39話「母の過去」
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「──ケイ様。もう私が教える事は何も御座いません」
マーシュが魔法の指導者としてクラレンス邸に訪れる様になってから早3週間が経過していた。
訓練当初の私の扱う事ができた魔法は、初級治癒魔法、上級治癒魔法、目眩し魔法の3つで、戦場に出向く治癒魔術師としては十分であるとのことだった。
しかし、私の高い光魔法の適性を見てマーシュはより高みを目指して行きたいとのことで、中級治癒魔法のヒーリング、光属性の防御魔法の初級から上級まで、光属性の攻撃魔法の聖光の弓矢を完全に扱える様にしてくれた。
しかし、魔法の練習中に火災の時のような異様な効力が発動する事はなかった。
実際に私の心が激しく揺れ動く様な場面でないとあの様な効力は発現しないのかもしれない。
実戦であの時のリンの様な重傷者が出た場合、安定して高い効力を持つ魔法を扱えないと意味が無いがこればかりはどうしよも無いとマーシュは言った。
彼曰く私の特異性としては、イレギュラー時の高い効力を持つ治癒魔法の発動だけであって、様々な魔法を短期間で扱える様になったのは私の努力と才能のお陰だと言っくれた。
「マーシュ。本当にありがとうございます。貴方が居てくれてよかった」
「私もケイ様と出逢えてよかったです」
「……ま、マーシュ?」
……異様に、異様にマーシュの顔が近い。
鼻先がぶつかってしまいそうなぐらいに。
ゆっくりと後ろへ下がろうとするが、私の背後には本棚があり、もうこれ以上後ろへ下がることは出来なかった。
でもまあ、何故かマーシュとこれだけ距離が近くてもルタ様の時の様に心臓が跳ね返るようなことはないし、距離感が近いのをいい事に彼の顔をこと細かく観察してしまう。
(透き通るように白くキメの細かい肌、綺麗な鼻筋、白銀の長い睫毛、綺麗なライトグリーンとライトイエローは宝石のよう……)
……マーシュは美術館の美術品と並んで立っていても違和感がないだろうな。
「──マーシュ様!!!距離感!!!ち・か・い・です!!」
マーシュの美しい顔立ちに感心していると、私と彼の間にズイッとアンが割り込む。
「アン、私はケイ様とお話していたのですが?」
「ルタ様から言われてなくても、これはアウトです」
「……はあ。そうですか。あ、そういえばアン。メイド長がお昼前に厨房へ来るようにと貴女を呼んでいましたが?」
「──なっ!!ま、マーシュ様!!何故もう少し早く教えて下さらないのですか! ケイ様!マーシュ様と距離を保ちお待ち下さい!!──失礼します!!」
アンがそう言われて時計に目をやると針先は昼過ぎを差しており、それを見た彼女は慌ただしく部屋を後にした。
「……ふふ。ようやく二人きりですね。この一ヶ月、アンとルタの目が厳しくて中々二人きりに慣れる機会がありませんでした。……メイド長に手を回しておいてよかった」
「あはは……。言われてみればそうでしたね。でも何故二人きりに?聞かれたら困る話でもあるのですか?」
「……本当に鈍い人ですね。年頃の男女が部屋で二人きり……。何も感じないのですか?」
マーシュはアンから離された距離を詰め寄り、私の顎をその細い指先で優しく持ち上げる。
普段彼の事を男性として意識した事は無かったが、この動作と言葉には流石に意識してしまう。
「まっ、マーシュ? ……リンの様に私をからかっているのですか?」
「からかっているのではありませんよ。私は初めてケイ様にお会いした時から1人の女性として接して来たつもりです」
「で、でもマーシュは全ての女性に、“好意のある異性“として扱っているのを私は知ってます……」
「なるべく女性には紳士に接したいだけです。恋愛感情はありません。……ですが貴女様は特別なのです」
どんどん美しい彼の顔が距離を詰めてくる。さっきまでは美術品を見るような目で彼を見ていたのに、こんな風に特別だなんて言われる異性として意識してしまう。
思わず目を逸らし視線を下げると、マーシュの少し開けたシャツから見える鎖骨はゴツゴツしてて、細身なのに意外と筋肉質で意外と男性的な側面がある。そしてなんだか、少し甘くていい香りがする。
長細い指先はルタ様とはまた違った色気があり、これが大人の男性というものなのだろうか。
……やっとアンがあんなに注意していた理由が分かった。
マーシュという男はとても魅力的なのだ。いままで気が付かなかった自分が鈍すぎる。
「わ、私とマーシュは出会ったばかりですよ。どうして、ほぼ初対面の者にそこまで言えてしまうのですか?」
しかしマーシュはどうして私へ好意を抱いてくれているのか。ルタ様の様に過去に出会っていた訳でもないし、彼に関わった記憶は一切無い。
「……ケイ様。貴女様は“マリア“の忘れ形見……。瞳の色こそ違うが、サラサラの髪、優しげな顔立ち、若き頃のマリアとそっくりです」
「え……?」
──マリア。
久しく聞くその名は、今は亡き私の実母、マリア=ロレーヌの名前だ。
「何故その名を……」
「ケイ様はマリアの事を何処までご存知ですか?」
「何処まで……と言われましても私が幼い頃に亡くなりまして母との記憶は殆どありません。この前、火災の際に上級治癒魔法を詠唱する時に一瞬顔をぼんやりとですが思い出したぐらいで……」
あの時、ハッキリとではないが思い出した母の顔は優しげで美しかった。
私と同じ茶髪に私とは違う金色の美しい瞳を持っている事、上級治癒魔法を簡単に使いこなし詠唱する時は手を組み祈るように行う事。
母との別れは余りにも早く、思い出は無いに等しい。その為、どんなに記憶を絞り出そうとしても、それぐらいしか母の事は分からなかった。
「……マリアは“聖女“だったのです。高い能力を評価されて呼ばれていたのではなく、“異世界“から召喚された本物の───」
「──マーシュ!!!」
バンッ!!と部屋の両開きの扉が勢いよく開かれる。
物凄い速さで中に入って来た人物は、すかさずマーシュから私を引き離し少し強いぐらいの力で抱き締めた。
「……るっ、ルタ様。苦しいです……」
「急いで帰ってきて正解だった……! アンが少し離れた間にマーシュ、お前という奴は……!!」
「ルタ、落ち着いて。私はケイ様とお話していただけですよ?」
「そ、そうです。今は確かに距離感が近かったと理解しましたが、マーシュと今大切な話を──」
「……邪魔も入りましたし、それではケイ様。本日はこれで失礼致します。明日は所用で来れませんのでご了承下さい」
「……えっ、マーシュ……!」
「それではお疲れ様でした」
マーシュは颯爽と部屋を出ていった。
……続きを聞きたかったのに、話を上手いこと流されてしまった。
「ケイ、何の話を奴としていたんだ?」
「……大した事ではないのですが。また今度聞いてみようと思います」
あの切り替えの速さは、2人きりではないと話したくない事なのだろう。ルタ様に隠し事をするわけではないけど、マーシュの話を一通り聞いてから彼には話そう。
──あの時、マーシュはこう言おうとしていたと思う。
私の実母、マリア=ロレーヌは、“異世界から召喚された本物の聖女“……だと。




