10幕 違いますから…有り得ないですから…勘弁してください…。
「君って本当に女装が女装と思えない程クオリティ高いよね。もうプロを自認したらどうだい?」
土曜日。
またもや暇を持て余した男装女子ガールこと洞木が俺の部屋で寛いでいた。ベッドで俺の隣に座って、女装姿をマジマジと見つめている。そんなことしても俺はテンプレヒロインみたいに頬を赤らめて「は、恥ずかしいです……」とか言わないからな。
にしても、さては暇人だなコイツ。予定とか無いんすかねぇ……まあ俺が聞いたらブーメランが飛来するから聞かないんだけど。
最近は外出しない休日に女装なんてしない派の俺だが、今日は洞木たっての要望からウィッグを被っていた。どうやって男から美少女へと変貌しているのか気になったらしい。でもそんな気になるもんか……? 寧ろ男子大学生が一生懸命に化粧してるのを見るなんて結構ドン引きものだと俺は思う。洞木は食い入るように見てたけどな。俺が言うのも何だがやはり男装してるだけあって変わり者だった。
「プロを自認ってそれはアマチュアですよね……これでお金が稼げるわけでもないですし。プロだなんてとても言えませんって」
「女装をしたら外じゃなくてもその口調なんだね……。それならSNSとか活用すれば色々ビジネス出来そうじゃないかい? その女装メイク動画とか投稿したら間違いなく100万再生は固いよ、僕が保証する」
「身バレしたら怠いじゃないですか。却下です却下。何のためにSNSアカウントに自撮り投稿してないと思ってるんですか」
確かに多人数に見てもらえるのは悪くないが、それでも匿名相手というのがミソだ。現実ならば盗撮は忌避される行為だがネットに自分で上げた場合は話が違う。無断保存され、拡散され、何処からしらのサイトにて一生残る。俺は今の女装姿に一切の不満を抱いていないがそれでも未来のことを慮るくらいの知性はある。
「なんか勿体ないなぁ……二千翔はかなり素質あると思うんだけど。インスタとかやったらフォロワー凄い出来そう」
「インスタですかー。インスタは陽キャとかパリピしか専用のアプリですよね。私みたいな人間が触っても致命的な掠り傷をするだけですよ」
「また物凄い偏見だ……致命的な掠り傷ってそれとなく矛盾していないかい?」
「気にしないでください。実際ティックなんとかなんてそんなノリばっかじゃないですか。何もないのに楽しそうに肩揺らしてるだけだったり曲に合わせて表情を百面相に変えたりする映像を上げてるんですよね彼ら。理由を求めている訳じゃないですけどどうしても私からすれば不気味に感じる訳です。私って人間が使うようには出来てないんですよあのアプリ」
「とんでもなく捻くれてる……」
「違いますよ。捻くれているのは世界です」
「少なくともそこで逆転の発想を持って来る人間は明らかに間違っていると思うよ」
呆れたようにのっぺりとした声を出す。そんなこと言うなんて酷いや。俺と洞木は友達同士だよな!? あ、友達同士だから遠慮が無いんすね。納得。
「にしても、何か言うことないのかい?」
「え、何かですか?」
不満げな眼差しを受けて考えてみる。
何か……何かなぁ。上から下まで見て、ポンっと俺は手の平を叩く。
「あ、分かりました。今男装してないですね。洞木周ちゃんってことですか」
いつもなら男として髪を立てて、服装もメンズ寄りのものに身を纏わせ、歩き姿は悠々としたものだ。だけど今日は様相が違った。艶やかな髪は下ろされ、前髪は垂れて右側に流れ、髪先は目に掛っている。服装も上はレース素材のトップス、その下に透けて白い肩出しのシャツ。下は太腿をギリギリ全部覆い隠すくらいの長さのスカートを履いている。
改めて顔を見てみる。中性的だった顔立ちも、条件が整えば美少女として機能するらしい。雰囲気だけは同じだけだからそこまで違和感は覚えなかったけど。
洞木は俺の言葉を聞いて溜息を吐いた。
「……そういう反応を貰うために男装せず来たんじゃないけどね……君にデリカシーを求めるのは無駄かな」
「何を。私は友達少ないですから空気だけは読めるんですよ。エアリーディング力だけで言えばSSS級を自認してますし!」
「残念だけど君のエアリーディング力は問題外さ。塵も積もれば山となるとは言うけれど君に関してはゴミにしかならないだろうね。良ければそのゴミ燃やしてあげようか?」
「ええー……」
なんつー言い草なんだ。やっぱ友達と言えどここまで言われるのは心外と思います。ワイトもそう思います。遠慮が一ミリもねえっす。
「全く、君って奴は……なんて言葉を使う日が来るとは今日まで思わなかったよ。でも仕方がないよね。僕を普段通り扱うんだから困ったもんだよ全く」
「ええと、すみません。そうやって扱われるの嫌いかと思いまして……」
「まあ……安易に揶揄われるのは嫌いだね。でも僕が態々、というのは変だから言葉の綾と思って欲しいんだけどさ。ここに女の子として来た理由は……分かるだろう?」
「えーと。分かるだろうって言われましても」
面倒だからじゃないの? 男装を手間と思って、どうせ勝手知る俺だからとそのまま来たんでしょ?
