60話「消耗戦」
『──インフェルノ』
──熱い。
詠唱と共に広がった灼熱の炎は一気に視界を埋めつくす。防御魔法が無ければ即座に骨の髄まで燃やし尽くされてしまうのは容易に想像でき、集中して魔力を込め続けなければ光の壁は簡単に破壊されてしまいそうだ。
『消えろ』
ルタ様がそう呟くと、炎が消えて視界が開ける。
辺りは焼け焦げ、炎が広がったであろう範囲には黒が広がり生命を感じられない。ルタ様が高火力の魔法を使いたがらない理由がよく分かった。
彼の高い魔力や闇魔法の淀んだ気配から周囲の小動物等の生物は既に逃げ出しているが、植物はその場から逃げる事は出来ずに燃え尽きてしまう。
周辺の環境を破壊してしまう彼の力は使い所を間違えれば意図も容易く沢山の命を奪えてしまうのだ。
今回は相手が強力な魔物で状況が状況なだけにやむを得ずといったところだが、ルタ様の瞳は何処か寂しげであった。
「終わった…のですか?」
開けた視界を見渡しても魔物の姿が見えない。死骸ごと燃え尽きてしまったのだろうか。
防御魔法を解こうとするとルタ様に止められる。
「いや。そこから出ないで」
「えっ……」
「「グルルルルル……」」
燃え尽きたと思われた魔物達が魔法の範囲外の木の影から現れ、ゆっくりと此方へ近付いて来る。
狼人を観察してみると所々焼け爛れた皮膚を確認出来るものの、動きに鈍りは無く致命傷にはなっていないようだった。
「炎に特化した魔導具か。インフェルノの魔力を吸い取っても壊れないとは」
魔導具とは、先程までルタ様の腕に付けられていた枷の様に魔法効果の付与された道具の事だ。
効果は様々で使用者の筋力を上昇させたり、毒への耐性を付けたり、この魔導具の様に魔力を吸収する事が出来たりする。
魔物が身に付けている魔導具には大きな赤黒い石が埋め込まれており、この石が魔力を吸収しているようだ。
「……はは!! 上出来だよ!!『インフェルノ』を防げるなんて期待以上だよ!!金をかけた価値があった!!」
何処に居たのか、ラインハルトが魔物達の陰から顔を出し高笑いする。
自身が戦わずに影から笑う様子は卑劣でとても情けないが、状況的に追い込まれているのは私達だ。
「ケイ、相手に隙が出来たらすぐに兵と共に逃げて。それと逃げ切れたらマーシュに此処を教えてほしい」
「……分かりました。マーシュは途中まで一緒でしたので近くには来ていると思います」
「分かった。それまで耐えよう」
「おいおい、逃げ切れる訳ねぇだろ! お前ら! さっさと殺っちまえ!! 」
「「グアアアァッ──!!」」
飛びかかってくる魔物達相手に、ルタ様は再度高火力の魔法を繰り出していく。
(熱い……! )
防御壁に守られているとはいえ、そこに立っているだけで火傷をしてしまうのではないかと思うぐらいに壁内は熱い。
横目でルタ様を見る。
強力な魔法を幾多も繰り出しているが魔導具に吸い取られてしまい、魔物達を追い払うので精一杯だ。
見たことの無い、彼の苦しそうな表情に戦況が芳しくない事を察する。
「……っ」
鋭い爪がルタ様の頬を浅く切り裂く。
「ルタ様!!」
「大丈夫、引き続き魔法を……っ! 」
時間が経過する事に苦しい場面が増えてくる。魔物の攻撃をギリギリのところで躱してはいるが、近いうちに致命的な箇所を負傷してしまいそうだ。
魔導具のせいで高火力の魔法を使い続けなければ魔物を追い払う事が出来ないが、高火力の魔法は威力が高い分魔力消費量も多い。
現在のルタ様は万全の状態ではなく、殆ど空っぽな器に私が魔力をいくらか送り込んだだけ。
マーシュ達が到着するまでに彼の魔力が持たないのは明らかだった。
「あのルタ様が押されている……」
「このままじゃ俺たち、殺されてしまうぞ」
「もうお終いだ…初めての任務でこんな目に遭うなんて」
新兵達の精神面も限界が来ている。
私達を衛るルタ様だけではなく、衛られている側の人間もこの状況は辛い。
この状況を何とかしようにも、私が魔物との激しい攻防に参加する余裕は無い。
(……せめて、あの魔道具を何とかできれば)
ルタ様の放つ炎は魔道具に埋め込まれた魔石に吸収され、魔物に与えるダメージは殆ど無くなっている。
魔導具の赤黒い魔石。
(ルタ様を拘束していた枷の割れた黒い石と色が似ている? いや殆ど同じ様な……)
(──そうだ! 枷だ!!)
私の魔法が発動した際、ルタ様を拘束していた枷が壊れた事を思い出す。
正確には枷というより、枷に埋め込まれた魔石が破損していた。
あの時、魔石が破損しただけでなく黒装束の者達も魔法の発動箇所を中心として距離の近い者から意識を失い倒れていた。
思い返してみればあの時の上級治癒魔法にはマーシュの言う“特異“な効果が付属していたようにも思える。
もしかして黒装束達が次々と倒れ、枷が壊れたのは私の“特異“な魔力が関係あるのか?
黒装束達の保有する魔力は闇の属性だと言う。
闇の魔力には私の魔力は有効で、魔石にも闇の魔力が含まれていたから壊れたのでは?
そうだと仮定して、私の魔法であの首輪を射抜くことが出来たのなら……。
試してみる価値はある。
マーシュ達だっていつ来てくれるか分からないし、素振りは見せないがルタ様だって限界が近いかもしれない。
(……でも今の私に攻撃魔法と防御魔法の同時使用は出来ない。防御魔法を解いたら新兵達を危険な目に遭わせる事になる)
正直今はこの炎を防ぐだけで精一杯で、この考えを実行する余裕なんて無い。
「…………っ!」
どうしたらいい。
私はこの際どうなったっていいが、新兵達は確実に負傷するし最悪死んでしまうかもしれない。
でも、このままではルタ様が……。
「──ケイ!! 何か考えがあるなら……ッ! 伝えてくれないと分からない……!!」
ルタ様の言葉にハッとする。
そうだ、黙り込んでいても伝わらないし状況は変わらない。
ちゃんと彼に伝えないと……!!
「私の魔法で……! 魔物の首飾りを射抜きたいんです……! その為に一瞬兵達をお願いできますか……!! 」
「わかった……!」
ルタ様は飛び掛る魔物たちをスラリと交わし、私達の前に立つ。
「ケイ、今だ!! 兵達は私の後ろに!!」
「はい!!」
私が防御魔法を解くと同時にルタ様が炎の壁で自身と兵達を包み込んだ。
「防御魔法越しでも少しならフォローできる!! ダメだったらすぐに自分に防御魔法を使うんだ!!」
すぐさま標的をルタ様から私へと変える魔物は同時に飛びかかってくる──。
私の技術では連射は出来ない。
複数を同時に射抜くという事も出来ない。
飛びかかる魔物はルタ様が何とかしてくれるはずと信じて。
確実に当たるよう、狙いを1匹に絞り──
『光の弓矢──!! 』
1匹の魔物の首飾りに光の弓矢をできる限りの魔力を込めて解き放った。