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7/12

7幕 学校の近くに下宿すると家が溜まり場になる現象に名前を付けたい。

お世辞だと思って受け取った日南さんのライン連絡先だったが、日が経ってからは想像以上に熾烈なものであったと俺は認識を修正した。



【昨日話した件なのですがこのweb小説はいかがですか?】

【おはようございます。本日は晴れですね】

【もしお手すきでしたらお昼を一緒にどうでしょうか】

【では鬼灯さんおやすみなさい】



 ───と、抜粋すればこんな感じのメッセージが一時間間隔で送られてくる。深夜には来ないのが救いだが、それでもピロンピロンと着信音が鳴るたびに条件反射的に胸が跳ねて仕方ない。返すのが億劫になりつつある。とか考えてたらまたスマホ鳴ったんだけど……やっぱり日南さんかあ。


「また来たのかい?」

「そうだなぁ。来てるなぁ」


 土曜日で暇だからと我が家にアポ無し訪問した挙句自分の家のようにゴロゴロしながら俺の漫画を勝手に読んでいた洞木が俺のスマホに目を遣る。

 あの日、洞木は日南さんと同じテーブルに座ることはなかったが度重なる着信災害によってその事情を知る人となっている。


「正直に言ったらどうだい? 送信頻度が高くて困ってるって」

「いやな、今の俺なら言えるんだけど日南さんは女装してる俺しか知らないじゃん? 女装している間は美少女で居たいからそういうのあんまり言いたくないんだ」

「歪んでるね」


 男装してるお前にも言われたかないんだけど。

 抗議の目で洞木を見るが、洞木はその時には漫画を読むことに戻ってしまっていた。思わず溜息が漏れる。


「そういえば洞木なんかどうなんだ。俺よりラインする相手多いだろうし、大変じゃないのか?」


 女子はそういう返信にはマメであると聞いたこともある。だが本当のところは自分の興味がある人への返信にはマメなだけで、有象無象相手ならば容赦なく既読無視だったり送った一週間後に「ごめ~ん!寝てた!」と送ってきたりする。魅力を感じない他人相手ならば冷酷になれるのも現実なのだ。

 ただその点、ウチの洞木は幾分か真面目そうな印象がある。


「ん~特に苦労を感じたことはないかな。僕は嫌なことは嫌って言えるからさ」

「あー確かに。なるほどなぁ」


 そうだった。洞木は何人もの告白してきた男をばっさばっさと斬れ伏した現代の侍だった。多分冗談半分でスタンプ爆撃とかしようものなら超真面目トーンで「そう言うの迷惑だから今後は止めてくれないか」と返ってくるだろう。この手の問題でオロオロと戸惑う洞木が全然想像できない。偏にこれもコミュ力の恩恵か……。


 適当に日南さんへの返信を考えて、送信ボタンを押す。一日一回とかなら良いんだけどここまで高頻度だとSNSのサクラの気分だ。

 スマホと睨めっこし終えて肩の荷を下ろしていると、洞木がパタンと漫画を閉じた音が聞こえた。


「ところで二千翔、暇だね」

「暇だねじゃないが。さっきも言ったが何でお前ウチに来てるんだよ」

「だって暇だからさ。何かこういうの友人っぽくて良くない?」


 こいつ友達いないんだっけ、と内心で考えて思い出す。洞木の友達はお茶会を開催するような、いわゆるお嬢様系の人々らしいといつだかに聞いた気がする。それならこうやって友達と雑に過ごす時間とは無縁の人種だろう。

