53話「最悪な状況」(3)
「──ケイ!! 一旦防御魔法で身を守れ!!」
ルタ様の叫ぶ声が聞こえる。
それと同時に彼が私を守ったのを理解した。
『ホ、ホーリーウォール……ッ!!』
防御呪文を詠唱し、自身を包み込む様に魔法を出現させる。
幸いにも魔物達の敵視は私に向いていて、周囲の兵には襲い掛かりそうにない。
「マーシュ!! ここはいいから、ケイを!!」
「ええ! 残りの兵達も後方へ引かせます!! 任せましたよ!」
ルタ様の指示で前衛からマーシュが私の元へと駆けつける。
魔物はマーシュが向かってくるのを確認すると彼に向けて全頭同時に針弾を放つが、素早い身のこなしと一瞬で出現させた防御魔法で身を守り、針弾を物ともしていない。
それどころかマーシュの放つ光の弓矢は魔物が飛ばす針弾を遥かに上回る速さで射出され、確実に急所を射抜き一瞬で絶命させてしまった。
「ケイ様、大丈夫でしたか」
あまりの出来事に呆気にとられ、魔物が倒されても地面へ座り込む私にマーシュが手を差し伸べてくれる。
「ええ、大丈夫。ありがとう、助かりました。その……後方へ注意が回っていませんでした。すみません」
「いや、まさか魔物が後方に回ってくるなんて……。私も予想出来なかったですし謝る事ではありませんよ。むしろ、貴女様に怪我が無くて本当に良かった」
「……ありがとうございます」
さっきは本当に危なかった。
ルタ様が気がついてくれなければ死んでいた。マーシュが来てくれなければ窮地を脱したとしても直ぐに殺されていた。
魔物が後ろから回り込んでくるのは予想外だったにしろ、注意を怠った私自身が招いた事態だ。それなのにマーシュは怒ること無く仕方がないことだと私を慰め、その優しさに目頭が熱くなる。
「マーシュ、ルタ様は大丈夫なの?」
「心配なさらずとも。むしろ一人の方がいいですよ、彼は」
少しだけ滲んだ目元を拭い、一人残ったルタ様が残る前方へと目を向ける。
「……これはルタ様が」
──森は激しい炎に包み込まれていた。
ごぉごぉと激しい音をたてながら周囲を燃やし尽くす炎。生い茂る木々は瞬く間に墨となり、周囲は開けていく。この火に包まれた生物が生き残るのは簡単な事ではないと思う。
「あれがルタの実力ですよ。周りに誰も居ない方が彼は戦いやすい。巻き込まれてしまいますからね」
「これならおひとりの方が良さそうなぐらいです」
ルタ様の高い魔力から放たれる魔法は周囲を巻き込みかねないと聞いてはいたけれど、ここまで強力なものだとは。
先程までも周囲に気を使いながら魔物を倒していただなんて凄まじい戦闘能力の高さだと思う。騎士団を率いずに一人で魔物を狩った方が早そうだ。
「まあ、そうは言っても威力が高すぎて周囲を燃やし尽くしてしまうのが難点ですからルタは余り使いたくないんですよ。それに騎士団の建前上ルタ一人という訳にもいかないんです。今回は数が多いですし、後ろから回り込んでくるなんて知恵を付けた魔物は厄介なので致し方なく使った感じです」
周辺環境を破壊してしまう程の威力の魔法を余り使いたくないというのはルタ様らしい。ラインハルト様が同じような力を持っていたのなら確実に最初から森を焼き払い、ロレーヌの森は更地になっていたと思う。
「それにしても魔力が高ぶってますね。あーあ、コスパが悪い……」
マーシュがいうコスパとは魔力の使用量の事だ。私も彼からとてもつもない魔力が放出されている事に気が付いていた。
魔力と感情は繋がっている。
治癒魔法で例えるのならば、『人を癒したい』という強い気持ちがとても大切になる。
その人を助けたいと思いを込めれば込めるほど、感情は昂り魔法に魔力が込められる。
ルタ様の魔力は普段なら暖かくて心地の良い優しさを感じるのに、今は物理的な炎の熱さを覗いて、魔力自体がとても熱く遠く離れていてもこちらに火が燃え移りそうなぐらい熱く感じるのだ。
高火力高位の魔法を扱っているからというのもあるだろうが、ここまで熱さを感じるのはラインハルト様が私を罵った時を思い出す。
今は攻撃魔法を使用している為、『敵を殲滅したい』という強い気持ちが魔力を高ぶらせているのだろうか。
「ここまでルタ様の魔力が高く放出されているのを初めて見ました。高出力の魔力を扱ってるからですか?」
そう言うと、マーシュは切れ長で形のいい目を丸く開く。
「いいえ、違いますよ。普段なら焼き払うにしろ、ここまで無駄に魔力を使いません。今、ルタは機嫌がとても悪いんです。理由は分かりきってますが……怖い怖い」
マーシュは苦笑いを浮かべる。
ルタ様は現在機嫌が悪く感情が昂っているから魔力も高ぶっているという。
ルタ様が機嫌を悪くするなんて珍しいけど、流石の彼でもラインハルト様の勝手な行動のせいで兵士達を二度も危ない目に合わせられたら機嫌ぐらい悪くするのだろう。
「機嫌……直ぐに良くなりますかね」
「ふふ、貴女の顔を見たら一発ですよ。怪我ひとつ無くてよかった」
「そ、そういうものですか?」
「はい。……さて、我々も仕事を再開しましょうか」
そう言ってマーシュは微笑し、私と共に残りの負傷者の治癒へと向かった。
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