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4幕 俺と幼馴染とボルケーノムライス

 日付が変わってもなおプールみたいに頭の中で循環して、洞木のことが脳裏から付いて離れなかった。

 男装女子とかいう、さながらライトノベルの中から出てくる美少女キャラの属性を引っ提げて我が家に現れた洞木。昨日は衝動的に受け入れてしまったが、よくよく考えてみれば幾ら男装してようが洞木は女だ。今までイケメンとして気安く洞木に接してきたけど、女の子となれば話は変わる。男女の間柄には一定の距離感というものが必要である。一般的な感性の話だ。男が女の子にお前貧乳だなと胸を突いたり、その腰付きは安産型っすねと快活に笑ったりするのは常識的に宜しくない。非常に宜しくない。


 以上の一般常識を踏まえて振り返る。うーん……やっぱり思い出せば出すほどマズったかなぁ。極めて遺憾ながら、この短い期間でも結構洞木に対してはNGな会話を振った記憶がある。好きなおっぱいのサイズはどのくらいかとか下着の色はどれが一番興奮するかだとか、男同士のつもりで何でもない猥談を振っては「あはは……僕は好きになった人の身体が好きだから、そういうのは無いかな」とか曖昧模糊に包んで返された記憶があっちゃったりするのだ。いや、多分ギリセクハラじゃない。セクハラではないと両手を結んで願ってみる。現実逃避なのは分かっているけど自分の愚かさを直視したくないのだ俺は。

 ただあれら諸々がセクハラではなかったとしても、こんなの女の子にする話でもない訳で……。


 僅かな反省と同時に俺の眼前には一つの課題が立ちはだかっていた。



 そう……距離感が掴めない。マジで。ムカ着火やばたにえん。



 自覚した途端ズシンと俺の膝は沈みこんで身体は思いっきり背後に倒れた。勿論それはわざと。我ながらギャグマンガ的リアクションである。

 このまま変わらず洞木に「あ、洞木。いつも最前列に出てるあの女の子かなりマブいよな」なんて会話を選択肢に入れ続ける訳にも行かないし……。でも代わりに何の話題を出せばいいのかと言えば、それもそれで迷うのは事実で。

 この二週間を通して洞木とは共通の話題がないことは分かっていた。俺の趣味はサブカルチャー全般と女装、普通にオタクである。対して洞木は懸賞付きのクロスパズル、見た目に反してかなり渋かった。

 それでも仲良くなれたのは少なからず性格が合っていたんだと思う。凹凸のように隙間なく嵌り合って、と言うほどではなくとも俺にとっては洞木は一緒にいてやりやすい相手だったのだ。

 まあそれ以上に、俺がどうこうというより洞木のコミュ力が高いのが一番の要因かもしれない。どんな話題でも気持ちよくコミュニケーションが図れる能力を持った洞木は、きっと誰とでも潤滑に接することが出来るのだろう。特別洞木と気が合っているんじゃなくて洞木がコミュ力超人なだけだ。コミュコミュの実の能力者だったのだ。この能力、口にしたら絶対噛みそうだな。


 昨日は流されて何となくで洞木と話してたけど、改めて思考するとどうにかしなきゃならない気がしてならない。このままじゃ駄目だ。でも俺は女の子とそんなに話した経験が少ないからどういう話題を好むのかも分からないし……悩ましい。


 ゴトゴトとドラム式洗濯機の如く鈍重な音を立てて回る脳内を一度振り切って、講義に集中しようとした途端、二限終了のチャイムが鳴った。同時にざわざわとした喧噪感が教室内を覆いこみ、教授はそれを特に咎めることなく淡々と来週の内容を一言二言で説明して片付けをし始める。やばい、90分間何も聞いてなかったなぁ。でもまあ隣には頼れる幼馴染の羽実さんがいらっしゃいますし……、と下心を持ちつつチラリと隣を一瞥。すると羽実はその視線に気づいて此方へ首を向ける。


「あん? なによ。お金なら貸さないわよ二千翔」


 あの羽実さん……? 華のJD一回生がそんな声を出すのはどうかと思うしちょっと顔を見ただけで金の無心かと疑われるのも幼馴染として不服なんですが……?


