5話「挨拶と告白」
「──初めましてケイ殿。私は父親のロゼ=クラレンス、こちらは妻の……」
「ミリーゼと申します」
挨拶も兼ねて、とても美しいルタ様のご両親と食事をする事になった。
「しかし本当に君が婚約者として来てくれてよかった」
「ありがとうケイさん。私たちはあの子はもう誰とも結婚しないものだと思っていたのよ」
ルタ様は噂通り幾度なく各家の令嬢からの縁談を断り続けていたらしい。
それが突然、私と婚約すると言い出したものだからそれはそれはご両親も驚かれたとか。
「私も何故ルタ様に見初められたのかが分かりません……。私で宜しいのでしょうか……」
「あんなに拒否し続けたあの子が貴女がいいって言うのだから貴女じゃなきゃダメなんだわ。理由は分からないけど、あの子はとても誠実で真面目だからきっと大丈夫。少し不器用なところもあるから何かあったらいつでも相談して欲しいわ」
「ありがとうございます。これから……宜しく御願いします」
クラレンス夫婦はとても親切な方で、どうなることかと思った挨拶は無事終了した。後日両家で顔合わせもしたいとのことで、実家に
帰るタイミングがあればお父様と継母に伝えなければならない。
「──ちょっといいか」
クラレンス家で私に与えられた自室でお茶をしているとルタ様と思われる男性が扉をノックした。
「ええ、大丈夫です」
「入るぞ」
ガチャっと扉が開き、ルタ様が部屋へ入ってくる。
婚約を言い渡されてから、会うのはこれで2回目で彼とは数日ぶりの再開だ。
今日の彼は初対面の時のような畏まった感じはない。
……普段の彼はこういう感じなのだろうか?
「……部屋はどうだ?不自由はないか?」
黒い髪に血のように赤い瞳に彫刻のような美しい顔。
最初は少し怖いとも感じたが、今は彼が何を考えていて現在こうなったかの方が気になる。
「ええ。何も不自由がなく過ごすことが出来ています」
「そうか」
「……」
初対面の時とは違った空気感。
ルタ様は口数が少なくミステリアスで、何を考えているか分からない。
「……すまない。余り女性と話すことに慣れていなくて、だな」
「本当ですか?ルタ様は女性に慣れていそうですが」
「慣れては……いない。女性との関係が全くないという訳では無いが……」
「……ふふ。そこは少し見栄を張るんで……すみません失礼しました。今の発言は取り消させて下さい」
ルタ様にとても失礼なことを言ってしまった。冗談を言える間柄でもないのに。
「いや、取り消さなくていい。素のままのケイでいて欲しい」
……名前を呼ばれた。
いきなり呼び捨てにされたことに対して驚いたのではなく、ラインハルト様には“お前“としか呼ばれたことがなかったからだ。
「……ケイ?どうしたんだ?」
「名前……呼んでくださったと思いまして」
「……どうしてそんな事で涙が出る?」
「え?」
手で目元を拭うと濡れている。
全然悲しい気持ちではないし、泣いたつもりはなかったのだけれど。
「……こんなことを言いたくはないが、ラインハルト侯は横暴で自分勝手な騎士だ。突然婚約を破棄したと聞いたが何があったんだ?」
優しく私の零した涙を手で拭うルタ様。
ゴツゴツした男性らしい大きな手が私の両頬を包む。
「……るっ、ルタ様。私は大丈夫ですから……」
「じゃあ今目から溢れているこれはなんだ?」
「あ、汗です……」
「ふ。無理するな。私達はこれから夫婦になる間柄だぞ。私には何でも話して欲しい」
怖そうなのに優しいルタ様に心を開かれていく。でも何故か出会ったばかりのはずなのに彼といると妙に居心地がいい気がする。
彼になら話してもいいのかな。私が婚約破棄された理由。
「──実は……」
ラインハルト様の婚約破棄の理由がどのように噂で回っているか分からないがルタ様には起こったことありのままを話した。
「ラインハルト侯……。彼のことは同じ騎士としてよく知っている。その仕事ぶりもとても尊敬出来るものではなかった。しかし、婚約者にそこまでの仕打ちをしていたとは許せない。……今まで辛かっただろう」
彼は優しく私の頭を撫でる。
ルタ様は真剣に私の話を聞いてくれ、元婚約者だけでなく妹や家族に対して怒ってくれた。
「出会ったばかりで信じられないとは思うが私はケイを心から守り抜きたいと思っている。決して前の男が抱かせたような気持ちにはさせない。誓ってもいい」
「……ルタ様。お気持ちはとても嬉しいのですが、私たちはつい最近出会ったばかりです。何故そこまで私にして下さるのですか?」
しかし、ルタ様がここまで親切にしてくれると政略結婚の為だけでもないような気がしてしまう。
「……これを見てほしい」
そういって急に上のシャツを脱ぎ始めるルタ様。ここは2人きりの密室。
何をする気だろう?まさか……ラインハルト様とロージュが2人で行っていた様な……?
「……る、ルタ様。私は実はそのような経験は皆無でして、まだ心の準備というものが……」
「何を言っている?傷を見てほしいだけだが。何の準備が必要なんだ?」
「……えっ、あっ……失礼しました、なんでもないです」
ということが当然ある訳もなく、ルタ様は冷静に自身の古傷を見せた。
「この傷、見覚えはないか?」
ルタ様がそういって指さすのは右腹部に大きく残る10センチ台の古傷。
この傷は……。
見覚えがある。
でもまさか彼があの時の……?