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6幕 く~疲れましたwこれにて帰宅です!

「あ、あのー」

「……は、はい」


 隣人は自分が話しかけられたという事実に驚いたみたいに返事がどもる。

 さて、何を話そうか。やっべー、その辺なんも考えてなかった。俺、この女の子の名前も学部も聞いてなかったから話題なんて一つも無いんだよなー。まあ、適当で良いか。


「居酒屋ってここ以外に来たことあります? 私、実は今日が初めてで……何と言うか、凄いですよね」

「わ、分かります! 世界が違うというか、私ってここにいていいのかなぁ、って思ってたり……」

「そうですよね! 皆さん侃々諤々……じゃなくてエネルギッシュな空気を作っていて、独特だと思います!」

「かんかん……?」

「あ、それは気にしないでください」


 侃々諤々(かんかんがくがく)。多くの人が集まって非合理的にうるさく議論するという意味のこと。ギリ失言回避成功である。俺がグレイズ上手(ルナシューター)だから回避できたけどグレイズ下手(イージーシューター)だったら回避できなかった!


「あの、鬼灯さん……でしたよね?」


 空っぽの脳味噌を働かせていると、確認するように隣人の女の子は俺のことを伺う。そういえば自己紹介は無視してたから彼女の名前を知らないな。


「はい。ええっと……」

「あ、日南妃凪(にちなんひなぎ)と言います」


 ペコリと頭を下げる。日南妃凪、可愛らしい名前だ。ラノベみたいですね(最大級の誉め言葉)


「じゃあ日南さんで。えーとどうかしましたか?」

「鬼灯さんは陰キャラですよね?」

「はい……はい!?」


 俺でなければ見逃すほど隙間を縫って発せられた悪口に思わず俺は日南さんの顔をギョロリと覗いてしまう。しかし初対面の人間にとんでもない毒舌を放ったとは思えないくらい落ち着いた表情。

 10tハンマーで殴られたような衝撃に閉口していると、日南さんは何か失礼なことでも言ってしまったと考えたのか、申し訳なさそうな表情に変えて唇を震わせる。


「あ、あの……ごめんなさい」

「えーっと、謝らなくても良いですけど……」

「い、いえ……変な事を言ってしまったみたいで……」


 日南さんは明らかに凹んでいた。悪気は無いみたいだ……てことはこの子も天然? 天然で陰キャラですかなんて聞いてきたの? いや合ってるんだけどさ、でも大人数いる宴会でいう言葉ではないと思うんだ。


「謝罪は良いんですけどどうして私が陰キャラと思ったんですか?」

「その……私と同じで大人しくて、それでいて思慮深そうだったので」


 決して陰キャは大人しくて思慮深い人間のことではない。どちらかというと根暗でオタクっぽいという蔑称の類だ。


「あのー陰キャラって言葉はあまり人に使わない方が良いと思いますよ。私は良いですけど人によっては不愉快に感じる方もいると思いますから」

「そ、そうなんですね! すみません……知りませんでした」


 恭順とした一礼をした日南さんの声は尻すぼみに小さくなっていく。本当に罪悪感からそうなっているように見える。多分間違った知識を何処かからゲットしちゃったんだろうけど……どこで学べばそうなるんだ?


「まあ気にしないでください! それより飲みましょう、ほら日南さん杯を乾かすと書いて乾杯ですよ乾杯。酒じゃないですけど嫌なことは飲んで忘れましょうね」

「か、乾杯……」


 日南さんは蚊の鳴くような小さい声で俺の言葉に返す。持っているジョッキに入っている白い液体は匂い的にカルピスソーダだ。ノンアルコール仲間ですね、ほらこの場だけでも仲良くなろうって。

 ハブられ仲間同士ジョッキを鳴らすと喉に流し込む。安っぽいコーラの味。絶対これ原液を薄めてるでしょ……正直マズい。

 ただそのマズ味も、俺をチラチラと見ながらグラスを傾ける日南さんの姿から得られるセラピー効果によって相殺される。何だかリスみたいで可愛いんだよなぁこの子。これで俺が男の姿ならワンチャンあるかもとか考えてたかもしれない。生憎今の姿の時点でワンチャンは無い。無いんだよなぁ。ちくせう。こなくそ。滅びろ地球。