 ただ俺の部屋に来ても暇を解消できるとは思えないんだよなぁ。


「分かる。まあ来るのは百歩譲って許す。だが俺の部屋来ても暇なのは変わらないからな。家に大したもの無いし」

「一人で実家でダラダラするより二人でダラダラしてる方が有意義な気がしないかい?」

「有意義なら暇って言うな。俺はネットで忙しいんだ」

「そうだ、ゲームセンターとかどうかな。この間はやらなかったレーシングゲームとか興味あるんだけど」

「あの、人の話聞いてる? それとも両耳詰まって聞こえてない?」


 漫画に飽きたのか洞木は足をパタパタとさせながら身体を揺らす。やめなさい、子供じゃないんだから。大学生でしょあんた! 俺の心の中のおかんがそう叱咤した。


「失礼だね。僕はいつも風呂上りに綿棒で掃除してるから耳の中は綺麗だよ、僕が女の子に見えないのは分かるけどそういう発言は傷つくなぁ」

「はあ。今更その程度の言葉で傷つくメンタルだとは俺、思わなかったんだけど」

「いや他の相手なら良いんだ。ただ僕の正体を知ってる君からそんなデリカシーに欠けたこと言われると、何だか複雑だよ。僕に対する態度も正体を知る前と変わらないしさ。一応聞いておくけど僕のこと男と思ってないよね?」

「それはないから安心し……」


 疑懼の眼差しを向ける洞木に手を振って答えようとして言葉が詰まった。

 色々あって俺は洞木の下着まで見ちゃっている。俺みたいにガワで女装してるならともかく、中だけ女装する人間なんてこの世の中に存在しないだろうけど……しないよな? 洞木、おっぱい小さいもんな。判断基準がブラしかないからもしかしたら一割くらいは可能性があるかもしれない。流石に洞木の裸を見たことは無いし……下着女装説を完璧に否定することは不可能……!


「どこをジロジロ見てるんだい? 場合によっては通報も辞さないよ?」

「……何でもない。見た限りでは確率的に恐らく女の子なんだろうなぁって思ってただけだって、たぶん」

「本当に通報してやりたいよその笑顔」


 誤魔化すために笑顔を作っていたのだが洞木はそれが胡散臭く感じたらしい。クソ……これが女装状態なら俺は完璧な微笑みを作れるのに……。流石の俺でも男の状態で自分の笑顔の練習を毎日30分やって究極の笑顔を目指そうなんて思わない。


「あのね、勘違いされると本当に困るよ。確かに今も男っぽい姿かもしれないけど君はこの前見ただろ。その……ええと……」

「ブラジャーを?」

「……やっぱり君、デリカシーを勉強すべきだと思う」


 俺を非難するようなじっとりとした目つきで洞木は言った。いやだって真実じゃん……。


「なら他にどう言えばいいんだって」

「普通女の子の前で直接的な単語を出すかい? 敢えて国民的なアニメから言葉を借りて言おうじゃないか。君は本当にバカでグズでノロマだねえ」

「ドラちゃんはそんなこと言わねえよ!」


 確かにコミック版だと度々辛辣な言葉を浴びせることで定評があるけど小学生相手にそこまでは言ってないだろ! 俺そこまで洞木に言っちゃ悪いこと言ったか!?

 洞木は嘆息するようにわざとらしく両手を上げると、目線を窓の外へ流した。何故か頬が若干赤いことに不思議がっていると洞木の口が開く。


「全く……そこまで言うならもう一度確かめるかい?」

「た、確かめる……?」


 そ、それはどういった意味でせうか……?

 心の動揺が隠せない。だって男女の特徴を明確に確かめるって言ったらそりゃ、普段は見れない場所を見なきゃならない訳で……良いんですか? 俺、確認しても良いんですか洞木さん?


「なんてね、冗談さ。それをするなら僕と恋人になってからだよ」

「お、おう……」


 ふっ、といつもの爽やかな笑みを洞木を浮べる。クソ……揶揄われた! 馬鹿にしやがって! 彼女歴=年齢の純情な女装大学生を揶揄うとか人の心あんのかゴラ!

