11話「焦り」
「──お父様、お母様。ロレーヌ家の長女に婚約を申し込もうと思います」
馬に乗り急いで家へ帰宅すると、即座に両親にケイへ婚姻を申し込みたい旨を伝えた。
「ル、ルタ。まあ取り敢えず、そこに座りなさい」
「そ、そうね。座ってゆっくり話しましょう」
数々の縁談の話を断ってきたのに突然婚約をしたいと言い出した息子に困惑するのは当然だろう。
「ラインハルト侯と婚約をしていたケイ=ロレーヌが婚約を破棄されたと聞きつけ、私がロレーヌ嬢と婚約を新たに交したいと考えています」
「ロレーヌ嬢……。ルタ、お前……」
「そうです。幼き日に同じお願いをお父様にお願いをしたかと思います」
「まだ忘れていなかったのね……」
「……彼女を忘れることが出来ませんでした。今、きっと彼女は困惑しており悲しい思いをしているかもしれません。そこを付け込んでしまう様な形にはなってしまいますが、私は本気です。今でも彼女と生涯を過ごしたいと思っています」
この言葉に嘘はない。
彼女の事を忘れた日は1日も無いと言えば嘘にはなるが、異性の色恋の話や縁談の話、異性から気持ちを打ち明けられる度に彼女を思い出していた。
あの時、もう少し気持ちを早く伝えられていればと何度後悔したか。
「……しかしルタ。ロレーヌ嬢の長女の話はあまりいい噂がありませんの。あの事件から言い方は悪いですが、地味で何も出来ない出来損ないの令嬢……と言われていますのよ」
「ミリーゼの言う通りで、ロレーヌ家の長女は確かに良くない噂を聞くし、ラインハルト侯も同様に貴族としての立ち振る舞いに問題があるようだ。似たような者達が固まったと思っていたのだが……」
両親のロレーヌ家へのイメージはかなり悪いらしい。実際に両親もケイに会ったことはないし、噂による先入観は大きいだろうから仕方がないと思うが。
「……腹違いの妹とラインハルト侯は再度婚約を結ぶらしいのです。妹はラインハルト侯の子をその身に宿している……とか。情報源が噂という根拠の無いものにはなってしまいますが、姉のケイ様は婚約者を妹に奪われ婚約破棄をされた立場。この国において令嬢が婚約破棄をされる事の重大さをお父様もお母様もよくお分かりでしょう?そもそもお二人はケイに会ったこともないのに──」
「ルタ、落ち着きなさい。昔、ラインハルト侯にロレーヌ嬢を取られたような形になってしまって急ぐ気持ちは分かる。だが、火のないところに煙は立たないと言うように、きっと彼女には何かある。何度か顔を合わせてから考えるべきなのではないか?」
確かに今の俺は冷静じゃない。
両親の言うことは正しいと思うし、昔と人物がガラッと変わることなんて誰にでもあることだ。ここは素直に両親の意見を聞き入れよう。
「……わかりました。一度顔を合わせて見てから考えます」
「一度と言わず、何度でもいい。生涯を添い遂げるパートナーを決めるのだから。婚約破棄されたとはいえ、彼女だって実は想い人がいるかもしれないだろう?急がなくていい。ゆっくり決めて欲しいんだ。」




