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17話「幼い頃のお話」(2)




「──なんも無い」


なんの変哲もない、何処にでもあるような森。

様々な種類の木々が生い茂っているが、人が歩けるようにウッドチップが敷かれた歩道があり道は整備されている。危険度も低いことから近隣住民もたまに散歩で利用するらしい。


森を暫く散策したが、特に目新しい物などはなく、直ぐに飽きて目の前にあった座り心地の良さそうな切り株に腰を下ろした。



「──こんなところに一人で何をしているの?」


腰を下ろして直ぐに背後から女の子の声がして振り返ると、綺麗な服を身にまとった薄い茶髪とエメラルドグリーンの瞳が印象的である自分と同い年ぐらいの少女が立っていた。


「……べ、別になにも」

「ふーん。女の子がこんな所で一人で座ってたら危ないよ」

「ぼっ……僕は男だよ。君こそ女の子なのに一人でここにいるなんて危ないよ」

「へー!すっごく可愛いのに男の子なんだ!!ここは私のよく知っている森なの!だから大丈夫!!魔物が出たってぴゅーんって走って逃げればいいのよ!」

「き、君は足が早いの?」

「そうよ!!兄弟でいっちばん早いんだから!!!」

「何人兄弟なの……?」

「えーとね!二人!!!!」


そう言って無邪気に笑う少女。

久しぶりに自分に向けられた無垢な笑顔にこちらも頬が(ほころ)ぶ。


「君の……名前は?」

「私はケイよ!ケイ=ロレーヌ!」



この国では苗字は貴族だけが持つものであるし、この少女の衣服はしっかりとした素材で出来ていて平民では無さそうだった。


それにロレーヌという苗字。

この少女が嘘をついているとは思えないし、この子はロレーヌ家のご令嬢なのかもしれない。


「そうなんだ……。ぼ、僕はね──」

「──クロ!クロでしょ!?真っ黒な髪の毛がとても綺麗だもの!!」

「えっ……その違っ……」


ケイと名乗った少女は真っ直ぐな瞳で俺の名前が“クロ“だと信じて疑わない。


「クロはこの森初めてよね!?私が案内するわ!着いてきて!!!」


ケイは自分の名前を訂正する暇も与えてくれずに小さな手で俺の手を引き、森の奥へと進んでいった。


ついさっき初めて会ったにも関わらず、昔からの友人のように彼女は接し仲良くしてくれた。


そんな彼女にどんどん心を惹かれていき、この気持ちがいつしか本で読んだ恋心なのだと気がついた。




──これが、ケイとの初めての出会いだった。





***




ケイと出会ってから毎日父の仕事に付き添い森へと足を運んでいた。


幼い彼女は怖いもの知らずで、たとえ怪我をしてしまったとしても得意の治癒魔法であっという間に怪我を治してしまい、「怪我をしたなら治せばいいじゃない!!」と得意げに笑って見せた。


