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2幕 見える……見えるぞっ……!!

さあ何処に行こうと喫茶店で洞木と話して、選ばれたのはゲーセンでした。


「へー入ったことなかったけどここが……でも耳が痛くなるね」

「そりゃそうですよ。でもパチンコ屋よりはマシですよ?」

「ん……? 入ったことあるのかい?」

「ちょっとだけ……」


 まるで悪戯してしまった悪ガキでも見るかのような諫める視線に溜まらず目を逸らす。……一回だけ。たった一回だけ魔が差してスロットを打っただけなんだ。適当に空いた椅子に座って、したら訳も分からない内にバイトで稼いだ6万円飲まれた。二度と行くかあんなトコ。


「それよりも洞木君はどんなゲームしたいですか? UFOキャッチャー? それとも格ゲーとかレーシングゲー?」

「どれもあまり馴染みないな……取り敢えず店内をグルッとしてみようか」

「分かりました」


 駅前にあるこのゲームセンターはこのご時世に珍しくフロアが三階層も存在し、並んで歩くだけでも色々なゲームがあるのを見て取れる。

 洞木はビカビカと光る筐体、狭い通路に設置された大きめの両替機、笑顔でインカム対応している店員、その全部に興味深そうな視線を向けつつ、留まることはせずに二階へと上る。何かゲーセンを楽しみに来たというよりかはお偉いさんが自分の系列店舗を視察しに来ているみたいに見えるんだよなぁ

 ゆっくりながらもスルーを続けてきた洞木の足が不意に止まる。


「あ、これとかどうかな?」

「プリクラですか……」

「えっと、駄目かな。確か写真を撮るやつだよね」


 洞木が指し示したのはオタク禁制の大型筐体、プリクラ。ゲーセンに来たことは無いと言っても流石にその存在くらいは知ってたらしく、洞木の声音がさっきよりもわずかに弾んでいる。


「まあ良いですけど……」

「じゃあ行こうか!」


 我ながら嫌そうな声が出るけどそれを無視して俺はウキウキの洞木に引っ張られる。何だか感性が女の子みたいだなぁ。女の子とばっかり遊んでいたらこうなるんだろうか……男とばっか遊んでいた俺には分かりません。クソ……ちょっと泣きそう。

 洞木の後を追ってビニールのカーテンを頭に潜らせる


「これどうやって操作するんだろう?」

「画面の通りにすれば良いんじゃないですか。取り敢えず金ですよ金」

「その恰好でそんな粗雑な言葉使っちゃいけないよ。使わない方が可愛いからさ」

「あ、そういうのは本当に良いんで」


 だからその手の言葉は何人いるか分からない自分の彼女に言ってくれ。


「まあ、とにかくお金か」


 洞木は洒落た造りのトートバックに手を突っ込むと茶色い革製の財布を取り出す。カランカラン、と小銭の投入に合わせて軽快な電子音が響くと画面が移り変わった。うーん。全く俺の感性と合わないテイストの操作画面だ。凄い場違いに思えて早々に冷めてしまった。

 

「あ、後で半分払いますね。流石に奢りは悪いので」

「このくらい良いよ。友達料と考えれば安いもんだ」

「……あの、友達料って冗談ですよね?」

「勿論、例えだよ。ただ二千翔との時間はそのくらい価値を感じてるってことさ、不思議な事にね」


 あの、すいません洞木さん。もう俺お腹いっぱいです。なんでその気障っぷり勘弁してもらえないですか?

 死んだ目になった俺には目もくれず興味津々と洞木は画面をタッチしてステップを踏んでいく。ぼーっとしている内にあっという間に撮影のフェイズに入ったみたいで「ほら二千翔、笑顔笑顔」と優しく言われて俺の脳内に電流が走る。

 そうだ。俺は自撮りについての研究はそれなりに積んできた。だが他人と撮るのは勿論初めてのこと。横に並んでいるのが女の子じゃなくてイケメンなのは少し気になる点だけど、可愛く撮れるかここで試してみるのも良いかもしれない。


「はい! 笑顔ですね、笑顔!」

「二千翔には背中に切り替えスイッチでも付いてるのか……?」


 唐突に撮影(アイドル)モードへとクラスチェンジした俺に目を丸くしながらもこの数分で手慣れたようにパネルをタッチする。これから撮影するという旨が筐体から案内されて、俺はカメラを意識して笑顔とポーズを振りまく準備をする。よし、行ける!