 あくどい小悪魔的な所作をする男装女子大学生に向けて静かに怒りを燃やしていると、玄関のチャイムが鳴った。


「あ、悪い。宅配便かな……ともかく出るわ」

「うん」


 今週は通販も使ってないから心当たりは無いけど、月一で実家から冷凍食品が詰まった支援物資が来たりするからなぁ。五月分は来たので早くも来月分の支援物資がきたのかもしれない。これが無ければ確実に毎日カップ麺生活だっただろう、いつもいつも感謝してます。


 俺は玄関ドアでスニーカーを履かずに踏んで、ドアのチェーンを下げて鍵を開けるとドアを押した。


「……暇だから来ちゃったわ」

「えっと……なんで?」


 立っていたのは我が幼馴染の羽実だった。お前らさ、俺の家を何だと思ってるの?






 来るもの拒まず去るもの追わずが俺の信条なので取り敢えず部屋に通す。そうすれば自ずとベッドで寛ぐ洞木を羽実は発見し、はてなマークを頭上に浮かべてるみたいに目をぱちぱちとさせた。互いに「あっ」と気まずそうに目を合わせる。そうだよな、初対面だもんな。友達の友達は普通に他人である。


「ええと洞木、こっちは安栖羽実(あずまいうみ)。俺の幼馴染。で羽実、こっちは洞木周(うつろぎあまね)。俺の友達だ」


 2人から視線が飛んできたので慌てて仲介人の真似をして場を整える。タイミングを伺っていたのだろう、俺の声を火切りに寝転んでいた洞木がぺこりと寝たまま会釈する。


「初めまして、羽実さんでいいのかな。保月君とは少し前から友達でね、よければ宜しく頼むよ」

「え、ええ。洞木さん……ですね。宜しくです……」


 洞木は相変わらずのコミュ力だ。すぐさま場の流れに乗ってきたし何なら俺の時と同じように名前呼び。こいつのパーソナルスペースはどうなってんだ。ただ一つ言うなれば初対面の人に接するとは思えないくらい姿勢はクソほど悪いのが気になる。ベッドで寝転びながら自己紹介するのはどうなんですかね大学生として。

 しかし意外なのは羽実の方。無茶苦茶他人行儀で、しかも電話で話しているみたいに声のトーンが高い。まるで借りてきた猫みたいだ。


「幼馴染ってことは同じ学年だよね。敬語なんて良いよ、折角の縁だし僕は君とも仲良くしたいからさ」

「あ……はい。いえ、うん。わ、分かったわ。洞木……さん」

「ああ。今から無理かもしれないけど、僕にも二千翔と接するくらい雑にやってもらっていいから」


 いつも通りグイグイと向かっていく洞木に羽実はタジタジである。なにこれ面白い。こんな羽実初めて見た気がする。昔はここまでコミュ障じゃなかったような気がするんだけど。6年の月日は俺が思っている以上に重かったらしい。見ない内に変わったもんだ。

 しょうがないなあ、助け船を出してやろう。


「あのなぁ。初っ端から目の前で幼馴染を口説かないでくれるか洞木。俺はもしお前らが付き合ったら殺意の波動を抑えられる自信が無いぞ」

「口説いてなんかないよ。ただ僕は絶滅危惧種と同じくらい存在が危ぶまれている二千翔の貴重な友達と仲良くなりたかっただけなんだって」

「それ言ったらお前も絶滅危惧種だからな? 覚悟しろよ? 絶滅させるぞ?」

「あー怖い怖い。斬新な脅し文句だね、恐れ入ったよ」


 ……もしコイツが男だったら俺はきっとこの喧嘩を肉体的に買っていただろう。勿論抵抗するで。拳で(18歳男性)

 揶揄うような洞木の怖がる演技にぐぬぬと歯噛みしていると、ちょんちょんと横から服の袖を引っ張られた。見れば何かに抗議するように羽実が俺の服を抓んでいる。


「二千翔……誰よあのイケメン……! 二千翔に自宅に上げるほど仲が良い友達がいるなんて聞いてないわよ……!」

「言ってないしなぁ」

「もしいるなら今日は来なかったわよ……! ちゃんと報連相はしなさいよね!」

「アポ無しで来たのはどこのどいつかなワトソン君?」

「幼馴染なんだからそれくらい分かれ!」

「分かるか!!」


 友人の前で小声で怒鳴り合う。

 幼馴染を何だと思ってるんだこの子。てか大学に入るまでは大して会ってなかったんだから世間一般的な幼馴染と俺たちは違うからね?