「あのな、俺が一度でも羽実から金を借りたことあったっけ?」

「常に金欠を嘆くアンタを警戒するのは自然じゃない? でも消費者金融には気を付けなさいよ、特にリボ払いなんてしたら絶交だからね」

「俺への信用ちょっと低すぎない?」


 金が無かったら消費者金融に頼ると思われてるのか俺……普通に凹んだ。流石に金欠くらいで消費者金融なんて使わないから、頑張って単発バイト入れるから。

 と、そうだ。思い出した。今日の昼は羽実と外食の予定だった。


「さぁて、昼飯。昨日は近くに良い店見つけたって言ってたけど……定休日じゃないよな?」

「今日はやってるはずよ」

「なら良かった」


 この授業で一度も使っていない筆記用具を全てバックに仕舞いこむと肩に掛ける。GWも超えて新しい学校にもほぼ完全に馴染んだせいか、最近授業中はずっと寝てるか別のことを考えてる気がする。まあ文系学部で単位を取るのは理系の何倍も簡単って聞くし、多少手を抜いてても大丈夫だと思う。うん……大丈夫なはず。最悪教授に土下座する覚悟が俺にはある。へへっ教授さん、肩とか凝ってませんかねぇ?(全力の媚び)


 背後に忍び寄る不安に気付かないフリをして、カジュアルな造りをした黒色のバックを背負った羽実と教室から出る。雲間から差し込む日差しに一瞬目を閉じた。今日は晴れのち雨、でも降るのは午後9時かららしい。今日はバイトの無い俺には関係ない話だ。


「で、どんな店なのこれから行くところは。1000円を超えるメニューしかない店とかは勘弁してくれよ」

「物によっては越えるけど心配ないわよ。まあそれは行ってからの楽しみってことで」

「サプライズなぁ。一応言っとくけど激辛系とかドカ盛り系は辞めてね」

「………………問題ないわ」

「おい何だ今の間。大丈夫だよな? 万人が食べれる普通カテゴリの料理を出してくれる店だよな?」


 ぷいっ、と無駄に可愛らしく斜め45度に顔を逸らした羽実に一縷の不安が胸を打った。

 俺は羽実とは幼馴染ではあるが、小学校以来何年も食事を共にしてないから好みも全く把握してないんだよな。昔は大食いファイターじゃなかったからヤバい量を盛ってくる地元の定食屋とかには連れてかれないとは思うんだけど……。


 適当に雑談しながらキャンパスの構外に足を向ける。大学前の大通りを南下して数分ほど進むと「ここよ」と羽実は目線を右手の建物に走らせた。

 一見して、個人経営のレストランだ。こじんまりとしており、白を基調としているのか窓から見える店内の内装はスタイリッシュさを感じられる。昼時間だと言うのに客があまりいなそうだ。


 羽実は躊躇無く扉を開いて、それと合わせてカランコロンと来客を知らせるベルが鳴った。気付いた店員に二人掛けの席を案内されて、羽実の対面に座ると流れでテーブルに置かれたメニュー表を指でなぞる。


「へぇ、オムライス屋さんか」

「そうよ。二千翔、オムライス好きだったでしょ?」


 俺の好物を覚えてたとは……本当にサプライズだったらしいな。ちょっと嬉しい。たださっき、店について聞いたら動揺してたのが気になるんだよなぁ。多分ただのオムライス屋じゃないのかも、とメニュー表を目で浚っているととても気になるものを発見してしまう。


「ボルケーノムライス……あなたに未知の激辛を提供いたします? こりゃまた凄いもんがあるな……はっ。もしかして羽実の目的って」

「……そうよ!! 悪い!?」

「いや悪くないけど……」


 すいませーん!!、と軽く引いている俺を尻目に何処かやけっぱちな声で羽実は店員を呼び出した。当然注文はボルケーノムライス。俺は普通のケチャップオムライスである。流石に世界一辛いとされるキャロライナ・リーパーをふんだんに使ったと謳っている劇物オムライスを食べる勇気は俺には無い。昨今の激辛ブームがオムライス専門店にも忍び寄っているなんて……。


