遺跡調査(8)
-3/23 遺跡そばの明け方-
大河のほとりのため、気温の下がる未明には朝霧がでる。
2つの満月が日替わりに昇るこの世界で、夜行性の生物が一番有利になるのはこの未明の霧の時間帯である。夜行性であるゴブリンが襲撃をするのに、最も好都合な時間帯だ。
「今日も、ゴブリンたちが来たよ。
しかも、昨日よりも数が多いかも」
パティーさんがゴブリンの気配を察知して、みんなを起こす。
はっきりとした数は分からないが、かなりの数だろう。
「だいたい50体で軍隊並みの数だな。
視界外も含めて5グループかな」
アムールさんが、ゴブリンたちの数を予測する。
30メートルぐらい離れたところに1グループ、50メートルぐらい離れたところに2グループ存在している。あとは、視界外に居る様だ。
「フィル。
先制攻撃できないかな」
パティーさんが提案をする。
まぁ、包囲が完成するまで待ち構える必要が無いな。
「宋襄の仁と言って、敵が陣を作るまで待って大敗した偉い人が居た。
私たちは、彼の真似をして不必要な情けをかけてひどい目にあう必要は無いですね」
アレックスさんが、中国の故事を引用する。
初めて知った故事だけれど、そんなアホな王様がいたのは驚きだ。
さて、それでは手前の敵グループに攻撃を仕掛けよう。
確実にゴブリンウォーリアに命中させるため、いつも通りの大きさで狙いを定める。
ゴォォ
ゴブリンウォーリアの居た辺りに半径1メートル程度の爆発が起きる。周りのゴブリンたちの悲鳴が聞こえる。その悲鳴を聞いたほかのグループも、動きが活発になる。
「次は、いつ撃てるのか」
アムールさんが、パティーさんと一緒に弓で迎撃をしながら聞いてくる。
量子核魔法は精霊魔法よりは連射できるが、私の場合は3-5発も撃つとMPは残っているはずなのに、一時的にガス欠になる。例外は、川の中などなので、爆発の起爆に必要な物質が不足するのだろうか。
ゴブリンたちが、2-30メートル離れた場所から投石を行ってきて、入り口近辺は石の嵐が降る。パティーさんも、アムールさんも、反撃ができない様だ。
「塹壕にこもって耐える。
西部戦線異状なしと言ったところだろうか」
アレックスさんが名前だけ聞いたことがある小説を例に挙げている。
どんな中身かは知らないが、こんな状況があるのだろうか。
「「どこが異常なしなのよ!!」」
パティーさんたちが文句を言っているが、確かに異常ありだよね。
飛んでくる石の量は減ったが、威力の強い投石の数は減っていない。周りに手頃な石が無くなってきたのでゴブリンが石を集めてきて、ゴブリンウォーリアやホブゴブリンが投げている様だ。一度、確認したところ、ウォーリアの近くにたくさんの石が積み上げられている。
もっとも、確認のために姿を現した時に、ゴブリンシャーマンが使ったストーンブラストによって、ゴブリンたちが投げて入り口近くに転がっている石が飛んで来て、投石よりも痛い。
ストーンブラストの石礫か。あの積んでいる石の山を爆発させたら、周囲に被害を広げることができるな。
「みんな入り口から離れてください」
そう宣言して、石の山に量子核魔法を放つ。
爆発により、石が周囲に飛び散り、1つの石が20メートル以上も離れた私にも命中する。凄く痛い。
「フィ、フィル。
後ろ、後ろ」
アレックスさんが、後ろの壁の場所を指さしているので振り返ろうとしたところ、ドンさんとクリスに通路側に引き込まれた。
「もう少しで死ぬところだったのですよ。
額の傷を治します」
クリスが泣きそうな表情で治療を開始する。
アムールさんが指さしていた壁を見ると、こぶし大の石が壁にめり込んでいる。
額の傷と言うことは、石がもう少しずれて直撃したら、死んでいたかも……
アムールさんとパティーさんは、弓でゴブリンたちを攻撃している。こちら側に、石が殆ど飛んでこないので、ゴブリンたちは先ほどの爆発で混乱しているのだろう。