「まあアレだよアレ。洞木は悪い奴じゃないし、良ければ仲良くしてやってくれ。多分喜ぶから」


 そう言うと羽実は何故か明確に怯んだ。


「うっ……私ああいうイケメン苦手なのよね……。嫌いって訳じゃないわよ。でも何と言うか……キラキラオーラが近寄りがたいというか……女子の恋愛脳な派閥政治の陰謀に巻き込まれそうというか……」

「あー、理解」


 ぼんやりとだけど想像は出来る。クラスカースト上位の女の子が好きな男子に対しては良い顔をして、裏では女子間で根回しをして悪い虫が付かないようコントロールをするみたいな感じのアレだ。全く俺には分からない世界の話だけど羽実は身を以って知っているのか、本気で気が引けているといった声音で背中を丸めた。

 顔を近づけて離していると、背中に声を掛けられる。


「二人とも、目の前でコソコソ話されると凄い気になるんだけど」

「悪い洞木。羽実からヘルプされてね」

「……流石幼馴染だね。仲睦まじいご様子で」


 ハブられた洞木は何でか知らないが口を尖らせて柔らかい表現ながらも悪態を吐いた。そんなに一人が嫌だったのかね……俺も体育のペアでハブられたときは本当に辛かったからなぁ。気持ちは分かる。けど洞木のハートは超合金製だと思っていたから少し意外だ。なんせ大学でも男装するような変な奴だし……はい、俺にもブーメランが突き刺さりました。俺も同類でしたね。俺が悪うございました。はいはい。

 洞木のその皮肉は羽実にも届いたらしく、びくりと身体を震わせると俺の後ろに回った。人見知りの小学生かな?


「まあその辺にしておいてくれ。羽実がガラになく怖がってるから」

「こ、怖がってなんかないわよ! 本当だからね!」


 そんなこと言うと益々怪しいぞ、という言葉は嚥下する。言うとまた強がりそうなので。

 見知らぬ人を警戒する野良ネコみたいな羽実の行動を見て洞木は口角をゆるりと上げた。


「あはは、冗談だよ。別に気にしてないからさ。でも寂しいのは事実だから僕も混ぜてな」

「べ、別に構わないけど……!」

「そう言ってくれると助かるよ。ありがとう羽実さん、言うのが遅れたけどこれから宜しくね」


 洞木はそう言って身体を起こすと右手を差し出した。

 コミュニケーションの基本、握手である。

 洞木の柔和な言葉に羽実は若干警戒心が和らいだらしく、未だぎこちないながらも握手に応じた。


「え、ええ。宜しく」

「うん。ところで気になったんだけど羽実さんはいつから二千翔と知り合ったんだ?」

「えっと、そうねぇ。小学2年生だったかしら」

「そんな前なのかい」

「小学校の行事で水族館見学があったのよ。その時にこいつと同じ班になって、6人班だったんだけど私とこいつ以外の4人がいつもつるんでるグループだったからあぶれちゃって、なんだかんだ仲良くなってそれ以来かしら」


 へぇ、と興味があるのか無いのか読めない相槌を洞木はする。

 その時のことは俺も覚えてる。

 小学低学年と言えばまだ男女の区別を休み時間に外で遊ぶか教室内で遊ぶかの二択でしか図れなかった時代だ。俺は当然外で遊んでいたので、それまでは羽実とは面識が無かった。顔と名前は一致するけど趣味も性格も何も知らない、ただのクラスメイトだった。だから初めて喋ったのも水族館見学が切欠だ。それが無かったらずっと名前と顔を知るだけの他人のままだっただろう。


