43話「討伐任務」(4)
「──身重の婚約者を戦いの前線へ連れてくるなんてラインハルトは何を考えているんだ」
私達もラインハルト様らに少し遅れて、前衛の配置へ向かう。
第2騎士団の新人兵士数名はルタ様の怒る姿を初めて見たのかとても動揺しており、その様子を見てルタ様は申し訳なさそうに新兵達に謝罪していた。
……それにしても、身重のロージュが前衛に行くだなんて予想外であった。
ルタ様が曰く、前衛は魔物の危険度が低いとはいえ、激しい戦闘が起きない保証はないと言う。
当初の予定では、前衛のルタ様と3騎士団で魔物を駆除し、怪我を負った兵士を後衛の私とマーシュが癒す。私達の護衛は第2騎士団の新兵が行ういう流れだと事前の打ち合わせで説明されていた。
しかし、身重のロージュが前衛でヒーラーとして参加するというと話は変わってくる。
当然の事ながら、妊婦であるロージュを庇いながら戦わなければならない。当初はAランクと言われていた魔物の脅威度もB〜Cランクへと変更された。
ルタ様はとても強いとマーシュから聞いてはいるが、彼女を庇いながらの戦いでは実力を出せずに怪我を負うかもしれないし、彼の高い魔力から放たれる魔法は強力すぎて状況によっては訓練された者でないと巻きこまれてしまう程の威力になるらしい。
ロージュは自ら望んで前衛に向かっているようだが、これを勇敢だと称える者は少なくともこの国には居ないだろう。私にはロージュとラインハルト様が何を考えているのかが全く理解できない。
「ロージュとラインハルト様は何を言っても聞かないでしょう。なので、私が彼女の代わりに前衛へ向かいます。前衛の中でも前には出ず、マーシュと必ず行動し自分の身は自分で守れるようにします」
「……気持ちは嬉しいが、例え君に実戦経験があったとしても前線には連れて行きたくない」
この依頼を受けるにあたって最初にルタ様と約束した事。
『どんな怪我人が出ても危険な前線には行かない事。魔力を使いすぎたり無理はしない事。引け、という指示があればどんな状況であっても直ぐにマーシュと逃げること』
早速私はルタ様との約束を破ろうとしている。
彼と今後の長い人生を歩んでいくにあたって、私が彼との約束を直ぐに破ってしまう事は彼との信頼関係に響いてしまうかもしれない。
──でも。
例えあんな妹でも血の通った姉妹。
お腹の子の相手は元婚約者だとしても、その子に罪はない。
二人の命が危険に晒されているのだ。
姉として、ヒーラーとして、二人を見過ごすわけにはいかない。
「──ルタ様。私は例え自分の身が危険だとしても妹とその身に宿る小さな命を見過ごせないのです」
「……ケイ。しかし君も危険な目にあうかもしれない」
「私は大丈夫です。何かあればマーシュが癒してくれますし、何より前線はルタ様が守って下さいます」
「ルタ。……前衛は妊婦を庇いながらの戦いになるでしょう。このままでは何かあった時にケイ様でなくとも前衛にヒーラーが居ないと陣形が崩れてしまい、後衛にも影響がでます。ロージュ様とその子だけではなく、ケイ様も無事では済まないでしょう。ルタ、貴方がいてもです」
ルタ様の真っ赤な瞳をじっと見つめる。
きっと彼が行くなと言っても私の足は止まらない。
「………」
いつも優しい彼の目付きはとても険しい。その眼光の鋭さから、つい一歩後ろへ下がってしまいそうだ。しかし、私は目を逸らさない。それが私の意思表明で硬い決意を彼へ伝える方法だと思ったから。
「……わかった」
数分間の沈黙の後、ルタ様が口を開く。
「それなら、もう後衛を無くしてしまおう。前衛には行くが、後方にケイとマーシュを配置する。その間を新兵達としよう」
「……ルタ様。ありがとうございます!」
「私はケイ様をお守りする事に全力を注ぎますが、何かあれば援助致しますよ」
「マーシュ、ケイを頼む。さて、前線では既に戦闘が始まっているかもしれない。急ごう」
マーシュからの後押しもあり、渋っていたルタ様が前衛に行くことを許可してくれた。
──私の徹する事は、3つ。
前に出すぎず、マーシュと必ず一緒に行動する。
前線の後方で負傷した兵を癒す、必要時防御魔法で自分の身を守る。
ロージュの身に危険がないように出来るだけ目を離さない、必要時フォローする。
「それにしても、ルタの唯一の弱点が分かりましたね」
「ルタ様にも苦手な事があるのですか?」
「あら……。自覚が無いのですね」
「マーシュ、それ以上何も言わなくていい」
マーシュが言うルタ様の弱点とはきっと優しすぎることだろう。
私が魔物に襲われでもしたら自分の身を気にせずに助けに来てくれそうである。
足を引っ張らないように気をつけよう。




