14話「浮つく心」
「──最後に、王宮周辺の警備編成についてではあるが──」
ケイと婚約してから2日後の本日、ルタ=クレランスは第二騎士団団長として王宮騎士団本部にて月に一度の“王宮騎士団定例会議“に参加している。
会議の内容は予算だの警備体制の再確認など正直先月と代わり映えの無い内容であり、この国が平和である事を象徴している。
平和というのは素晴らしい事ではあるのだが、今日はケイをクレランス家に迎え入れる予定となっている為、特に変わりもなくこちらから改善したい要件なども特にないため一刻も早く帰宅して彼女と顔を合わせたいというのが正直な気持ちだった。
因みにケイとの婚約を破棄したラインハルト侯は第3騎士団副団長としてこちらの会議に参加している。
肩まで伸びた髪を無造作に束ねており、風に靡く前髪の隙間から見えるその顔面は彫刻の様に均衡のとれた美しい顔立ちであった。彼の騎士としての仕事ぶりはとても尊敬出来た物ではないが、その美しい風貌のお陰か侯爵家として褒められたものでは無い威圧的な立ち振る舞いをしているのにも関わらず貴族令嬢達に人気があった。
彼を横目で見ると大きく口を開けて欠伸をしていた。非常に眠そうな顔をしており、その態度に自分の婚約者を捨てその妹に身ごもらせたとは思えない呑気さを感じてしょうもなく腹が立った。
「──これらの事について、各自変更の提案などはあるか?」
「問題ありません師団長」
「そうか。以上で、本日の会議は終了とする」
……まあ彼の事はもうどうでもいい。
ケイをラインハルト侯が愛さなかった分、いや、それ以上の愛情を彼女に注ぐつもりだからだ。
早く彼女に会いたい。
──会議室が終わり次第急いで自宅へと向かった。
***
「──今帰った。お父様、お母様。ケイは今何処に?」
「ルタ。お帰りなさい。ケイは私達との挨拶も終わったし、ご自身の自室にご案内したわ」
家に着いた時にはもう彼女は既に到着しており、両親との挨拶も済ませたとの事だった。
最初は言いつけを守らず当日に婚約話を決めてきた息子に困惑していた両親は意外にもケイを歓迎してくれていて、「あれだけ様子を見て決めろと言ったのにも関わらず、初日でルタが決めた婚約者だ。もう私が口に出すことはない。……それに控えめではあるが美人だな?」と父は言い、「まだ最初だし、分からないけど謙虚でいい子そうね。所作も綺麗で色々聞いていた噂が嘘か誇張された話なのかと思うくらい」と母は言った。
今まで一切婚約話に乗り気でなかった息子が婚約を決めた事がとても嬉しかったのか、ケイが噂通りの人物ではなく安心したのかは分からないが、両親が彼女を受け入れてくれている様子を見て安心した。
侍女のアンから聞いたがケイは侯爵家令嬢というのに小さいトランクケースたった一つを持ってクラレンス家へと訪れたらしい。
彼女をクラレンス家に迎えるにあたって、事前にロレーヌ家の執事や侍女に必要な物や人材を問いたところ、ケイは与えられた最低限の物で何でもやり繰りをして、基本的にはお世話係を付けたがらずドレスの着衣だけ少し手伝ってもらう程度だったという。
貴族令嬢らしからぬケイの立ち振る舞いに少し昔の彼女らしさを感じたが、彼女が本当に嫌がらない限りは最低限は侯爵家令嬢という品位を保つ為にも侍女を付けさせてもらうこととし、クラレンス家のメイドの中でも優秀なアンを採用することになった。
アンは最先端の貴族令嬢の流行ファッションやメイクを勉強しておりセンスもいいと両親や社交界の友人からもお墨付きで、ケイに必要なドレスやアクセサリーなどの準備は安心して任せることができた。
鎧を脱ぎ、急いで二階にあるケイの自室へと向かう。
階段を駆け上がり、少し息が上がる。
……息を荒らげていては、何だが格好がつかないので乱れた呼吸を整えてからノックをした。
「──ちょっといいか」
「……ええ、大丈夫です」
少しの間を置いてケイが返事をする。
彼女が、彼女がこの扉の向こうにいる。
「入るぞ」
──高ぶる胸の鼓動を落ち着かせてドアノブを握った。