という言葉は怒られそうだから飲み込んだ。それに多分違うと思う。
畏れ多いながらも、洞木は俺に好感を抱いている。という、俺という引きこもりがちで決して男前な顔でも性格でもない人間を考慮すれば突飛でしかない発想は、現状を踏まえて見ればそこまで奇怪なものでもないだろうと思う。だって普通、一人暮らしの男の家に来るか? いや来ないでしょ。決まってる。そこでもう洞木は俺に何かしら好感を持ってるのは確実なのだ。
で、その理由を更に突っ込んでみると。
………………恋? それこそ無いよな。無いよね。やっぱり分かんねえ。分かんねえよ俺。恋愛ADVゲームはこういう時の女の子の気持ちなんて俺に教授してくんなかったし!
「……察しが悪いのか、それとも分かっていて黙っているのか。どちらにせよ僕としては不本意だ。ああ不本意だよ二千翔」
「こっちも不本意ですよ。何も言わないくせに無条件で察せなんて言われましても、サイコメトリーでも使えない限り無理ですって」
「そうやって誤魔化す。君って臆病だよね」
「裏返せば慎重ということですよ」
「ふーん、じゃあこうしたらどうかな?」
えっ。
何かをする前に洞木は俺の腕を自分の腕と搦めて、そのまま俺の身体を押してベッドに倒れ込んだ。俺が下で洞木が上。洞木のスベスベとした肌から伝わる体温と、鼓膜を揺るがす情動的な吐息が妙にくすぐったい。俺はその光景を、常識的に考えたら状況的に俺と洞木の立ち位置は反対だろふつー、とか変に冷静な思考を保ちながら見ていた。多分これも一種のパニック状態なのだろう。一周回って変に理性的になってるのかもしれない。
「これは……あの……?」
「何だと思う? 当ててみてごらんよ、二千翔」
顔が近づく。凛とした顔つきは何処となくあどけない少女のように純然たる桜を咲かせ、目尻は下がって瞳は蠱惑的な色合いを帯びていた。
そして理性を蝕むような、思考回路をインターセプトするような、甘い声。自分が女性フェロモンによって魅了されているのか、それとも洞木自身が醸し出す女としての魅力によって目を離せなくなっているのか俺には分からない。だがもし後者ならばお前、自分のこと可愛くない容姿も良くないとか言ってる癖して自分の魅力について理解してんじゃねえかと思う。
「ねえ、可愛いよ二千翔」
「それを男である私に言うのはおかしくないですかと言いたいところですが、可愛いのは事実なので受け止めましょうその言葉」
「あはは……そんな言葉を言える余裕があるんだ。僕なんてその、こう見えてあんまり余裕ないんだけど。慣れてたりするのかな?」
「まさか。逆に思考が地球を七周半して冷静になってるだけですよ」
「君の思考は光か何かなのかい? 冗談も女装だけにしてくれよ」
「別に女装は冗談じゃないんですが……」
そう言えば光は一秒で地球七周半するそうな。何でそんな豆知識が湧き出したのかは俺にも分からない。
更に顔が近づいた。ちょ、待て待て! 脳が沸騰しそうになるってば! 理性を溶かすのはシャルルマーニュの勇士だけで十分だから!