 気を取り直して会話イベントを発展させる。


「日南さんは趣味って何ですか?」

「趣味……ですか? そうですね……普段は読書です。自分の知らない世界を知るのが好きで……」

「へー、凄いですね。私って活字とかあんまり得意じゃなくて」

「そ、そうなんですか? 知的な印象があったので意外です」

「知的……? そ、そうですかね?」


 金髪に染めて(本当はウィッグだけど)服もキャピキャピとしている俺が知的……? 良く分からないけど日南さんの感覚は中々独特みたいだ。別に活字アレルギーではないけど俺が普段読む本と言えば精々が漫画かラノベくらいだし……うん。どう足掻いても知的とは対極の位置に存在してる。

 

「どんな本を読んだりするんです? イメージ的に……純文学ですか?」

「純文学とか哲学書とか……は少し前までの話でした。最近はその、ワールドワイドウェブで読める小説を読んでたりします」

「ワールドワイドウェブ……インターネットですねはい」


 一瞬理解に時間がかかって頭の上にはてなマークが浮かんだが、つまりネット小説ってことらしい。昨今ワールドワイドウェブとか会話で使わないぞ……。

 というかネット小説……? もしかしてさっきの誤用もそこからインプットしたんじゃ……。

 疑念が深まりかけるが、日南さんが再び口を開いたのでその一縷の疑懼が確信に変わることはなかった。


「思うんですけど……私と鬼灯さんって趣味とか似てると思うんです。鬼灯さんも自己紹介で読書が趣味って言ってらっしゃいましたし……それにアウトドアより室内で過ごす方が好きそうなので仲良くなれそうかな、と思ってます」

「そ、そうですか。ありがとうございます?」


 褒められている気がしない。というのもインドアオタクはこの言葉を聞くと無条件で侮蔑されていると感じるフィルターを基本内蔵しているのだ。初対面なのに「ゲームとかやってます? あ、それともアニメですか? やー最近は鬼滅が(笑)」とか言ってくるパリピは天敵なのだ。

 日南さんにはそんなつもりはないんだろうけど、それでも微妙に傷ついた。俺の心はハッピーターン並にパリッと割れやすい。


「あ、そうです。LINE交換しませんか? 折角ですし……」

「いいですよ。じゃあこれでお願いしますね」

「はいっ!」


 俺はスマホを差し出す。いやーフルネームで登録してなくてよかったー。俺のLINEでの名前は「ほづき」だけどイントネーションも似ているしそこまで疑われることもないと思う。もし聞かれても「ほおずきって可愛くないじゃないですかーだから敢えて可愛い感じに変えて平仮名で登録してるんです」とか言えば世の中の人間の九割九分は納得する。納得してくれ頼む。


 俺の願いが通じたのか、特に気にする様子もなく日南さんは友達登録を済ませるとスマホを俺へと戻した。


「今日は勇気出して参加して良かったです……! 後でライン送りますね……」

「は、はい。待ってますね」


 とは言ってみるものの、実態はリップサービス程度のお世辞だと思っているのであまり期待はしていない。どうせサークルに入らなかったら切れる程度の人間関係なのだ、もし来ても程々にいなして徐々に距離を空けてしまおう。


 日南さんとの会話は思っていたよりも時間を忘却させるものだったようで、半分の時間が過ぎ去って自分の取り皿とジョッキだけ持って席替えが行われた。俺は一個隣の座敷席に移動することとなり日南さんとはそこでお別れとなる。今度は洞木と同じ席になる。

 しかし洞木は壁側の一番右の席で俺は廊下側一番左の席。対角線上で、直接会話しようと思っても出来ない位置である。早々に俺は会話に入るのを諦め、さっきと同様に(けん)の構えに入る。


 既に上級生は良い感じに酒が入っているみたいで、中には顔を赤くして一年生の肩をバンバンと叩く光景も見られる。場も佳境に入っているのだろう。

 洞木は当然素面だが相変わらずのコミュ力を武器にこの席の会話のリーダーシップを取っていた。見ればチラチラとさり気なく、しかしアピールするように視線を送っている女の子も既に複数いる。この席のみならずその視線は廊下を挟んで隣の席からも感じられるんだからエグイというほかない。これにはさしもの俺も嫉妬を通り越して感嘆の声を上げそうになるな。そんな洞木には対同性最終兵器という称号を授けよう。実績解除だおめでとう、俺的にはPS4なら金トロフィーに値するぞ、とっとけ泥棒。それとその見た目に騙されて惚れてしまった女の子に合掌。夜道に背後から刺されないことくらいは祈ってやるよ。


