37話「冒険者ギルド(7)」
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──その後、マーシュと話を進めて行き、討伐の依頼は1ヶ月後に騎士団に正式に依頼が行き実行されるとの事でそれに備えてマーシュが私の魔法の教師としてクラレンス邸へ来てくれる事になった。
訓練の際には必ずアンかルタ様(ルタ様 は騎士団の仕事があるのでアンがメインで)が付き添う事が約束され、ルタ様がマーシュに提示した条件は1ヶ月後以内に私にあらゆる光魔法をマスターさせる事などではなく、「私と2人きりにならない事」であった。
心配してくれるのはとても嬉しいのだが、距離感が近いだけでマーシュが私へアプローチをしてきた事はないし、少し過保護な気もする。
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因みに、楽しみにしていた冒険者ギルドの食事メニューは山牛の骨付き肉(ブラックペッパーとクラリス塩を添えて)、牛魚の姿煮スープ、ワイルドサラダ(シーザーサラダに10センチ代の大きな分厚いベーコンが幾つか乗っている)、海林檎の丸ごとシャーベットと、豪快且つワイルドな料理達で美味しそうだが中々の量だった。
マーシュ曰く、この豪快さと見た目の派手さはクラリス名物とも呼ばれているらしく、この街に立ち寄ったのであれば必ず食べて欲しいと街の人々は言うらしい。
ルタ様はこの豪快な料理を綺麗な作法で完食して見せ、マーシュもルタ様と同様に美しい作法で肉等を切り分け食べていくが、「自分で注文しておいてアレですが、なんていうか……油がきますね……。私ももう若くないですね……」と苦しそうにしており、
「マーシュ、当然だろう? お前もう今年で二百七十──」
「──ッゴホッゴホッ!! ルタ、それ以上は言わないで下さい」
などと、ルタ様に年齢を明かされていた。彼は若く20代後半位には見える美しい男だが、実際には270年以上は生きているようだ。
話を聞くとマーシュはこの辺りの出身では無く旅をしてこの国まで辿り着いたようで、この国を気に入り50年は滞在しているという。
長寿である彼の旅話は刺激的で、他国にはこんな習慣があって~だとか、他の種族の人間はこの国には無い習慣を持っていて~など、屋敷に籠って本ばかり読んでいた私には知らない事ばかりであった。
ルタ様はマーシュの話を楽しそうに聞く私の様子を見て、優しく微笑み見守ってくれているのがなんだが温かかった。
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食事を終えて、アンのいる1階へ降りていくと彼女が金髪の小さな女の子と一緒に居るのが見えた。
「──マーシュ!!! どこ行ってたのよぉ!リンをさみしくさせないって約束でしょう??」
幼く桃の様にやわらかそうなピンク色の頬をぷっくりと膨らませて金髪の少女はマーシュに抱きついた。
「リン、申し訳ありません。聖女様と大切なお話をしていていたです」
「そういうもんだいじゃな……っ! ……あ、あなたはせいじょさま………!!?」
「貴女は……リン?」
リン、アンの妹。
火災の時黒く焼け焦げていた小さな少女。
当時の様子は見る影もなく、肩まで伸ばした綺麗な金髪は勢いよく外に跳ねている。火災の時は私も必死だったのでよく見ていなかったが、クリクリとした大きな青色の瞳が印象的でとても可愛らしい少女だ。
「──せっ、聖女様!! リンを助けてくれて、ありがとうございます!! お陰でこれからも妻としてマーシュと一緒にいることが出来ました!」
「……いえいえ無事で何よりです………って…………え?」
ぺこりと礼儀正しく礼をしたリンは、衝撃的な発言をする。
“妻“として、マーシュと一緒に……?
マーシュってこんな幼い女の子を妻として娶っていたの………?
衝撃的な出来事に思わず言葉が詰まっていると、
「……リン?」
とアンが私には見せた事も無いような恐ろしい表情でリンを見ていた。
「アン。そんな顔をしないで下さい。リンはまだ幼いので、お飯事のつもりで私を夫としているのでしょう」
……よかった。流石にリンはマーシュの妻ではない様だ。
私の困惑を他所に、自分の腰に抱きつくリンの頭を撫でながらマーシュは彼女の発言をお飯事だといい、笑っている。
……私にはリンの表情は真剣そのもので、彼女が言っている事は本気に見えるのだけれど。
「いいえ、マーシュ様。この子は本気で言っているのです。家に帰ってもマーシュ様、マーシュ様と煩いのです」
「そうよ!!わたしは本気よ!! だからマーシュ。ぷろぽーずはまだだけれど、あと8年もしたらいいでしょ?」
「ふふ。……困りましたね。まあ、その時までリンが私を愛してくれていたら考えましょう」
マーシュはその細く長い美しい指先で10歳の女の子の顎をクイッと持ち上げ、リンは顔を真っ赤にして黙ってしまった。
彼は茶化しているつもりだろうが、純粋無垢な心を持つであろう10歳の少女に何て事をするんだろう。
私だって、もし今想い人が居なくて独り身で美しい男にこんな風に言われたら気持ちが揺らいでしまうかもしれない。
「マーシュ様!!そうやって、思わせぶりな態度や曖昧な返事をするからリンが本気にするんです!!」
「……ま、まーしゅ……」
リンは照れてアンの後ろに隠れてしまった。
マーシュは一時的にはリンを傷付けずに自分から離れさせる事には成功したのかもしれないが、逆に想いを募らせる原因にもなっている気がする。
「ケイ様。マーシュ様はこうやって皆に曖昧な態度を取り、リンだけではなく町中の女性を年齢問わず魅了しているのです!!」
「アンがマーシュに“ある意味“警戒する理由が分かった気がします。でもどっちかっていうとリンがマーシュを好いているようだし、街の方々も同じ状況なら私は大丈夫と思うのだけれど……?」
「ケイ、君“は“大丈夫とかいう問題じゃないんだこれは」
「そうですケイ様!!いくらルタ様と強く想いあっていても、何かあってからでは遅いのです!!それに、これだけ目の前で言ってもマーシュ様は否定しませんよね!?そういう事です!!」
「……え、ええ? ……わ、わかりました」
……2人の圧が凄いが、マーシュは口を開くことはなくニコニコと柔らかい笑みを浮かべている。
気持ちは嬉しいがマーシュが私にアプローチをしているという事実が私には感じられないので、ここまで心配されると少し可笑しくなってきてしまう。
「……ふふっ」
二人には申し訳ないがその必死な様子を見て、私は自然と頬が綻んでいた。