 3、2、1、パシャッ!

 シャッター音と共に画面には俺と洞木の写真が表示される。


「これ……二千翔? 別人みたいだ」

「失礼ですね、努力の賜物と言って下さい」


 思わず洞木に言い返してしまったけど、写真を確認してみれば無理はないかなぁとも思う。なんせ写りが完璧なのだ。アイドルの宣材写真と言われてもきっと10人中10人が納得する程のクオリティー、流石俺。SNSとかに乗っけたらそこそこ人気を博すだろう。粘着オタクとか住所割れとか怖いからやらないけど。

 自分の完璧性を再確認したのでついでに洞木の写ってるとこも見てみる。イケメンですね。ハイ感想終わり。俺は同性の容姿を褒めちぎる趣味は無いのである。


 洞木も今の写真写りには満足してるらしく、リテイクはせずに次は写真の補正やデコレーションのフェイズだ。プリクラと言えばアスペクト比を変えて顔の輪郭を良く見えるようにしたり、目の大きさを変える事が出来たりすると聞いたことはあるが俺も洞木もそんな機能は必要ないほど整っているからこれは必要無い。従ってデコレーションなのだが……。


「ハートマーク? キラキラ? ……何だか色々あるけど二千翔はどれが良い?」

「何でもいいです」

「もうちょっと関心を持って欲しかったなぁ……それじゃあペンで何か書こうか」


 ピンと伸びた白雪のような人さし指をシュッシュっと動かしていく。俺と洞木の丁度真ん中に書かれた二文字、友達。


「……こうして見ると気恥ずかしいですね」

「そうかな? 僕は結構楽しいよ」

「そうなんだ……」


 おっと、つい口調が素に。

 ともかくそのままオッケーボタンを押すと機械音と共に下の受け取り皿から写真が印刷されたプリクラが吐き出された。


「うん、良い感じだ。じゃあこれ、半分にしようか」

「え、いいですよ。私代金とか払ってないですし」

「自分だけ持ってても悲しいだろう。いいから、ハイどうぞ」


 二分割されて出てきた片方を差し出される。まあ受け取れって言うなら貰っとくけど……実質初対面のイケメンに迫られたかと思えば一緒にプリクラを撮るとか、俺どういう星の元に生まれてきたんだろうか。ちょっとした少女漫画の主人公みたいなムーブしてるって俺。


 それからもゲーセンを適当に物色する。UFOキャッチャーに挑んでけちょんけちょんに搾り取られたり、格ゲーでレバガチャする洞木をフルボッコにしたり、そこそこ楽しんだ末に退店。午後12時半のことだった。


「そろそろ行かないと昼ご飯抜きで3限になりますよ」

「そうだね……二千翔はどうする?」

「私は一旦家帰って寝ます。4限まで暇ですし」

「そっか。一緒にお昼でもって思ったんだけどそれなら仕方ないね」

「はい。では失礼しますね」

「うん、また遊ぼう」


 ゲーセンの前で別れる。俺の家は駅の東側で、学校は西側。必然的に目指す場所は別の方角で、俺はバクバクした心臓を気取られないよう抑えながら洞木に背を向ける。当然断じて恋の波動とかじゃなくて……ストレートに言ってしまえば恐怖心。表では平然さを保っていたけど女装なんて本来他人から気持ち悪いと言われがちな趣味だ。何を言われるか分からないという恐怖に俺は静かに怯えていた。

 ……でも、だがしかし。俺は思う。

 この少ない時間で洞木は女装を出汁に弄って来ることは無かったし、揶揄う事も無かった。洞木はイケメンだが心までイケメンだったようで、そんなアイツだからこそある程度は信頼しても良いのかもしれない。