 話を振られた時のみ口を開くことに注力して、後は適当にオードブルだったりジュースだったり摘まんでいれば時間は意外に早く過ぎて行った。この席では片手の指で数えられるくらいの回数しか口を開かないまま遂に新入生歓迎会は終了。完走した感想は、うん、やっぱ家で昼寝してた方がQOLが上だったの一点に尽きる。もう二度と参加しないからな。うぇーん二千翔もうお家帰るー!(幼児退行)


 元気な人はどうやら二次会でカラオケへ行くらしいけど俺はドロン希望なのでそのまま黙りこくって店の前で洞木が出てくるのを待つ。流れ解散だからもう帰っても良いらしいけど、帰ったら帰ったで後から五月蠅いからなぁ。後日には「何で先に帰ったの?」「僕は一緒に帰りたかったんだけど」「ねえ返信遅いよ?見てるのは分かってるんだからね二千翔」とピロンピロンと通知音を鳴らしながら迫ってくる未来が俺の脳内AI洞木によって予測されている。ならばここは大人しく待つのが吉である。因みに今年のおみくじの結果は凶でした~チクショー!


 呆然と待っていると肩をトントンと叩かれたので、やっと来たのかよと思いつつ振り返る。

 だが立っていたのは知り合いではなく、大学デビューとばかりにヤンチャに髪を明るい金色に染めた男だった。まあ大学デビューで女装している俺よりは遥かに常識的か。にしても誰だろうか。

 彼は笑顔を浮かべながら馴れ馴れしく接してきた。息が少し酒臭い……なるほど、上級生かぁ。


「君もこれから二次会行かない? 良いカラオケの予約取ってるからさ、結構楽しいと思うよ!」

「ええと……誰です?」

「さっき話したじゃん、佐々木だよ佐々木!」


 いや本当に誰ですか佐々木さん。とよーくその顔の造りを見て見れば見覚えが無いこともない。記憶が朧気だけど、もしかしたら同席だったかもな。


「すみません。私、これから帰ろーかなあって……あはは」

「金の事なら大丈夫! 新歓と違ってちょっとは払ってもらうけど二次会も新入生は半額負担だから安心しろって!」

「いやお金に関しては一ミリも心配してないと言いますか」

「いやいやレクリエーションとかもあるんだぜ! 確か……ビンゴ大会だったか? 豪華景品盛り沢山だから折角なら是非来てくれ! 君みたいに可愛い子が来れば盛り上がるし俺も嬉しい!」


 なるほどー直球。ただ俺は生物学的にもジェンダー的にも男なので可愛いとか言われても「いや当然だろ?」という言葉しか出てこない。そりゃ女装した俺は可愛いし。当然の感想だ。もしこれで俺が女の子だったなら……それでもこんな場で容姿を褒められたって嬉しいとは思わないかもしれない。寧ろその場を遺恨無く収めるためにどう対処するか判断に困りそうだ。現実は世知辛いのじゃー。あ-ラノベみたいに安直な誉め言葉ですぐ頬を赤くして照れる女の子、どっかで売ってませんかねー。


「そこまでにしてくださいませんか、先輩」


 妙にしつこい勧誘に脳味噌から魂を飛ばしたまま適当な応対を続けていると、漸く我らがイケメン星の住人洞木周がやってきた。何故か手慣れた仕草で、この先輩を若干睨むように冷たい眼光を浴びせると、その威力から先輩は半歩後退る。分かるー俺分かるよ先輩。イケメンというか美男美女の睨みって本当に怖いよな。美男美女から敵意を持たれるとまるで自分が社会的悪になってしまったような錯覚すら感じてしまう。なのに平時の笑顔は異性のみならず同性すらも魅了して好印象を抱かせるのだ……本当に得でしかない。この世は不平等である。

 