「僕はその、女の子としてどう……かな?」
微熱っぽい視線に俺は目を逸らす。すると優しい手つきで俺の顔に触ると向きを変えられ、再び洞木と目が合うような格好になる。
……気まずい、そう思う。
だってその問いに答える覚悟は俺には無い。上辺だけの返事は洞木の覚悟を、女の子としての矜持を汚すことになる。
俺の弱気な内心がバレるのが怖くて、アイコンタクトを避けると他の顔のパーツが良く見えた。ぎゅっと艶やかな色をした唇をぎゅっと結ばれていて、瞬きの間隔が気持ち短い気がする。普段は笑みを作る表情筋もボイコットして、著名な彫刻師が象った作り物にも見える。
洞木も、緊張しているのだ。
覚悟も準備も無い。何もかもが足らない。
それでも。
何か、何か言わなければ。
そう思って小さく息を吸って、その瞬間。
ピンポーン、と軽快な電子音。即ち、来客を知らせる合図だった。洞木と俺は固まった。
「……雰囲気壊れるなあ。ネット通販でも頼んだのかい?」
「ネット通販なんてこの一ヶ月使ってないんだけどなぁ……」
「え? 女装するのに必要な道具とかどうしてるの?」
「最初はネットに頼りましたけどそれ以降は直接実店舗に行って買ってますよ。実物を見て判断するのが一番ですからね」
「度胸の塊だね。……因みにどこで買ってるんだい?」
「デパートです」
「デパコスって……メンタル超合金じゃん」
と、やり取りの最中に再び電子音。とにかく対応せねば。
洞木の束縛から抜け出すとじゃあちょっと言ってくると息をついて、扉の覗き穴を確認する。
『ちょっと……? 聞こえてるんでしょ? 早く開けなさいって』
「……え」
羽実だ。何でまた家に、てかやべえよ……どうすんだこれ。女装とか洞木とか見つかったら面倒臭いことになるって絶対に。
何事もまずは現状整理だ!
ドア対応を一旦放棄して、室内を確認してみればすぐに問題が発見された。
・問題点その1
洞木が男装を解除して女の子としてこの場にいる。俺が見知らぬ女の子を連れ込んだと思われる。軽蔑される。俺が死ぬ。
・問題点その2
俺が女装している。女装趣味であることがバレる。きっも……とか言われる。俺が死ぬ。
・問題点その3。
羽実に怒られてから一度もマトモに会ってない。どういう顔して会えば良いか分からない。もう死にたい。
どうすんのさこれ。どうしよう俺。現状をどう整理しても詰みにしか見えないんだけど。
「ちょっと待ってください! 滅茶苦茶部屋汚れててゴミ畑化してるので片付けしますから!」
『前に来た時は普通に片付いてたわよね?』
「片付ますからぁ!!」
心のなかで泣きながら有無を言わさず羽実を放置すると、問題点を解消しようと俺は室内へと走り戻る。
「どうしたんだい二千翔」
問題点その1。洞木の存在。取り敢えず隠すしかないな……。
「頼みます洞木さん隠れてください!」
「隠れ……?」
「羽実が来たんですよ!」
俺の焦りが通じてくれたのか、洞木は少し強張った表情へと変化させる。
「……それはマズいね」
「はいそうです隠れてください!」
「えーーーと、それは僕としても異議なしなんだけど。何処に隠れれば良いかな?」
「ど、どこ!?」
そりゃそうだ。つっても何処に隠れさせれば……。
隅々まで穴が開くように視線を巡らせる。浴室は洗面所で手を洗う可能性があるからダメだ。衣装棚は洞木が入るには少し小さい。他には……。
「えっと、じゃあベッドの下でお願いします!」
「オッケーだよ」
洞木はそう言ってもそもそとベッドの下に入り込む。見ていると、何だか浮気を隠そうとする男の気分になる。
ともかく次は俺の女装問題……。
少し考えて隠すのは無理だと判断する。流石に女装を解くのは数分は掛かるし、そんな時間は無い。問題点その3もどうしようもない。そもそも今の俺は保月二千翔ではないから問題自体発生しないと予想できる。
……クソ、もう出たとこ勝負だ!
男は度胸、女は愛嬌! 女装男子だから両方持ってるぞこん畜生!
口内に溜まった唾を嚥下すると、俺はガチャリと扉を開いた。
羽実は先週と変わらぬラフな格好で、引き締まった表情でドアの前に立っていた。俺の顔を見ると、妖怪でも見たかのような表情に変化する。
「アンタ……誰?」
まあ、そうなりますよねぇ。取り敢えず俺が保月二千翔であると気づかれなかったのは本気で安心した。まだ安心できる状況下ではないけど。
諦観にも似た感情を抱きながら状況を分析する。
羽実からすれば俺のことは見知らぬ他人だろう。もしかしたら大学で見かけたことくらいはあるかもしれないが、それでも会話したことは無いし記憶に残ってない可能性の方が高い。
うん、なら関係性を騙れるな。不幸中の幸いと言うべきか、この姿で羽実と話してなくて良かった……。
「私はその……二千翔さんの友人です」
「二千翔の!?」
何でそんな、あいつ洞木以外にも友達いたんだ、みたいな驚嘆の表情をするんだろう。こいつめ、男なら殴り倒してたぞ? まあ羽実相手でも体格的に負けるけど。後で覚えてろよ!
