8幕 健康で文化的な最低限度のカレーといえば学食のカレー。
六月になった。
とは言え、まだ雨はそこまで降っていないければ湿気もそこまで高くない。五月の朗らかな陽気は辛うじて続いている。民放のお天気お姉さんによれば来週中旬くらいにはやってくるらしい……そしてそれからさして時を置かずに来たるのは夏だ。海だ。中間試験だ。あまり勉強してないから不安でしかないんだよなぁ……ただまあ残された刻限まで一ヶ月はある。うん、何とかなるだろう。何とか。いざとなれば神様仏様に続く第三勢力の羽実様に助けてもらおう。
大学に入学して二か月経ったとはいえ俺の日常に大きな変化はない。
俺の女装は全然バレる気配は無いし、授業時間の多くをほどよいお昼寝タイムとして利用させてもらっている。あ、でも素の姿の状態の俺と羽実と洞木とで講義を受けるようになったのは変化の一つなのかもしれない。この前の保月家大集合での接触を経て羽実と洞木が友人の友人という既知の関係性になったために、これまでは俺がどちらかの二人と受けていた講義を三人一緒に出るようになったのだ。だがこれは俺にとって良い事ではない。洞木はともかく、羽実がいるせいで俺はその曜日に女装が出来なくなった。俺の女装は完全無欠だが、長時間接してしまえば流石に羽実には見破られる可能性がある。あれでも幼馴染だからなあ、安易なリスクは回避するのが俺モットーである。俺たち三人が被っている講義は週に一コマなのが救いだ。
それともう一つ小さな変化がある。これについては変化というか、違和感というか。
最近、何だか洞木の距離感が近い気がする。
「二千翔、ここなんだけど」
「ええっと、はい。ここはですね……」
ずずいと、横に座る洞木が俺の前に広げられた教科書を覗こうと身体を近づける。必然的に腕が触れ合って思わず洞木の表情を確認するが全く気にした素振りは見えない。
ここは校内にあるカフェテリア。突如二限が休講となった俺と洞木は、時間を持て余した結果互いに語学の課題を進めることにしたのだ。ただ訳あって今回は俺が先生役だが。
今の俺は美少女フォルムである。洞木は言わずもがなイケメンだから「こいつらカップルか? 公共スペースでいちゃついてんじゃねえぞ」みたいな非難の視線を浴びていた。こういう時イケメンは男除けに丁度いいと思う。ナンパしようとしても相手が美男美女なら下手に話しかけられることはないしね。洞木ももしかしたら似たようなことを考えてるかもしれない。
ノートを使いながら洞木の分からない場所を解説すると、洞木は顔を上げた。
「いやー二千翔がドイツ語で助かったよ。第二外国語って難しくてさ……二千翔がこんな出来るとは思わなかったけど」
「失礼ですね。私も必要がある勉強はしますよ」
ただ勉強熱心でこうなった訳じゃないから心の中で「不本意ですけどね」と一言加えておく。
語学に関しては必修科目で落としたら最悪また来年に次の新入生と混じって再履修なんて笑えない事情から適当には受けられないというのもあるが、何より俺の受講する二外のクラスは他のクラスより少し課題が多いのだ。週二の二外の講義でどちらの講師も週ごとに課題を出してくるし、それに併せて授業最初に単語テストまで毎週例外なく開催する始末。プラス進度が滅茶苦茶に早い。マジでヤバい。厳しすぎる。スパルタ教育ですか? ここは自由と未来を語る大学であって進学校じゃないんだぞおい。
そんな悲しい理由もあって、ドイツ語は他のクラスよりもかなり高い習熟具合を誇っている。今回洞木に教えているのも雑談をしていたら洞木のクラスよりもかなり先の所まで学習が進んでいることが分かったのでじゃあ試しに教えてよとジュースを二本奢られたからだ。因みにこの後はこの前新歓を付き合った報酬として昼飯も奢ってもらう予定である。いやぁゴチになります!