 ……いや、待て。俺ってもしかしてチョロい? いやいやまさかな……。


 イケメンに絆されかけている自分に僅かばかりの猜疑心が芽生えたのを強引に無視しながら、帰り道のコンビニでガツ盛りのカップ麺とんこつ味を買って、俺はアパートへと帰った。4限もサボった。






─── ─── ───





 それから二週間。

 俺はそれからも変わらず定期的に女装をしながら学校に通い続け、洞木以外にはバレない日常を送っていた。その対象は幼馴染も含まれている。まあ高校時代は年に三回くらいしか会わなかったしね。俺だって昔のクラスメイトからは「お前って地雷メイク似合いそうだよな……引くほど似合いそう。文化祭でどうだ、やらん?」と謎に説得されそうになるほど童顔だけど、それでも中学時代と比べれば女の子要素は薄くなっている。それが男要素が強まったという意味ではないのが悩ましいとこだけど、ともかく顔の造詣が成長している以上幼馴染と言えど簡単に判別付かないのだろう。何より俺の女装は完璧だからな!


 今日はその中でも素で講義に出る日だった。少人数授業とかは女装が目立つ為に俺が女の子になって出席する機会は実際のところあまり多くない。精々が週に二日程度、しかも隔週だから二週に二日という塩梅で。そう考えると見破ってきた洞木はとんでもなく観察眼が鋭いのかもしれない。将来は探偵とか公安になれそうだ。


「ちょっと、集中してるの?」


 横から小さく声が上がる。見ずとも分かる。幼馴染の羽実。安栖羽実(あずまいうみ)だ。


「え、うん。勿論」

「ノート。真っ白だけど」


 全く、と俺のノートを覗き込んだ羽実は呆れたように息を付いて、清廉な腰まで伸びた黒い髪が揺れる。良いんですよー授業終わった後に黒板の板書は全部スマホで撮っとけば後で画像ファイル見て復習出来ますからねーハイ天才。とか相手が高校時代の野郎友達ならいつものノリで返せていたんだけど、羽実に対してはそうも行かないのが現実だった。

 幼馴染とはいえ、思春期を迎えてからは大して喋ってなかったせいで上手く面と向き合って話せないのだ。小学校の頃は大の仲良しだった俺たちは中学生になると性意識を互いに持つようになって遊ぶ機会も激減。高校に至っては別々だから偶然会った時に立ち話をするくらいしかした覚えがない。


 つまり、単刀直入に俺の心情を言うと、気まずい。これに尽きる。

 小学校の頃ならいざ知らず、俺と同じく大学一年生になった羽実の身体は女性的にもかなり大きく成長していた。特に或る特定の一部分なんてマトモに目を向けたら顔が赤くなってしまいそうになるくらいご立派で、理性を守るために会うたびに精一杯逸らすのが俺の日課である。それが無くてもほんの微かに漂ってくる甘い香りで意識せずにはいられないのに。俺が知らない内にとんでもない魔女に成長したものだ。

 大学では二か月くらい関わり合いを持っているものの、俺の中では依然として甘酸っぱさと遠慮がブレンドされた未体験の距離感が存在し、殆ど授業以外では会わない関係に落ち着いていた。


「はぁ……ちゃんと写しなさいよ。単位落とすわよ」

「スマホに全部残ってるから問題ないって」

「昔っから二千翔って痛い目見ないと覚えないタイプよね」


 そんなことを言いつつ授業中に雑談を持ち掛ける羽実だって不真面目じゃないか、なんて言いそうになったけど我慢しておく。言い訳はしない、反撃が怖かった。


「もう前期の試験も近いんだから。復習とかしてるの?」

「あー復習。復習ね、復習。勿論善処していく所存です」

「……単位落としても知らないんだからね」


 怜悧な眼差しでジロリと一瞥すると、羽実は再び板書に集中するためノートへと意識を戻した。復習って面倒だよな、何で人間って繰り返さないと物事を覚えられないんだろうか。あー禁書目録になりたい。完全記憶能力欲しい。ついでに銀髪美少女にもなりたい(本命)