「まさか羽実がそんな激辛好きだったとは」


 小学校の頃の記憶はあんまりないが、その頃はどちらかと言うともっと甘いものが好きだったはず。いつからそんな劇辛党になってしまったんだと言うんだ羽実。次に激辛専門店とか紹介されても俺は着いてかないからな。寂しくても一人で行けるよな羽実。俺は絶対行かないからな羽実。

 時間と共に厨房から微かに漂ってくる刺激的な臭いに顔を顰めていると、羽実は訥々と区切りながら言葉を紡いだ。


「そりゃ……6年よ? あまり話さなくなってから、そんなに経つのよ?」

「6年……長いな」

「ええ……長かったわ」


 全く話さなかったわけじゃないし、仲を拗らせたわけでもない。そうなってしまったきっかけがなんて何だったかも思い出せない。ただ、理由も無く異性に羞恥心を持つようになってから自然と距離が開いたんだ。

 小6の冬を最後に、中学校では同じ学校だったけどすれ違っても挨拶くらいしかしなかった。高校は違ったから家の前ですれ違った時に立ち話を数分するくらいで、敢えて予定を決めて会うなんてこともしなかった。同じ大学、同じ学部じゃなかったらこうして昼を一緒に食べることも無かったんだろうな。そう思うとかなり感慨深い。


 不意に羽実の小学生時代の容姿を思い出して、今の羽実と重ねる。

 昔と比較してかなり変わった。女性らしさが磨かれたのは言わずもがな、短かった黒曜石みたいに鋭利に光る髪は長くなって、少々垂れ気味だった目尻も昔より上がって気持ちシャープになった。

 当然だが俺も羽実も昔とは違うんだ。


「ホント、よく同じ大学の同じ学部になったよな。ミラクルCだよこんなん」

「そうね。私も最初のオリエンテーションで二千翔を見つけた時は見間違えかと思ったわよ……しかも知らない内にサボり魔になってるし。留年しても知らないからね」

「そん時は頼りにしてます羽実先輩」

「先輩言うな! 諦めんの早いわよ!」


 あーもう何でこうなったのよコイツ、と額に手を当てながら羽実は溜息を吐いた。俺が昔の羽実との差異に違和感を持っているように、羽実も俺に対して感じていたらしい。でも実態はサボりじゃなんだよなあ。女装してるとはいえちゃんと講義には出てるんだぞ俺。本当にサボった事なんてまだ二回とか三回くらいしかない。

 だから俺は真面目な学生なんですー品行方正なんですーと声を大にして主張したい気持ちは山々だけど、それを暴露する=女装暴露なので必死に表情を保つ。韜晦しなきゃならない身分の男は辛いぜ。


 俺のポーカーフェイスは完璧だったそうで羽実はそんなことを考える俺を覚ることなく、水に口を付けた。


「にしても羽実は何でこの学校に?」

「……単純に通える範囲で学力の近い大学ってだけよ。大学自体にも学部自体にも何の思い入れは無いわ」

「まあ、分かるな」

「ええ。入試が難しい大学ほど就活が有利になる、文系なんて結局それだけじゃない。誰々教授がノーベル賞に、とかそんな明るい話があるなら違うかもしれないけど大抵の教授は一般人には見えないところで論文を書いてるだけで憧れとか抱きようもないし。学部も受かったところの中で就活で有利そうなとこを選んだだけだし。言える理由もなければ、全部何となくよ。何となくで決めたの」


 世の中に対する不満を吐き出すみたいに語っているのに、羽実は寂しそうな表情をした。


「俺は、羽実がそんな理由で決めたようには見えないけど」

「え?」

「確かに羽実とは何年も疎遠だったけどこれくらいは分かる。何となくじゃない。探しているんじゃないの」

「探してる……なにを?」

「自分の未来を……とか言うと凄いクサいけどさ。でも今の羽実の顔は何となくで決めた人間のそれには見えない。どちらかと言うと、明確に目的意識があってその学校に通う人たちを羨んでいる。そんな風に見える」


 羽実には成し遂げたい夢も将来の理想もない。きっと俺と同じで、世間の大学生の大部分と同じだ。誰もが勉強がそこそこ出来るから、就職で有利だからと何となくで進学していく。その大部分に埋もれて、溺れながらもそうでない一部分の大学生を羽実は見据えてしまったんだ。


「俺は羽実が本能的に自分の未来と一番通じている学部を選んだんだと思ってる。昔から羽実、賢かったろ?」

「……馬鹿の癖に、んなこと私に説いてんじゃないわよ」

「手厳しいなぁ……」


 羽実はそう言って呆れるように息をつく。分かったような言葉でガンガン行ってしまったけど踏み込み過ぎだったか……?