「それを言うなら、私は洞木さんが二千翔と仲良くなった理由を聞きたいんだけど……」

「あっ」

「え……?」


 その瞬間、洞木から視線のレーザービームが飛来した。ヤバい。それを詳しく語れば俺が女装していることがバレてしまう。洞木に対してはもう何とも思わないが、一応俺の両親や妹のことも知っている羽実に知られるのはとてもマズい。

 俺は羽実から見えないように小さく人差し指で×印を作ると、洞木は小さく頷いた。


「何でもないよ。ははっ。僕と二千翔はその……最初は講義中に寝てるのを僕が注意して始まった関係でさ。いつも講堂で隣の席だったからか、気付いたらこんな感じになったんだよ」

「うわ……二千翔……呆れたわ。アンタいつもそうなのね」


 なんだろう。滅茶苦茶それっぽいカバーストーリーをしてくれて凄い助かってるはずなのに見事にダシに使われた気がする。

 まあいいか。アイコンタクトで感謝を伝えつつ、洞木の話に合わせることにする。


「そりゃ教科書と同じことやってるんだからなぁ。人間誰だってそんなことされれば眠くもなるだろ。言っとくけど俺は買った教科書は熟読する主義だからな?」

「ダウト。アンタの教科書、折り目一つ付いてなかったじゃない。それのどこが熟読なのよ」

「いやいや、本当に読んでない訳じゃないんだって。一度目を通したぞ?」

「アンタは一度熟読って言葉の意味を国語辞典で調べてきなさい!」


 熟読:意味、読んだつもりになって全てを理解した気分になること。類語として「あーそーゆーことね、完全に理解した」という文章がある(保月ペディア参照)


「このままで本当に単位大丈夫なの……レポート課題とか提出前日に白紙でも私は助けないわよ」

「そんなこと言ってな、実際は助けてくれるんだろ分かってるんだぞ俺は素直になれない羽実の本心♪」

「前言撤回! アンタの提出するレポートが紙なら千切ってひと欠片ずつライターで燃やすわ! データならレポートが入ったUSBメモリを良く素洗いした後にトイレに流す!」

「せめて無視するだけに留めてくれませんか!?」


 そんなことされたら真面目に留年するからな! 勉強不足ならともかく機嫌を損ねた幼馴染の凶行によって留年するのは受け入れ難いから! 恋愛シュミレーションゲームでヒロインの好感度下がりまくった結果のバッドエンドだってそこまでリアルに嫌な展開にならないから!

 突然のレポートテロ宣言をする羽実に恐怖で慄きつつ、不意に横で見守っていた洞木に視線を向けると、洞木はその羽実の様子をじっくりと見ていた。


「……どうしたんだ?」

「え、何がよ」

「羽実じゃないって。洞木の方」


 洞木のことだろうから何も考えずにまた無言でイケメンチックな笑みでも浮かべてんだろうとか思っていたのだが。羽実を見る洞木の目はどこか無機的で、理科の実験で電子顕微鏡でプレパラートに挟まれた観察対象を観測している時の目に何だか似ている。あまり見たことがない形相だ。