 特に理由もなくやる気が無くなった俺は腕を机の上に広げてうつ伏せの体勢になる。側頭部に咎めるような冷ややかな視線が突き刺さっている気がするがこの場合気にしないことにする。どうせ授業後に言う小言でも考えているんだろうしなぁ。

 傾斜の付いた机に突っ伏してから分かるが、講堂の設備は意外と寝心地が悪い。これが教室の机ならば高校時代と同じような安眠が保証されるのだが、講堂は大人数の生徒が授業に参加できるように教壇から奥に行けば行くほど角度が付いており、その恩恵は机の角度にまで付けられている。これは寝づらい。毎回ここで昼寝するたびにこの傾斜に邪魔をされる。ええい、今度から枕でも持ってきてやろうか。多分羽実に捨てられるけど。


 寝心地の悪さと格闘していると、キーンコーンカーンコーンとスピーカーが授業の終わりを告げる。全く寝れなかったけど俺は「うう~ん」と声を上げながら顔を上げた。


「よし、写メるか」

「おい落第生。留年すんぞ」


 手厳しい言葉が俺の横っ腹に叩きこまれる。いやまさか、そんな留年とか簡単にするわけないじゃん医学部じゃあるまいし。……しないよな?


「……もしも俺が赤点取りそうになったら羽実さんなら助けてくれますよね?」

「わざとらしくさん付けで呼ぶな。頼られても教えないからね」

「まさか~。羽実様のお心遣いにはいつもお世話になっております」

「字面だけ恭しく言ってもそれ慇懃無礼だから。というか二千翔に何か教えた記憶あんまりないんだけど」


 それはそうだ。だって勉強が難しくなる中高の時にはもうそういう会話も無かったのだから。

 羽実は溜息を零すと机上に置きっぱなしだったスマホを確認する。俺だったら手元にスマホがあれば授業中でもソシャゲを走っているんだが羽実に限ってそんなことはしない。推測するに精々、置き時計代わりにしてるだけだろう。


「私は今日三限無いんだけど……ねえ、お昼とか誰かと食べる予定ある?」

「ん? まーないけど」

「じゃあ一緒に食べない?」


 時間割を見た羽実は迂遠さを持った言い回しで誘ってきて、純粋に物珍しさから目を丸めてしまう。そもそも大学で会ってから俺は羽実と一緒にご飯を食べたことはない。幼馴染ながらも今の俺たちは一緒に授業を受けるだけの関係値で、正味言ってしまうと友人以下知り合い以上でしかない。男女の差、空いた時間、精神の変化、身体的成長。様々な要素がかなりあって割と微妙な距離感が横たわっている

 一先ず何にせよ、その言葉に答えるには俺もスマホで予定を確認せねば。


「昼飯なー……」

「良い店見つけたのよ、この近くに」

「良い店? 学外で摂る気なのか?」

「ま、まあ。ほらだって、こういうのも久しぶりな訳でしょ? 学食なんて五月蠅い場所じゃ話だってし辛いわよね?」

「わよね、と言われても」


 そもそも俺、友達いないから学食なんて行ったことないし……。

 そんな恥ずかしい事実が込み上げてきたので急いで喉の奥へと押し込みつつ、スマホのカレンダーを起動。今日の予定は……と。


「悪い。この後予定あるんだった」

「そ、そっか。じゃあ仕方ないわね」

「てかラインで言ってくれれば予定押さえておくのに」

「お昼一緒に食べるだけで予定とか大袈裟じゃない?」

「んなことないって。俺も羽実とは少し話したいし」

「そ、そう」


 今の距離感を保つのも悪くはないけど、ふとした瞬間に何とも言えない一抹の寂しさが到来するのも事実である。何にせよ、他人と友人を反復横跳びしている現状は最低限どうにかしたいとは思っていたし羽実もきっと同じ考えだったのだ。今の互いを知るために対話は不可欠。ただ本日は先約があるのでそれは後日という事で。


「明日とかどう? 俺は空いてるんだけど」

「明日!? そんな突然……大丈夫だけどさ」

「じゃあ決まりだな。んじゃ、俺は帰るから」

「ええ……ええー。あ、明日……か」


 何故か戸惑いながらワタワタとスマホを操作する羽実を尻目に講堂を後にする。丁度2限が終わって昼下がり、蛇口を捻ったみたいに教室から学生が溢れ出して作られた人の流れは学食や購買に続いている。人の往来を搔き分けつつ俺はそのまま正門へと向かう。