「私のことは良いわよ。それよりアンタって本当距離感バグったわよね」

「バグった?」


 唐突に紡がれた言葉に俺は内心首を傾げる。


「何て言うか……昔はそういう感じでアンタ接してきたじゃない。ズカズカと私の本心に踏み込んで言いたいこと言う、そのスタイルよ。でも進学してからは距離を置いて、剽軽な言動はそのままなのに昔より互いの本心に関わる会話は一切しなくなって」

「……まあ、色々あるからな。第二次性徴を迎えても小学生の頃と同じように過ごすのは、無理だろ。そりゃさ」

「そうだけど……寂しいわよそんなの」


 目線が自然と下がる。

 ……正直、避けていたといえば避けていたのかもしれない。中学1年でクラスが別になって、同じクラスの男友達に揶揄されるのを無意識に恐れて接触を控えるようになってしまった。なんて可能性を考えて、否定出来るほど俺は自分自身に自信を持てない。


 再び羽実へと目を遣る。目の前に座る羽実は見たことが無いほどしおらしかった。幼い時から羽実は気が強くて、あまり本心から言葉を発したがらない。今も変わらないのは大学で再会して数週間で分かった。だからこうして明確に言葉にして。寂しい、なんて悲しいそうに羽実が言うのは本当にレアで、それだけ羽実はこの状況に対してもどかしさを感じているんだろう。


「たまに会ってもあまり話せなかったし……今でも一緒に講義は受けてもそれだけ。それだけだわ。私たちは昔のような関係に戻れないの?」

「羽実……」

「ねえ、二千翔。また小学校の時みたいに、変な遠慮も忖度もない、そんな関係に私はなりたい。私たち……幼馴染なんだから」


 幼馴染……か。

 小学校の時は親友と称して過言じゃないくらい仲が良かった。でも時間はそれを許してくれなかった。


 そうか。

 幼馴染っていうのは即ち仲が良いってわけじゃない。

 俺と羽実を結ぶ幼馴染という言葉───それが昔に親友だったことを表す無用な称号と化していたことにようやく俺は気付いた。小学校の時みたいに何でもないときも無意味に集まっては適当に駄弁る関係が、俺と羽実には丁度いい。過度な気遣いも、異性としての意識も、全て羽実の前で取っ払って良かったんだ。


 その瞬間、先程までの五里霧中だった視界が開けた気がした。

 洞木に対しても同じなんだ。俺は男として接していたけど、それを変える必要性なんてきっとどこにもない。洞木は素の俺と話して仲良くなった相手で、今更トピックの一つが使えなくなろうがそれが関係性に罅を入れる事にはならないはずだ。距離感なんて把握する必要は無く、ただ自然体で接していれば良いだけ。どちらとも異性としてではなく、仲の良い一人の人間だと思えば何の問題も無いだろう。はあ……物事を難しく考え過ぎていたみたいだな、俺。


「そう……だな。俺もそう思う。なあ羽実、また一緒にどっか行こうぜ」

「……言っておくけど変なところに連れて行かないでね」

「任せとけって」


 と、良い感じに会話が締まったところで注文したケチャップオムライスとボルケーノムライスが運ばれてきた。

 うわ、ソースがマグマみたいに赤い。しかも唐辛子が刻まれて大量に含まれてるのが分かる。……これがキャロライナ・リーパーとかいう世界一辛い唐辛子なんだろう。初めて見たけどここからでも嫌になるほど刺激的な臭いだ。俺が食べる訳じゃないのに汗とか流れてくるんだけど……。


「……ほんとに食べるの?」

「ん~良いじゃない。この香り。いただきまーす」

「うわ……味覚障害かよ……」


 オムライスに掛かったマグマを食べて笑みを溢す羽実に、そこはかとなく引いた俺がそう呟くと「は? 殺すわよ」と殺害予告される。これが俺と羽実の関係である。



次話は10日17時です。

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