62話「終結」
「あ、あの。ルタ様」
「どうした?」
しばらく辺りを見渡しても近くにラインハルトの姿が無い。ルタ様は大丈夫と言っていたが、何処にいるのか。
「ラインハルトは何処に行ったのでしょう、近くには見当たりませんが」
「大丈夫、奴は近くにいる。マーシュがここに近づいてるからあいつが来てからにしよう」
「分かりました」
(殆ど魔力を持たないラインハルトはともかく、マーシュが近くに来ているのにも気が付かなかった。闇の魔力の気配やルタ様の魔力なら多少離れていても感じ取れるのに……)
ルタ様が言うにはマーシュがもうそこまでの距離に居るらしい。
ラインハルトも変わらず近くにいるようだ。
「ケイ」
「他にも何かある顔をしているが」
ルタ様の言う通り、私にはもう一つ気になっている事があった。
「あの…その。もう一つ、気になっていることがありまして……」
拘束された黒装束の一人へ目を向ける。
戦闘中には気が付かなかったが、はだけた衣服から焼印と思われる紋章が見えていた。
揃って右の手の甲に押されており、紋章の形はどこかで見た事のあるような太陽の形だ。
「彼らの紋章は……」
「……あぁ、気がついたか。彼らは隣国の奴隷らしい」
──奴隷。
マーシュから聞いていた、奴隷の存在。
この国には存在しない奴隷制度が少なくとも外国では未だに根強く染み付いている、と。
「この焼印は奴隷印も兼ねていて、魔力が込められている。この印を押された者は主人の命令には決して逆らうことが出来ないと聞く。それに……彼等は」
「──なっ……!」
ルタ様が近くの倒れていた奴隷のフードを取ると、それはまだ幼さが顔に残る子供であった。
「背丈で子供と分からないようにフードに型紙が入っている」
「子供……まだ、こんなに小さいのに……」
年はいくつだろうか。
10歳〜12歳ぐらいの年代に見えるがやせ細っていて、実年齢が分からない。
彼か彼女か、その子供は痩せているだけではなく、泥だらけで身体は汚れていて先程は気が付かなかったが少し臭う。
そして、その小さな身体は先程の戦いで傷だらけであった。
「あ、あの。こんな事を望むのはおかしいかもしれませんが……」
「なんだ?」
「この子達を………癒してもいいでしょうか」
怪我をしているのはこの子だけではない。
奴隷の子供達の衣服は焼け焦げ、皮膚は爛れ焼けていた。
このまま何もせずに時間が経てば傷口は膿んで感染症を起こし命に関わる。例え傷口が膿むことは無くても広範囲の火傷により死に至るだろう。
防御魔法も無しにあれだけの炎を纏ったのに黒焦げでないのは狼人化した事で生身の体へのダメージが軽減された為か。
生身であれだけの炎を纏っていたらきっとこの子達は……。
「──ケイ様!! こいつらは俺らを殺そうとしたんですよ!!! それに魔物になりました!! 危険です! たとえ子供だとしても魔物と見なし討伐すべきです!!」
「そうです!! ケイ様のお力を使う必要はありません!! 」
会話を聞いていた兵達が声を荒げ、その迫力に思わず身が引けてしまう。
「犯罪者を癒す必要なんてありません!!」
彼らの言うことは間違ってない。
子供で奴隷とはいえ、自分の命を奪おうとしていた暗殺者。先程まで命を賭して闘った相手を助けたいと言い出すなんて考えが甘いと誰だって言うと思う。
だけど、侯爵家であり権力と財力を持つフォルクング家に逆らえる者はそうはいない。彼らは奴隷にされ仕方なく命令に従っていただけかもしれないと思うと、以前虐げられていた自分と重ねてしまうのだ。
(重ねるといっても彼らの方が全然辛い思いをしてる。これが偽善心だとしても、私は……)
──治癒魔術師として目の前の傷付いた人を癒したい。
自己満足かもしれないけど自分に出来ることがあるのなら手を差し伸べたい。
例え敵であった者たちだとしても、彼らをこの場で死なせてしまったら私は生涯後悔する。
「しかし、彼らは奴隷で仕方なく──」
「──ケイ様!! 奴らは俺達を殺そうとしました!! 子供であれきっと今まで人を沢山殺めています! そんな奴らを救う必要なんて──」
「ですからっ──」
──ダメだ。
何を言っても私の声は彼らに届かない。そう思った時、
「──お前たち」
ルタ様は新兵の叫びを落ち着いた声で遮る。
一気に空気がピリッと張り詰め緊迫する。
「うっ……」
──先程よりも強い威圧。
たぶんこれがルタ様の本気の威圧。
鋭く赤い眼光に兵達は息を飲む。その目線は私に向けられたものでは無いのに、少しでも気を抜けば腰が抜けてしまいそうだ。
「今、治癒を施せば助かると思う。しかし、兵たちの言うように彼らをここで魔物として討伐する事も出来る」
あぁ、ルタ様も兵達と同じ考えなのか。いくら優しい彼でも今回の件は沢山の人が巻き込まれすぎた。彼自身もそう。命を失いかけたのだから仕方がないのかもしれない。
「し、しかし……彼らはラインハルトの命を強要されたかもしれないのです……!!」