 この先輩は洞木を見ると、やはり軽く酩酊しているのか、笑顔で語り始めた。


「俺はこの子を二次会に誘ってるだけだって! それよりお前も来るか? それなら盛り上がること請け合いだな!」

「すみません、僕はこれから彼女と予定がありますので」

「……彼女?」

「失礼します。今日は楽しかったです。ありがとうございました」


 そう言うと、俺は洞木の右手に手の甲を掴まれて力強く引っ張られる。どんなに見た目が男っぽくとも洞木のその手は研磨された後の木材みたいに滑らかで、ほんのり俺より体温が高い。女の子の手だった。


 そこで俺の胸がトゥンクと弾む───訳もなく淡々とついて行く。


 だから性別が反対なんだって神様。こんな素晴らしいテンプレ展開をやりたいなら俺が洞木の立場になって、洞木が俺の立場にならないといけないんだって神様。いくらジェンダーレスの世の中と言ってもラブコメ展開的には男女の役割はとても重要なんだって神様。


「……ありがとうございます、洞木くん」


 分からず屋の神様を呪いながら形だけでも礼を言っておく。洞木はニヒルに微笑んで、その笑みが街並みのネオンの明かりを反射する。サイバーパンクな感じならポエムチックになって良かったのだろうけど、残念なことにそのネオンはパチンコ屋である。新台導入を告げるネオンの光に照らされているから嫌に俗な雰囲気すら受ける。展開は良かったのに登場人物にもシチュエーションにも恵まれないって、これはもう逆にラブコメが現実に嫌われているのかもしれない。


「言ったでしょ。いざとなったら僕が守るって」

「聞きましたけどロールの一環かと思ってました」

「酷いな……本気だったのに」

「そもそも反対なんですよ。それは私が洞木くんに言うセリフなんですって」

「じゃあ今度、普段通りの時に言ってみるかい二千翔?」

「ごめんなさい。私はホモと思われたくないので」

「にべもないね……」


 洞木はヤケに様になった苦笑を浮かべる。ジョークだからか反応は薄い。

 ただでさえ女装しているせいで異性との接触機会が無いのに、その上にホモ疑惑まで出たら彼女なんて絶対できないだろう。俺は欲しいのに。疑惑が出たら嫌なので淫夢もNGである。


「じゃあさ」

「はい?」


 そんなことを冗談半分で考えていると洞木はピンク色の唇を不安げに震わせた。瞳が濡れてサファイアのように輝く。珍しい顔だな、と素直に思った。


「僕が……女の子の時なら、例えロールだとしても君は言ってくれるのかな?」


 いつものように揶揄の声を上げようとして、俺は止めた。

 真剣だった。何時になく、俺が初めて洞木を女の子と確認した時ぶりに、その表情は硬かった。


 洞木は自分の容姿の自覚が皆無だ。綺麗だ、とか言われてもきっと眉一つ動かさず「そうかな?」と真顔で問い返してくるような女の子である。告白自体は何回もされてるのに、その認識だけは上手く働かないらしく何年も悩んでいるような拗らせっぷりだ。

 蓋し、ふと疑問に思ったのかもしれない。自分はまだ昔と変わらず異性から告白されるような人間でいるのかと。

 まあどっちでも良いと俺はウィッグの前髪を弄る。俺の答えは決まっていた。


「洞木くんが……洞木ちゃんなら言えますよ。きっかけはヘンテコですけど、友人ですから」

「友人か。そうだね……ありがとう。その言葉が嬉しいよ」


 嬉しい……か。

 俺からすればそう言う割にはあまり表情が動いていないように見える。その事に触れる前に洞木は取り繕うように笑顔を咲かせた。

 気付けば既に駅前。誰しもが忙しく歩くその場所で、俺と洞木は立ち止まった。


「それじゃあ僕はこれで帰るよ。今日は付き合ってくれてありがとね」

「いえいえ。……じゃあお気を付けて」

「二千翔も夜道に気を付けて。可愛いんだからさ」


 手を軽く上げると洞木は改札への波に呑み込まれていく。駅に出入りしている人間を見ていると寄っては返すを繰り返す、砂浜を湿らす波に見えた。


 俺は喉に小骨が引っかかったような中途半端な気持ち悪さを抱えながらも自宅の方向に足を向けた。

良ければ評価お願いします!

次話は12日17時です。

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