期間にして1ヶ月もなかったと思うが、短い間にも彼女とはとても仲が良くなっていた。




──そんな時、あの事件が起きた。


下級の魔物がたまに出現する程度の森に大型の魔物が出現したのだ。


熊の様な見た目をした、3メートルぐらいはありそうな大きな魔物がケイの目の前に立っていた。




ケイが──殺される。




そう思った俺は、咄嗟(とっさ)にケイを突き飛ばし、自分も逃げようとしたが足が震えて動かない。足が動かないのであれば、彼女が逃げるまで時間を作る。


こちらを睨みつける魔物に攻撃魔法を仕掛けても良かったが、一撃で倒せなかった場合は反撃を食らって死ぬということが幼いながらに理解出来た。


様々な考えが頭の中をぐるぐると回り、今にも飛びかかろうとしている魔物に何も出来ず立ち尽くしていると、



『──フラッシュ!!』


と目眩しの魔法をケイが唱えた。



「「グワアアアアァァァ───!!」」



激しく雄叫びを上げる魔物。

突如として視界を奪う激しい光に混乱しているようだ。


逃げるなら今だ。


そう思った時、魔物は目にも止まらぬ速さでこちらへ飛びかかってきていた。


「今よクロ!!逃げましょう!!」



彼女は飛びかかって来ている魔物に気がついていない。



「ケイ、逃げっ……───ッうわあぁあ!!」




魔物に切りつけられ、地面へ転がり込む。


腹部が燃えるように熱い。


違和感を感じた箇所を両手で触ると、生暖かいヌルッとした感触があった。



──血だ。これは自分の血。魔物に腹を切り裂かれたんだ。



そう理解した途端、熱さは猛烈な痛みへと変わり耐え難い苦痛を与えた。



「──っく………」



叫びだしたいほどの苦痛。

しかし、ここで大声を上げてしまえば魔物が反応し次の一撃が来るだろう。


腹部を抑え(もだ)えていると、ケイが駆け寄ってくる。


『ヒール』


魔物がまだすぐそこにいるのにも関わらず彼女は俺に治癒魔法を詠唱する。詠唱がされた途端に金色の暖かい光が体を包み込み、腹部へと集まっていくのが分かる。


『ヒール……ッ!!ヒール!ヒール!!!』


しかし、何度かけても血が止まることはなく、傷は完全には塞がっていないようだった。



「………な、なんでぇ。なんで完璧に治らないの?」


ケイの声と手は震えていた。


「ケイ……。僕はいいから本当に逃げて……」

「嫌よ置いていくことなんてできない!しかもこうなったのは私がクロの忠告を聞かなかったせいで──」


ケイは自分を責めている。

彼女は何も悪くない。こんなに凶悪な魔物が安全と言われていた森に突如出現するなんて、誰が分かっただろうか。


「「──グワアアアアァァァァ!!!」」


魔物がフラッシュによる混乱から回復し、こちらへ向かってくるのが分かる。


「お願い……ケイ。少しでいいから離れていて。僕、魔物(あいつ)を倒せるかもしれない」

「そ、そんな置いていくなんて出来ないわ!た、倒せる?クロに?そんなお願い聞けるわけ……」

「本当に大丈夫……だから。ここにケイがいると全力が出せないんだ……お願い。早く……」


──あれをやるしかない。

しかし、ケイを巻き込んでしまうかもしれない。でもやらなければ2人とも魔物(あいつ)に殺されてしまうことは目に見えていた。


「……わかった。少し離れるだけですぐ戻るからね」

「……ありがとう」



ケイはその場を離れる。

きっともう彼女は近くにいないだろう。


魔物がこちらへ飛びかかってくる。


意識が朦朧(もうろう)とする中、目の前に右手を翳して呪文を唱えた。



『──地獄の業火(ヘル・ファイア)



身体中が一気に燃えるように熱くなり、その熱さは右の手のひらへと凝縮されていく。


小さく、更に小さく。




──そして、一気に解き放たれる。





「「「─────────!!!」」」





自分の右手から解き放たれた熱は一気に魔物だけでなく周囲の森までをも焼き付くし、魔物は雄叫びをあげる間もなく絶命する。


激しい音を立てて、周囲を焼き尽くす炎。


その炎が有機物を焼き尽くす感覚が、言葉では言い表せない感覚で頭の中に流れ込んでくる。


魔物が命を焼き尽くされ、地面へと倒れると同時に炎を消した。



「……やった……のか」



黒焦げになった周囲を見渡すと、魔物であっただろう物は炭の塊となっていた。



「──クロ!クロ!!大丈夫なの!?ねぇ返事をして!!?」


周囲の熱が落ち着いてくるとケイが駆け寄ってきて、俺の体を抱きしめた。


「──クロ!!」

「……ケイ。無事で…よかった」

「クロが無事じゃないじゃない!!待っててまた急いで魔法をかけるから」


彼女の顔を見上げると、目には涙がじんわりと滲んでいた。


『ヒール』


彼女の小さな手な手のひらから金色の優しい光が溢れ出し傷ついた腹部を包み込むが、やはり出血は十分には止まらなかった。


「ケイ。ちょっと…離れてて」

「え……?」


『ファイア』


「──ッく!!!」


電撃の様に激しい痛みが腹部へと走り抜ける。


傷口を焼いて止血する。

父上から過去に怪我をして周囲に治癒魔術師がいないときや高位の治癒が使えない場合には焼いて一時的に止血すると生存率が高くなると学んでいた。


「な、何してるの!!!」

「傷口を焼いて止血したんだ……。ここにヒールをかけてくれる?」

「わ、わかった」


『ヒール』


焼け爛れた傷口は彼女のヒールによって癒され、黒く焼けた肉は剥がれて綺麗な肉芽へと変わっていく。


「……たぶん、これで何とかなる……。後は誰か呼びにいけれ……ば」

「……待っててクロ!!私がすぐに呼んでくるから!!!」





──ケイは周囲に住んでいる大人を呼び、騒ぎを聞きつけた父たち騎士団も現場へと駆けつけた。


「──こいつ、地獄の熊(ヘル・ベア)じゃないか!しかもかなり大型の……!!」

「ルタ様がやったのか……?」


後から聞いた話だがこの魔物は地獄の熊(ヘル・ベア)といい、魔物の中でも戦闘力が高く大人でも死者が出てしまうほどの上位種らしい。


例え魔法が使えたとしても、子供が対処出来る相手ではなかったという。


父は森の奥で遊んでいた事を決して責めることはなく、「怪我はしたが命があっただけ素晴らしいことだ。それに一緒にいた子供も守ったのだろう?立派だな」と言い頭を優しく撫でながら称えてくれた。


俺は大勢の大人たちに囲まれ救護され、腹部に傷は残ったが大事には至らなかった。


ロレーヌ領の森にここまで凶悪な魔物が出ることはここ数十年なかったらしいが、後日父と騎士団の調査が進み、最近この森の警備が簡易化され魔物の繁殖が進むことによって突然変異としてこの魔物が発生した可能性があるとのことであった。





──そして、彼女は森へ来ることはなかった。



彼女が推薦にて入学予定であると言っていた王立魔法学校にて再会できると思っていたが、何年待っても彼女の姿はなかった。



会えないのであれば婚約を申し込めばいいと考えたが、あの事件の後直ぐにフォルクング家の長男のラインハルトと婚約をしたと聞いた。



彼女の姿を見たのは、あれが最後になったのだった。




・・・・………




「──貴方は……クロ?」



ケイは俺の事を思い出してくれた様だ。

きっと思い出したくもなかったであろう幼き日の記憶。

彼女は震えながら謝罪しようとするが、彼女は何も悪くない。むしろ、忘れていた方が良いくらいのトラウマを自分を思い出して欲しいという自分勝手な都合で掘り起こした。


当時の事を少しずつ説明していく。

君は悪くない、大丈夫。と言い聞かせるように……。


瞳を潤わせてこちらを見つめるケイが愛しくて(たま)らない。


頬を撫でる。


彼女の頬は痩せていて、でも柔らかく女性の肌の柔らかさを感じた。


心臓の鼓動が高鳴っていくのが分かる。。


あの時、勢いで言ってしまった言葉をもう一度キチンと彼女へ伝えたい。




──大切なプロポーズを。





「──結婚を前提とした恋人……。

つまり俺の婚約者になって欲しい」







ルタ視点、これで終わりです!

次回からケイ視点に戻ります!!

長くなってしまい申し訳ありません。

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