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8話「忘れられた記憶」




「──貴方は……クロ?」

「ふ。やっと思い出してくれたか」


彼はクロだった。

幼い頃によく遊んだ大切な友達。


私のせいで傷つけてしまった人。

何故今まで忘れてしまっていたんだろう。


「……あの時は……本当に……ご──」



クロ……ではなくルタ様が私を抱きしめた。



「ケイ、謝らないで欲しい。あれは本当に運が悪かった。子供が1人でも遊びに行けてしまうくらい安全と言われていたロレーヌ領の森であんなに高位の魔物が出るだなんて異例だった。


後で聞いた話だが、当時はある事情で森の警備が手薄となり、魔物による被害が増え始めていたそうだ。


それにケイが悪いんじゃない。俺も君との冒険が楽しかったんだ。あの時、俺が本気で止めていればきっと一緒に歩みを止めただろう」



一気に鮮明に蘇る記憶。

あの頃の私はなんて無謀だったんだろう。


……その無謀さにクロを巻き込んだ。




「で、……でも。当時の私は今では信じられないほど無謀でしたし、“フラッシュ“で目眩(めくらま)しをしたつもりが魔物を刺激して……。

私のせいで貴方は酷い怪我を負いました。それだけではなく、貴方に謝らなくてはいけないのに謝れずに時間だけが経って。

……正直、“クロ“の名前を聞くまで貴方のことを忘れて……」

「いやいいんだ。あの時はまだお互いに幼い子供だった。それに、実は俺はあの時魔法が上手く使いこなせなくて倒せたのは本当に偶然だった。魔物をフラッシュで刺激をしたと思っているようだが、今にも飛びかかってこようとしていたよ。君が目眩しをしてくれていなかったら、あの鋭い爪か牙によって首が飛んでいたと思う。寧ろ2人とも命があっただけでも奇跡だったんだ。覚えていないのだって10年も前の事なのだから当然だろう」



ルタ様は私を咎めることはなく、ただ優しく抱きしめ頭を撫でる。


……暖かい。

人の温もりを間近で感じるのは子供の頃に父に抱きしめられた時以来かもしれない。



「本当は事件の後、素性を明かして君に婚約を申し込もうと思っていたんだが……。ロレーヌ家と親交があったフォルクング侯に先を越されてしまってね。時間だけが経ってしまった」

「……ルタ様。そんな風に思っていてくれたのに私は貴方のことを……。本当に申し訳ありません」

「謝らないでほしい。いいんだ。何年も前の、しかも子供の頃の話だし、覚えている方が珍しい」



私は彼とは過去に会っていたんだ。

あんなに可愛らしかったクロが、こんなに立派な男性に成長していたとは。


……しかし何故、私はこんなに大切な事を忘れてしまっていたのか。私は過去だけではなく現在においても彼を傷付けている。



それに、現在は治癒して瘢痕化(はんこんか)しているお腹の傷だが、当時はどうだったのだろう。




「その……。今更にはなってしまうのですが傷は大丈夫だったのでしょうか……」

「多少跡は残ったが全く問題は無い。後から医者から聞いたんだがあの時ケイが何度もヒールを掛けてくれただろう?そのお陰で傷も小さくなり致命傷は免れていたそうだ」

「そうですか……」



ルタ様は優しいと思う。私が気にしないように言葉を選び、慎重に話してくれているのが分かる。


……あぁ。ルタ様の優しさに触れれば触れるほど、自分が嫌になる。



こんなに優しい彼には私は釣り合わない。




「……そんな顔をしないで欲しい。あれは誰も悪くない」

「ルタ様がそう仰られましても、私は過去だけでなく現在においても貴方を傷付け、ましてや婚約破棄をされた傷物。傷物と婚約すれば貴方様の名前にまで傷をつけてしまうかもしれないのに本当に宜しいのですか?」


胸の内を正直に伝えると、ルタ様は少し目を見開いた後にゆっくりと話し出す。


「……ケイ。よく聞いて欲しい。俺は幼い頃から生涯を添い遂げるパートナーは君がいいと決めていた。あの事件から君と会えなくなり、時間が経って様々な異性と交流をし縁談の話が出たとしても、過去にケイに向けていたような気持ちを相手に持つことが出来なかった。


俺は誰とも結婚しないと思っていたんだ。


……しかし数日前。

ラインハルト公がケイとの婚約を破棄したという話を聞いて状況は変わった。

最初はケイの令嬢としての名と心に傷をつける行為をしたラインハルト公に対して憤りを感じたが、それと同時に婚約者がいなくなった君に婚約を申し込みたいと思った。

過去のことは何もケイは悪くないし、忘れていたのだって10年も過ぎれば当たり前だ。それに俺は君が傷物だなんて思わない。

だから、そんなに自分を責めたり(さげす)まないでくれ。

……何より、こういった形にはなってしまったが俺は君と再会出来たことが嬉しくて堪らないんだ」



こちらを見つめながら微笑む彼に心臓の鼓動が高鳴っていく。


血のように赤い彼の瞳はルビーの様に美しく、光に反射してキラキラと煌めきながらも私の顔を近い距離で映しこんでいる。


そして、私の頬を撫でる手はとても優しい。




少しの沈黙の後、彼が口を開く。




「──ケイ。あの時は勢いに任せてしまっていたし、君も困惑していただろうから改めて言わせて欲しい。


結婚を前提とした恋人……。

つまり俺の婚約者になって欲しい」



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