「気になったんだけど二千翔のクラスは今教科書だとどこまで進んでるんだい?」
「第五章ですね……来週から第六章です」
「早くない? 僕のクラスはまだ三章に入ったばっかなんだけど」
因みにこの教科書は一年間使うもので、全12章から構成されている。なのに六月にして教科書の半分を終えているということから突き抜けた異常性が分かる。お陰様でこの時点でウチのクラスは阿鼻叫喚の地獄の体を成していたりする。俺は語学クラスに一人も知り合いも仲の良い人間もいないのだが、それでも授業の度に謎の連帯感で包まれる。既に諦めたのか、5人ほど授業に来てない人間もいるほどだ。その気持ちも良く分かる。だって意味分かんねえんだもん。この語学だけは予習復習必須の馬鹿科目だもん。ところでだもんって語尾可愛いな。いつか女装姿で使ってみようかな。
「そっか……勉強できるんだ……」
「なんでそんな残念そうに言われなきゃならないんですか私」
「正直僕、二千翔のことは馬鹿キャラだと思ってやってきたから何だか自信無くすよ」
「非常に心外です。こうなったらアレやりますよ、アレ」
「アレって……?」
「電車内で「こいつ痴漢です!」って優しそうな男を冤罪に仕立て上げてお金と社会的地位をふんだくる後の無い30代独身女性の真似です」
「やめよう二千翔。現実に起きてる事件はやめよう。洒落にならないから」
軽く引いたように目を見開く洞木。いやいや折角今は女の子なんだから女の子の特権は使わねば、なんてのは当然冗談である。余裕で犯罪行為だし。俺は新聞の見出しに「女のフリをして痴漢冤罪を企てた女装男逮捕!」とか書かれたくない。
「あ、ここも僕何で違うのか分からないんだけど」
洞木は先程の助言をノートに書き込み終えると、再び身体をくっつけて俺の教科書に視線を遣った。仄かに暖かくて甘い香りがする。はあ、これが洞木の匂い……待て待てステイだ俺。こいつは女の子だが今は男だ。幾ら洞木が美少女だからって今の男の姿でドキッと来るのはマズいって。傍から見たらイケメンにデレる美少女の図かも知れないけど俺からすればやっぱ受け入れられないって。やっぱ美少女は美少女同士で恋愛すべきですよね(百合過激派)
こいつもしかして俺のこと……、とかグラついた理性を立て直しながら何とか洞木が差した教科書の練習問題を読み込んだ。
「ドイツ語は肯定文の場合必ず最初から二つ目の単語が動詞になるんですけど、助動詞がある場合は代わりにこれが二つ目に来ます。その助動詞が現在人称変化しているのは合っているんですけど文末の動詞は不定形だから人称変化させる必要が無いですね。あとは単純にワインは男性名詞なので格変化が違います」
「……僕、語学選択間違えたかも。五割くらいしか理解できないや」
「なら残り五割も頑張りましょうね。ジュース代分は働きますよ」
珍しく弱音吐いた洞木を無責任に励ましてやる。本来励まされるのは俺の方だと思うんだけどなぁ……ただでさえ覚えることも多い言語なのに何でこんな難関大受験最前線の高校みたいな授業スピードなのか。辛い。全て忘れてぷいぷいしたい。優しい世界に移住したい。
洞木の面倒を見ながら考える。
やっぱりここ最近、一段と洞木との距離が近づいた気がする。具体的には物理的な距離が。
別にそれは悪い事ではない。寧ろ良い事だ。当初ぼっちで四年間を終えると思っていた大学生活だったが、洞木と羽実のおかげでそこそこ楽しいと感じるような生活となっている。俺としては割と感謝している、絶対に普段の場じゃ言わないけど。
一方で、距離感が近すぎるのは如何なものだろうとも思うのだ。幾ら仲が良くとも俺と洞木は異性同士で、そのボーダーラインの線引きは大事である。洞木だって変に意識されてこの関係性が壊れるのは嫌だろう。だから注意すべきなんだろうけど……出来ないよなぁ。近いと惚れるから離れてください、とか言うには俺の対異性への経験値が低すぎた。そのコマンドを選ぶには最低でもあと一年は経験を積んだ後に遊び人に転職する必要がある。はい、無理です。俺の精神はそういう仕様で作られてないんです。
今も洞木と俺の座る椅子同士の距離は数センチほどしかない。腕はくっついているし、洞木が吐息が顔を掠めるほど近い。男にはない可愛らしい息遣いが嫌に耳に残る。
いや集中出来ね~よ。だってコイツ見てくれと違って女の子だから! んで俺は男の子! つまりそういうこと! パルスのファルシのルシがパージでコクーンだ! 意味分からん!