 俺は目的の人物を探すと、そのイケメンは手持ち無沙汰気味に正門から本棟まで伸びる車道に沿って植えられた桜の木々を見ていた。もう桜の花など散って久しいのに、このイケメンが見ているだけでまだあるかのように錯覚させられてしまう。やっぱりイケメンからは税金を取るべきだと思う、顔面優良税として。


 俺に気付くとイケメン───洞木は何人もの女の子を籠絡しただろう爽やかな笑みを浮かべながら右手を軽く上げた。今日は白いTシャツの上に大きめの黒いカーディガンとシンプルな服装だ、気のせいじゃなく俺と会うことを意識してだろう。


「やあ」

「税金払えよ」

「えっ……。突然なんだい?」

「間違えた。あ、洞木。授業終わるの早かったね」

「今のを無かったことにしようとしてもならないからね?」

「よし、早速行こうか」


 洞木が何か言ってるが完全に無視して俺は先頭を切って歩く。問い詰めようとするが取り合わない俺を見て洞木は渋々と着いて行くことにしたようだ。よし勝ったな。


 この二週間、俺と洞木は自分で言うのも何だけど中々良好な関係を築けていた。出会い方があんなんだった割にはカラオケに行き、ボーリングに行き、授業も一緒に受け、もうこれ本当に友人なのでは? と思ってしまうほどには良い感じだった。因みに授業を受ける時は女装だったけど他の遊びは全部素の姿で行った。雰囲気あんま変わんないねとか言われた。ブチ切れそうになった。閑話休題。


 何と言うか、相性が良いのかもしれない。というか洞木の性格が良いのか。

 洞木は配慮の出来る奴だった。女装について問い詰めることはせず、気安い会話を好んでおり、感性も俺と似通っていて、偶に天然が入ることもあったけどそれも気にはならないほど些細な点で、総合的につるむ相手としてはかなり上等な部類なのだ。顔も上等だけど。


 そんなこんなである日の会話。洞木が「実は学食って苦手なんだ……賑やかでさ。けど外食も高いし、教室で食べるのも落ち着かないから良いとこあったら教えてくれないかな?」とか言ってきたので「じゃあ俺の家来る?」と冗談半分で返したら「是非!」となってしまったのだ。いや、俺が悪いんだけどマジかぁとも思った。大学生活最初に家に呼ぶのがイケメンとは……はぁ。まあ良いけどさ。


「お昼は何にするの?」

「カップ麺とスーパーの安売り弁当、どれが良い?」

「随分健康に悪い食事してるんだね。……まさか毎回それとか」

「いや、昼はそうだけど?」


 最近のカップ麺はかなり美味しいし、スーパーの弁当は安い。男子大学生的にはそれで充分だと思うの。


「駄目だよそれは。もっと栄養バランス考えないとさ」

「栄養補助食品って便利だよな。水でぽいっと飲むだけでビタミンミネラルその他必須栄養素を簡単に摂れるんだから」

「駄目だって! 全く……冷蔵庫に何かある? 僕作るよ?」

「え……洞木、料理できんの?」

「出来るよ! 失礼だなあ、全くさ」


 少し怒ったように声を張った。当然みたく言うけど俺みたいに一人暮らしならともかく、洞木は実家から通ってると聞いたんだけど……これもまたモテなのか。イケメン力なのか。そうなのか。辛い。


