、“魔力使用不可”、“攻略時限5分”、“帰還の魔石使用不可”。特殊規則って、こういった冒険者を制限するものじゃない? こいつは逆に魔物を封じ込めたと? この謎宮を放っておいても構わん、ってことじゃないか」
前例のない特殊規則が碑門に書いてある。
人間から見れば、この謎宮はまるで謎宮としての機能を失った。
ヤリークの言う通り、このまま放置しても人類に害はない。
「だな、猿共はてっきり中から出てきたと思った。そうでもないか。まぁ、雫魔の謎宮だと気が進まないが、それでも上等だ。さっさとクリアして報酬をもらおう。もう時間がないんだ。入ろっか、イスダ、ヤリーク」
側に来たイスダに向けると、彼女の顔に血の気が引いた。
「ありえない……。絶対入らないのよ」
ブルブルと震えて自慢の耳も無気力に垂れている。涙も出そうになる。
「え、急にどうしたんだ。俺らに時間の余裕はないって知ってるだろう。ただの雫魔の謎……。あぁ、そういうことか」
「だとしても反対だ! あれはあれだよ、知ってるでしょう! あれ! あの姿、あの動き方、あのねばねば感…………あたし絶っっっ対入らない、チェンジだ! ゲン、いや、リーダ、謎宮攻略のクエスト受け直そう? そもそもこれ、魔物出られないし別に攻略しなくてもいいでしょう」
大胆不敵、豪胆無比。
そんなイスダに恐怖を感じさせられるものはこの世界に一つしかない。
既にそれを知っているものの、ヤリークとゲンはまだその大げさな反応に絶句した。
顔を見合わせ、うむと二人が頷き合う。
「はは、分かってる、イスダ」
ゲンは優しくイスダの左手を握って、持ち上げた。
「そうさ、安心しろ」
ヤリークも微笑んで、イスダの右手を。
「え? 何する気お前ら?」
二人はイスダの両手のひらを碑門につけ、各自の手のひらをも。
「いやっ、待っ、待って……お前らっ………」
そして、謎宮進入の呪文を云う。
「「攻略開始」」
「いやああああああああああっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁ」
初夏の昼。太陽が自分の存在を誇示するかのように煌々と光り輝く。
空の浮雲よりずっと遠い場所からこの地を照らしている。
そんな日差しよりも眩しく白光に包み込まれ、「夜回り」の三人の姿は消えていく。
その場に残るのは安眠之森に響き渡る狐族少女の絶叫のみ。