「もう、矢が無いよ。
これ以上は無理かも」
パティーさんが、矢が尽きたことを訴える。
さすがに数十体のゴブリンは限界だ。
遺跡がゴブリンから守ってくれることを信じて奥に逃げこんだ。
「グェグェ」「キィキィ」
ゴブリンたちが遺跡の外で叫んでいる。
どうやら、遺跡の中には入れない様だ。
「これからどうするの。
食料は余裕あるけど、水が確保できないよ」
パティーさんが、悲壮な声をあげる。
飲料水もそうだが、遺跡内で火を焚けないから、料理も厳しい。
このまま包囲が続くと、遺跡の中で餓死しそうだ。
「塹壕戦の中で主人公が死んでも、本部への報告は”西部戦線異状なし、報告すべき件なし”でした。
私たちの死も、この世界からしたら、報告する必要の無いことなんでしょうね」
アレックスさんが、先ほどの引用元を教えてくれる。
不吉すぎるが、今はそんな感じだ。
-日の出-
遺跡に逃げ込んでから時間が経ち、外にはすでに日が昇っている。
メェェェェェ
何かの鳴き声とこちらに向かってかけてくる物音がする。
『メェェ』と言うことは山羊だろうか。
ゴブリンたちは悲鳴の様な叫び声を上げているが、私たちは遺跡の奥で息を潜める。
しばらく時間がたつと何かが暴れている音とゴブリンの悲鳴が聞こえ、そのうち何かが食べている音だけが聞こえる。
「もしかしてパンダかな」
パンダと認めたくないのでアレックスさんに確認する様に聞く。
アレックスさんも、「たぶんね」と自信なさげに答える。
ゴブリンを食べるパンダがいる。
「ゴブリンで満腹になると良いなぁ」
パティーさんが希望的観測を呟いているが、みんな同じ気持ちだ。
パンダの食事音が無くなるまで、じっと身を隠しておく。
かなり長い間、食事を続けていたが、満足したのかそのうちにどこかに行った様だ。
「パンダは可愛いですよね」
クリスに聞かれたが、獰猛だけれど外見は可愛らしいからね。
ライオンだって居るから、この世界のパンダもタスマニアデビルならぬ、チャイニーズでビルとして動物園で鑑賞することはできるかな。
「あんな獰猛な化け物が可愛いなんて、感性がずれているよ」
パティーさんに突っ込まれているが、パティーさんが言うと説得力が無い。
クリス以外は可愛いより獰猛な化け物の認識だ。
命の恩人ならぬ、恩獣かな。
ー3/23~25 クレアモン村-
パンダのおかげで、一時的にゴブリンが居なくなった隙に、私たちは装備と最低限の食料など必要最低限の荷物だけを持って遺跡から逃げ出した。そのまま夜も寝ずに進軍し、翌日の夜にようやく寝るまで不眠不休で行軍した。
野営の順番も決めたが、全員が疲れ切っており、泥の様に眠ってしまった。
「おい、お前たち大丈夫か!」
男の声で目が覚める。
クレアモン村に駐留している軍の斥候部隊の隊員のようだ。
もし、ゴブリンたちに見つけられていたら、あっさりと殺されていただろう。
「美食だ、グルメだと張り切っていましたが、上等な料理よりも、今食べている食事の方が何倍もおいしいですな。
料理の奥深さをまた一つ知った気がする」
アレックスさんが、半分意味が分からないことを言っている。
逃亡中は、調理道具も置いていったため、携帯用の食料を暖めずに水で流し込んだだけだったせいもあって、彼らから頂いた食事は、軍の携行食糧だが、グルメリポーターの様に何がどううまいという表現はできないが、暖かくてとてもおいしい。
そのまま、彼らの手を借りて、なんとかクレアモン村に帰還したのは、その日の夕方だった。
翌日、遺跡の報告とゴブリンの様子を伝えたあと、軍のはからいで帝都行きの馬車に乗せてもらって帝都に帰還することになった。みんな生きて帰れて良かった。
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