身体の中の獣を殴り殺して理性を保ちつつ勉強を教えていると早いもので午後12時半になった。そろそろ講義終わりの学生たちで学食や購買が混む時間帯になる。
「お昼どうしますか?」
「学食で良いんじゃないかな。この時間なら普通に席も確保できると思うし」
「良いですね。私学食行ったことないから楽しみです」
「入学してもう二か月経ってるのに?」
「言っておきますけど私は洞木くんがいなかったら一生行かずに卒業していた可能性大ですよ。洞木くんが私に学食の地を踏ませようとしてるんです。もっと自身の存在を誇ってくださいよ」
「話を壮大にしすぎじゃないかな……」
壮大なものか。言っておくけど俺はぼっちだ。女装していることから割とガチで交友関係を持つことが困難なぼっちキングだ。学食なんていう複数人で行くことが前提条件の場所に一人で踏み入ることは俺からすれば今の状態で男子トイレに駆け込むことに等しい。……まあ羽実から誘われれば行くけど。でも羽実もあんまり学食使ってないらしいんだよね。俺と違って友人いるだろうに。
と、カフェを出て学食までの道のりを歩いていると前から歩いてきた男子大学生の群れの中でも先頭の男がこちらに手を挙げた。
俺は知らないぞ当然。となれば……。
「おっす洞木……もしかしてデートか?」
「はは……違うよ。友達だって」
「ったく、お前ほんとモテるもんな。ま、今度また昼飯食おうぜ。良い女子いたら紹介してくれ」
「うん、了解。そういうのはマッチングアプリでも使って勝手にやりなよ、僕だって彼女いないんだからさ」
「女の子と歩きながら言うセリフかよ……じゃあな」
数回言葉を交わすと男たちは去っていた。
「今のは誰です?」
「同じ語学のクラスメイトさ」
「……流石洞木くん、私には考えられない交友関係の広さです」
大学では洞木と羽実の二人。高校でも同じクラスの気が合う三人としかつるんでなかった俺からすれば洞木はやはり社交性◎で格の違う存在だった。
ただ洞木からすればそれは至って普通のことなのだろう。苦笑いで答える。
「そんな広いわけじゃないさ……それに彼らとだって同じ語学のクラスってだけで他に大した付き合いも無いからね。お昼を一緒に食べたことがあるくらいだよ」
「私は語学でぼっちですが……」
「それは……人には人の気質があるだろう? 僕は色んな人と接して会話するのは嫌いじゃないけど、二千翔は多分そうじゃないってだけだよ」
そう言われると否定できない。例えばさっき洞木が会話していた今時オーラを身に纏った大学生と会話したら一分で会話が途切れて俺はスマホを弄り始めるに違いない。課題でグループワークをしたりするとか、そういうビジネスライクな関係なら別に問題はないんだけどプライベートで気が合わない趣味も合わない性格も合わないの三拍子が揃った人間と会話する気力はどうしても起きないのだ。
逆説的に、俺が積極的に会話をする相手というのは本当に俺が好いてる人間という事になる。勿論恋愛的な意味じゃなくて人間的な意味で。
「その通りですね。私、他の人間はともかく洞木くんのことは人間的に好きなんで話すの好きですよ」
「えっ……あ、ありがとう……」
「いえいえ」
不意打ち気味に言えば洞木は照れくさくなったみたいに視線を斜め上に逸らした。頬がほんの少し赤い。ストレートに言われた経験が無いんだろうか……いやまあ俺は無いな。確かに俺も言われたら恥ずかしくなるかもしれないなぁ。
口数が若干減った洞木を伴って学食に入る。
学食はキャンパスの総合棟にあり、俺が所属する学部生のみならず普段会わない学部の生徒も利用している。そのためか非常に広く、陸上選手が端から端まで走っても30秒くらいはかかりそうだ。
席が全て埋まるほどでもないが学食にはもうそこそこの人数がおり、食券を得るため短めの列すら形成されている。取り敢えず並ぶと壁に掛けられた学食のメニューを目で追ってみる。
……この辺はあんまり高校の学食と変わらないんだなぁ。カレーとかうどんとか、普通に食堂然としたメニューばっかだ。思っていたより安くもなければ目新しさも無い。
「期待し過ぎましたね……」
「何がだい?」
「大学の学食というからにはもっとこう、高校とは違って華やかさがあると思ったんですが」
「二千翔、それは幻想を抱きすぎだよ。僕らは大学生だよ。基本的に質より量が重要と思われてるのさ」
「否定はしませんが……腑に落ちないですね……」
質より量と言われれば反論は出来ない。
俺だって普段がカップラーメン愛好家である以上はコスパを重視している人種である。蕎麦と言えば駅そば、ラーメンと言えば二郎系と真顔で言える人種である。だからその大学の方針には全く異議は無いのだが……でも大学なんだから高校より上の環境を想像しちゃうじゃん。
特に目を惹くメニューもないのでカレー(並)を頼んでみる。大量の学生を捌いていることもあって注文したカレーは直ぐにやって来た。
ただ、なんというか、具が全然無い。ジャガイモの大き目の欠片が一つ二つと主張しており、他は申し訳程度に人参や肉っぽいものがちょろっと浮かんでいるのみで、皿の上の9割5分がカレールーとライスに占領されている。これじゃあカレーライスじゃなくてカレールーライスだ。贅沢は言わない、でも500円払ったんだからもうちょっと具を、野菜と肉を詰めてくれても良いんじゃないですかね……! まあ払ったのは洞木ですけどね! ごちそうさまです!