「……そうだな。彼らは奴隷で今回の件に彼らの意思はないと思う。だけど、騎士団員と侯爵家令嬢の暗殺未遂と罪は重い。このまま彼らを王都へ引き渡せば極刑は免れない。ここで終わる方がいいのかもしれない」
「極刑……そんな……」
彼らはまだ未来ある子供だ。
凶悪な魔物に変身出来る強い魔力だって持っている。人生をやり直して学を付ければ優秀な魔法使いになれるかもしれないのに。
例え暗殺者だとしても奴隷にされた子供達だというのに現実は非情だ。
「ルタ様、それでも、例え一時的な措置だとしても私は──」
「彼らには今回の経緯をきちんと調査をした上で裁かれる権利がある。裁かれるためには尋問に答えられないと困る」
「ですから──! 彼らは仕方なく──!」
「ケイ、彼らを癒して欲しい」
「……へ?」
「彼らに治癒魔法を」
「よ、よろしいんですか?」
「俺が決め、指示をした。それに、仮に止めたとしても止めないだろう?」
「……はい」
「ただ、傷が癒えれば目を覚まして暴れる可能性もある。俺が傍に付こう」
「……ありがとうございます」
許可が貰えずとも強行突破をするつもりだったが、子供たちを癒す許可を貰えた。
兵たちは一部不満そうな表情をしていたが、ルタ様が治癒の許可を出すと異議を唱える者はいなかった。
「ごめんね。少し身体の様子を診せてね」
拘束された黒装束の子供に近づく。
ぱっと見た感じで一番大きな怪我をしているのはこの子だろう。
(ぼろぼろで……辛かったね)
まだあどけなさが残る顔立ち。
頬は痩せこけ十分に栄養を取れていなかった事が分かる。
こんなに小さな身体で人殺しを強いられていた。
『ヒール』
気を失っている子供の頭を自身の膝に乗せて、魔法で全身を包み込む。
「うっ……ぐっ」
治癒魔法は苦痛なく癒せるはずのに、魔法で包み込んだ子供が眉間に皺を寄せた。
(……魔力が、反発してる……)
闇の魔力を保有しているせいなのか治癒魔法の浸透が悪い。
磁石が反発するように、魔力が中々体に入っていかない。
(全身に巡らせるやり方は相性が悪い。まず患部を中心として癒してから全身を)
魔力の保有量が多い私にとって全身を一度に癒す方法が一番効率がいいのだけれど、闇の魔力の為か魔法が反発してしまい浸透しにくいので少しずつ患部を癒していくことにした。
「ごめんね。少しづつだけど、痛いのを取ってあげるからね」
魔力を子供の身体にゆっくりと巡らせていく。
1人ずつ、丁寧に癒していく。
♦
「──ルタ!!ケイ様!! ご無事でしたか!?」
子供たち治癒をしている中、マーシュと第3騎士団が駆けつけた。
私達が襲われたという事は状況を見れば説明しなくても分かるだろう。
「私は大丈夫ですが、ルタ様が……」
「ケイが魔法で癒してくれたから大丈夫」
ルタ様はそういうけど、少しふらついているし、残存魔力もほぼ無く今にも倒れ込んでしまいそうだ。
「ルタ、とりあえず貴方は休んで。状況からしてこの黒装束達は暗殺者でしょうか。隣国の紋章の奴隷印……これはフォルクング様の仕業でしょうか」
「ああ、そうだ。確か、フォルクング家はこの国へ武器を輸出していた。その繋がりだろう」
「マーシュさん!! 俺たち、こいつらに殺されかけて……!それに団長に……」
ぱっと見ただけで的を得たマーシュの発言に、食い気味に新兵達が次々と証言をしていく。
今回の事だけではなく、クラリスの街を焼き払ったのもラインハルトの発言から恐らく彼の仕業だろうとの事。
また、ロレーヌの森の魔物が凶悪した件はロレーヌ家が警備を手薄にしてその経費を私財にしていた可能性がある、と。
第3騎士団とマーシュは王都での審議の際に証人になってくれるそうだ。
「そういえば、当人のフォルクング様は何方に?」
「大丈夫。奴はまだ近くにいる。恐らく怪我をしている」
「ほぅ」
「……ラインハルト。もう逃げられない。出てくるんだ」
ルタ様は茂みへと歩いて行き、手を向ける。
「ち、近づくな!!化け物!! 気持ち悪いんだよその力!!」
近くの茂みからラインハルトが出てきた。
そう遠くない所に隠れていたらしい。
ルタ様に攻撃された時に足を痛めたのか腰が抜けてしまったのかは分からないが、彼は地面に尻を付き後ずさりながら銃をブンブンと振り回した。
「大人しくしろ。直接手を下したいが、まずはお前を国に裁いてもらう」
「クソッ……お前なんかに……! お前なんかに……!!クソッ!!」
パンッ──と銃声が鳴り響く。
ラインハルトがルタ様へ向けて発砲した。
しかし、彼の足元へ落ちたのは血液ではなく溶けた鉛玉だった。
発砲されるや否や炎の熱で鉛玉を溶かしたのだと思う。
「こんなもの、意味はない。諦めろ」
「クソオオォォォォオオオ!!! 」
ラインハルトは銃を投げ捨て地面を叩きつける。
「とりあえず……一件落着ですね」
「は……はい」
いつの間にか隣へ立っていたマーシュがニッコリしながら言う。
こうして、ラインハルトはルタ様に指揮される第3騎士団によって拘束されたのだった。