 しかし作ると言ってもウチの冷蔵庫には飲みもんや冷凍食品、カップ麺くらいしかない。限界女装野郎の一人暮らしなんて皆そんなもんだ。知らんけど。


「じゃあこれからスーパーで食材買うのか? 良いけど俺、余ったら腐らせて捨てる自信しかないからな。覚悟しとけよ」

「何で僕が覚悟しなきゃならないのさ……ならまた作りに来るよ、勿体ないし」

「え、何それ。通い妻?」


 イケメンに通い妻されても背筋の温度が爆下がりするだけなんだけど……、と微妙に末恐ろしい未来に思いを馳せていると「か、通い妻!?」と洞木が頬を紅潮させた。


「ん、どうした?」

「どうした、じゃないよ! 変な事言わないでくれ!」

「あ、うん。悪い」


 こういう発言はいつもの洞木なら曖昧に笑って流すのがテンプレなのに、今日は異常に反応したな。なんか琴線に触ることがあったのだろうか、通い妻というワードに。

 ……いや、こいつなら嫁ではなくても通い妻の一人や二人いてもおかしくないしな。それ関連でトラブってトラウマになってても何ら不思議じゃない。推察するだけ野暮ってものかもなぁこういうのは。そっとしておこう。


 結局買い物は無しになり、コンビニで適当な冷凍食品を買って自宅へ。俺の下宿先はアパートの二階にあり、階段は錆が年季を感じさせる鉄製で足を乗せる度にコンコンと鈍い音が響く。

 一番手前の部屋の鍵を回して俺はドアを開く。


「お、お邪魔します」


 律義に頭を下げる洞木を背に靴を脱いで室内へと踏み入れる。

 至って普通のワンルームは朝出た時と変わらず小綺麗な様子を保っていた。ベットは整えられていて、床にはゴミ一つ落ちていない。入居したてだから壁や床に傷も無い。配線周りだけ微妙に煩雑なのはご愛敬だろう、また手が空いたらこの辺も見栄えが良いように整理するつもりである。


「まあ適当にベッドに座ってて。飯は適当に作っとくから。作るってもレンチンだけどな」

「あ、うん。ありがとう。何か手伝おうか?」

「食器とか場所分からないだろ? 別に良いよ」


 手を洗い終えると俺は早速買ってきた冷食のパックを開ける。おかずはコレで、白飯は昨日の残りがある。これぞ節約飯。外食なんかするよりも300円は安いし上手いぜお得だぜ! とちょっぴりテンションがおかしくなりつつもレンジを回して次々と放り込んでは皿に盛る。十分くらい掛けて全部の食材を暖めると卓袱台に運んだ。


「出来たぞ。ほっかほかの冷凍食品」

「ほっかほかなのか冷凍なのか分かりずらいね」

「何言ってんだよほっかほかだろ。あ、飲みものなかったな」


 主菜を加熱することに夢中で忘れてたな。因みに副菜はサプリメントだったりする。言ったらまた洞木になんか言われそうだから言わないけど。

 台所からコップを二つ引っ張ってきて、じゃじゃじゃと冷蔵庫にあった業務用スーパーの安っぽいお茶を注ぐ。大手飲料じゃなくて悪いけどこういう面で節制しないと女装で金が使えないのである。化粧、服、ウィッグ、全てに金がかかる。趣味で女の子やってる俺ですらこれなんだから、これが本職の女の子ならもっと金かかるんだろうなぁ……うっかり尊敬しちゃしそうになる。


 潅ぎ終わった俺はお茶の入ったコップを両手に持って卓袱台に運ぼうとして、違和感を覚えた。


「あっ……!?」

「へ……!?」

 

 世界が前に倒れている。体勢を立て直そうとしても足が棒のようになって制御が効かず、視界はグラついて役に立たない。ドンッ、と頭を固いものに打ち付けて漸く俺は何かに躓いたことに気が付いた。


「わ、悪い!」


 久しく覚えていない鈍痛に顔を顰めながら顔を上げて、それから俺は目を疑った。


「あ……あ……」


 コップの中身のお茶は宙を舞ってそれから洞木の服に掛ったのだろう。そこまでは分かる。

 分からないのは、洞木のシャツからブラジャーの形をした何かが浮き上がって見えたことだ。

 混乱の極みに陥った俺の脳内はある結論を導いた。


「……下着だけ女装するのは流石の俺でも引くぞ……?」

「馬鹿ぁ……!! そんな訳ないだろう!!」


 羞恥に顔を染めた洞木は、今までに聞いたことないほど大きな声量で俺の頬をぶん殴った。



次話は翌日17時です。

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