「じゃああの席にしようか」
「……はい」
理想とのギャップに落ち込みながら手慣れたように先導する洞木について行く。因みに洞木は月見うどんだった。
向かい合うように席について、早速スプーンを持つとカレーライスを掬い上げて口に運ぶ。
微妙な味だった。
別の会社のレトルトカレー同士を混ぜて、そのまま四日置けばこんな感じになるんじゃないかと勘繰るほど言語化が難しい味だ。決して不味いわけじゃないけど全く美味しくない。一応カレーとしては食べられる赤点ギリギリの及第点。名付けるなら憲法25条カレー。これはまさしく日本でも稀有な健康で文化的な最低限度のカレーライスに違いない。対価としてとは言え奢って貰っている以上口には出せないが。
その点うどんを選んだ洞木はやっぱり何度か使っていて学食に慣れているのだろう。うどんというのは当たり外れが少ないメニューだ。なんせつゆは市販のものをお湯で割ればできて、麺は時間通り茹でるだけ。茹で時間は多少前後しても美味しく食べられる。堅実な選択である。
学食のメニューについて考察を深めていると洞木が箸を止めた。
「二千翔はこの後三限があるんだよね?」
「はい。洞木くんは……ええと」
「無いよ。四限はあるんだけどね。そっかぁ、じゃあお昼食べたら解散だね」
基本的に学部学科は同じといえど語学のクラスは違い、学籍番号も少し遠いため洞木と被る授業は少ない。今日の二限を含めて三つだ。たった三つ。今考えるとその三つの講義に出席する俺の様子から俺の女装を見破ったことになる……絶対卒業したら探偵になるべきだってこいつ。令和のシャーロックホームズになれるって。
「鬼灯さん……! 偶然ですね……!」
無心でカレーを食べていると、そんな声が聞こえてきた。一瞬別人とか思ったけどその名前は俺が名乗った偽名でもある。
念のために確認してみると、そこには一度会って以来ラインで文通している女の子が立っていた。
「久しぶりですね、新歓ぶりです」
日南妃凪。
夏を見据えてか清涼感のある淡い青色のワンピースを着た彼女は、俺と同じくカレーが乗ったトレーを持ってこちらを見ていた。
─── ─── ───
日南さんとは新歓以来会っていなかった。その代わりと言うべきか、頻繁にラインで文通している仲である。割と強制的にだけど。
学部が違うから普段会うことは無く、何度か昼飯に誘われたこともあるけどその時も羽実か洞木と食べる予定があったので断っていて、結果的に会うのはこれで二度目となる。
新歓から変わりは無いみたいで、敢えて言うならば新歓の時よりも幼く見える……服装の影響かもしれない。身長も化粧も変わってないようにみえるから、多分そうだ。
日南さんは俺の隣に座ると、洞木のことを見て目を丸めた。そうだよな、同じ場には居たけど洞木はともかく日南さんは知らないもんな。
……なんか最近もこんなことあった気がする。これがデジャブってやつか。
「えーと、こっちが日南妃凪さんでこっちが洞木周。あの時の新歓にいた人ですよ」
「洞木周だよ、宜しくね」
「は、はい。日南妃凪です……つよそう」
小声で呟いた言葉は俺の耳には入ってきたが洞木には聞こえなかったみたいだ。分かる。洞木って男装してるとかそういう情報が一切無ければつよそうに見える。イケメンで常に落ち着いていてジョークも言えて人当たりも良くて真面目な人柄。これは強者(確信)
「ええと、同じ新歓にいたんですよね……私は入らなかったのですが洞木くんはサークルに入ったんですか?」
「いや、結局入ってないかな。騒がしいのは嫌いじゃないけど……あのサークルはちょっと人が多すぎてさ」