「え、ああ。ごめん。ちょっと考えごとしてた」


 指摘すると洞木はすぐに表情を見慣れたものへと変化させる。羽実のことを見ていたみたいだけど……それを聞いてもはぐらかされるだけだろうなぁ。

 気にはなったけど諦めて、代わりに今の話題を洞木にも振ることにした。


「洞木は試験大丈夫なのか?」

「大学の試験がどんなのか掴めないところもあるけど、まあ、大丈夫だと思う。僕は二千翔と違って復習もしてるしね」

「まるで俺が全く勉強をしてない落ちこぼれみたいに言わないでくれません?」

「そうだね。君は落ちこぼれじゃないよ、ただ怠け者なだけだ」


 え、辛辣すぎない? 毒舌の切れ味が凄まじすぎるでしょ。俺なんか洞木に悪いことしたっけ。

 軽く戸惑っていると羽実が「分かるわ~」と相槌を打った。


「二千翔、私の見てる限りだと授業全部寝てるしどうしてこんな生き物に成長しちゃったのかしら」

「僕の見てる限りでも九割九分寝てるね。怠け者オブザイヤーがあれば今年は君だ、二千翔」


 こらこら、認識を共有するな。確かに授業中寝てるのはマジだけど迸るやる気があるから実質相殺されて無いようなもんだからね。


 意外というべきか、羽実と洞木は馬が合うみたいでそれからも俺の悪口で盛り上がる。陰口とかじゃなく本人の前で言い合うこの勇気には恐れ入るぜ……いや友人だからこその気安さなんだろうけど。

 あと羽実は知らないけど、やはり実質的に同性同士というのも仲良くなる助けとなっているんだと思う。どうしても男と女で考え方だとか感性だとかに違いが生じてくる。洞木はイケメンだけど美少女だからその点問題無いし、裏も表も女の子の羽実は本能的に話しやすさを感じてるのかもしれない。くっ……何だか負けた気がする。俺の女装は紛れもなく美少女だが中身まで女の子になることは不可能だ。心まで女の子になるにはそれこそ完璧にTSするくらいしか方法は無い。重ねて言うが不可能なのだ。永遠に女装は女装のまま本物にはなれない。それでも俺は本物が欲しい(完璧な女装がしたい)

 

 取り留めのない雑談を交わしている内に、時刻は夕方を回った。


「……ああ、もうこんな時間か。そろそろ僕は失礼するよ」

「あーそうね。私も帰るわ」


 アナログ時計を見上げた二人が一斉にそう言った。午後五時。これが男同士ならば「じゃあ酒買ってくるから飲もうぜ!」と早めの宴会からの寝落ち宿泊コースになるのかもしれないけど生憎と洞木も羽実もそういうタイプじゃない。まず未成年飲酒を是とする面子じゃないのだ。洞木も羽実も真面目で、俺だって授業中はともかくその辺に関しては真面目系を自認している。合法的に飲酒が出来るようになるまであと二年もある。まだまだ先のお話だ。


「おー。じゃあ明日はくんなよー俺バイトで居ないからなー」

「毎日来てるみたいに言わないでくれる? ……でもまあ、また来るわ」


 羽実はそう言うと照れくさそうに荷物を持った。

 ……思ったんだが今日は良かったけど次にもし羽実と二人っきりになったら何をすれば良いんだろう。洞木みたいに放っておいても駄弁りながら勝手に漫画読んでくれるわけでもなさそうだし。ゲームだってそこまでやるタチでもないし。

 さりげない疑問を感じていると洞木も同時に頷いた。


「了解。あ、ところで二千翔のバイト先に行くのはアリかな」


 俺は洞木について勘違いしてたようだ。こいつに関しては何も分かってなかった。


「お前にはバイト先辞めるまで教えないから。絶対くんなよ」

「フリかい? オッケー、期待に応えられるよう頑張るよ」

「いやガチだから。フリじゃないから。求めてないですそういうの」

「……はは、冗談だよ。それじゃまた来週」


 誤魔化すように笑う洞木に目を細める。

 今の、絶対本気だっただろ。強く言い含めなかったら本当に俺のバイト先探って来てただろ。後付けで冗談にされても分かるんだからなそういうの。


 玄関の前まで見送って、ドアの鍵を閉めるとチェーンを上げる。

 ……取り敢えず、次いつ来ても良いようにバイトで使う荷物は取り出しやすい場所に隠しておくか。




次話は13日17時です。

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