「なるほど……因みに他にサークルには?」
「入ってないよ。気後れしちゃってね。気付いたら殆どのサークルの新歓が終わってたんだ」
洞木は平然とした顔で言うが、それ、半分くらいしか本当のこと言ってないだろ。気後れしてたのは事実だろうけどその理由は男装してるために人間関係を下手に広めたくないからという特殊な事情によるものだ。決して洞木が臆病だったわけでもサークルに興味が無かった訳でもない。
その言葉を聞くと日南さんは目を細めた。
「そうでしたか。……鬼灯さんともそこで知り合ったとか?」
「にー……一花とは元からだよ。先月くらいから仲良くなったんだ」
「へぇ……」
なぜだろう。何だか怖い。目の前の会話は平穏なものだし、二人の表情も平常そうに見えるのに。いやぁ、私の為に争わないでぇ! ……冗談です、保月ジョーク。
「あ、聞くの忘れてました。もしかして鬼灯さんの彼氏さんだったりするんでしょうか?」
「違うよ。僕と彼女は今は正真正銘の友人さ」
「なるほど。少し安心しました」
「ん?」
「カッコイイ人ってやっぱり浮気しやすいと思うので。私の読む小説でも良く女の子囲ってますし」
そう言って日南さんは息をつく。
偏ってる。偏ってるよ知識が。私の読む小説ってネット小説の事だろ……。現代日本にハーレムなんて概念無いからな?
ただその言葉にムッとしたように洞木は眉を顰める。
「そこに関連性は無いと思うよ。僕だってそんなつもりはない」
「自分は大丈夫だ、とか言ってる人の方が案外やったりするんですよ? 洞木さんも今は大丈夫かもしれませんが将来は分かりませんから」
「はあ」
……もしかして、日南さん。洞木に敵意抱いてたりする?
人間経験値が低い俺でも感じ取れるほどの売り言葉だ。しかし初対面だよな? 日南さんが洞木を敵視する理由なんて無いと思うんだけど……わっかんねえ。マジわっかんねえ。高校時代の現代文に出てくるキャラの心情なら無限に正解したのに。何の役に立ってないじゃん畜生。
不穏な空気に溜息を吐いていると、日南さんは今度は俺に視線をスライドさせた。
「そうでした鬼灯さん。もし良ければ今度何処かに遊びに行きませんか? 日曜とかどうでしょう」
「あ、遊びですか……? ごめんなさい、日曜日はアルバイトがあるので」
「じゃあアルバイト先に遊びに行っても良いですか?」
「良くないですが!!」
思わず大声で断じてしまう。なんかこんなやりとりこの前もした気がする。洞木と。似た者同士か? パーソナルスペースバグってる仲間かお前ら?
「日南さん……一花が困ってるからその辺にしといてくれないかい? 彼女は人見知りのタチがあるから強引に誘っても来ないと思うよ?」
諫めるように洞木は言う。ただ一つ言いたい。お前が言うな。初対面の時のアレは強引オブザイアー2021獲得案件だからな。出るとこ出たら婦女暴行で逮捕だからな。婦女は俺じゃなくて洞木だけど。
糸目になった日南さんは何かを飲み込むみたいに空白の時間を置いて、再び口を開く。
「……そうですね。すみません鬼灯さん……ちょっと気分が高揚してしまって。今更ですけどお昼ご一緒させてもらってもいいですか?」
「本当に今更ですね。勿論いいです、洞木くんも大丈夫ですよね?」
「僕も問題ないよ」
洞木は小さく頷いた。
許可を得れた日南さんはほっとしたように微笑むと、俺と同じく学食のカレーを口に運んだ。
「……これ、美味しくないですね」
口直しに水を飲んだ日南さんは極めて評価に困ったように眉を曲げてカレーを見つめた。
憲法25条カレーは日南さんの口にも合わなかったみたいだ。
次話は14日17時です。