「は、はい。今日は用事があって来てたんですが、二千翔さんがアルバイトのヘルプで出勤してしまって……」
「え、えっと。帰らなかったの……んですか?」
「そ、そうです! パソコンで進めなきゃいけない課題があったんですけど私の家にはパソコンが無いので借りてたんです」
「……で、でも。学校にもパソコンはあるん……ますよね」
この子どんだけ人見知りなんだ。洞木の時も思ったけど、ここまで筋金入りだと我が幼馴染ながら心配になってくる。俺がいないときホントどうやって生きてるんだろうこの子。さっきまでの激情が滅ぼされるレベルの哀れみを覚えちゃう。
「そうですね…………でも学校のパソコンって重いじゃないですか。CPUも古いですし。だから無駄にスペックの高い二千翔さんのパソコンを借りようって思ったんです」
「そ、そうなんですか……そう……はい……」
凄い勢いで語尾が萎んで行ったな今。
……本気で心配になってきた。ここまで押しに弱いといつか変な詐欺に引っ掛かりそうで怖い。幼馴染としてどうにかしてあげたい気持ちもある……けどまあ今じゃないな。覚えてたらまた考えよう。それよりこの状況をどうにかしないと。
「それじゃあ、中にどうぞ」
「ええと……あの……はい」
取り敢えず招き入れる。羽実はおどおどとしながら着いてきた。
洞木がベッド下に潜んでいるワンルーム。そんなことを知らない羽実は戸惑うように足を踏み入れる。
「今お茶淹れますからね」
「お、お茶なんて……別に。というか私、二千翔が居ないんなら中に入る必要なんて無かったんじゃ」
「はいはい。待っていてくださいねー」
羽実の言葉をスルーして電気ケトルからお湯を注ぐ。ちゃぽんとティーパックを投入。後は一分待つだけだ。
「粗茶ですけどどうぞ」
「え、あ、ありがとうございます……」
「いえいえ。こんな安いお茶で申し訳ないです」
「だ、大丈夫です」
どもりながら羽実はお茶の入った安いコップを受け取った。
「さてと、う……えーと間違いました。名前、なんて言うんですか?」
「……安栖……う、羽実」
「安栖ううみさんですか? 可愛らしい名前ですね!」
「羽実よ! ……です」
何この生き物、ちょっと可愛いと感じてきたんだけど。言動が比喩とかじゃなく借りてきた猫だ。いつもこんなんなら良いんだけどね……いややっぱり辞めて欲しい。今はありがたいけど幼馴染としては違和感が強すぎて会話に困る。
「安栖さんですね! 今日は何で二千翔さんの家に……?」
ジャブを放ってみると羽実は分かりやすく狼狽した。
「ち、違うの! 私、あいつとは……こいび……とかじゃないからね!?」
「あ、はい。分かっていますから大丈夫ですよ」
だって本人だもの。俺が誰とも付き合っていないのは一番良く理解している。……え、ナニコレ。なんか凄い悲しくなってきた。
「なんだかまるで、あいつの理解者みたいな言動ね……ですね」
「そ、そんなことは無いですよ? あと安栖さん、無理して敬語使う必要ないですよー」
「む、無理なんてしてないけど……でも、そうさせてもらおうかしら……」
「ええ是非是非。それで何で二千翔さんの家に?」
再度訊ねると、明確に動揺したように目を泳がせる。
「いや……ちょっとね。二千翔とはこの前色々あって……その……謝ろうかなって……」
「そうなんですか……」
羽実は気恥ずかしそうに俯いた。
アレは完全に俺が悪かったと思うんだけど、羽実がそこまで責任を感じているなんて。何も行動を起こせなかった自分が恥ずかしくなる。……今度また俺から何か行動を起こした方が良いかもしれない。
「わ、私の事情は良いんだけど! レポート書いてるんでしょ!? 大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ、ほとんど終わってますので」
「なら良いんだけど……私のせいで進捗が滞ってたりしたら申し訳無いと思ったし……」
照れているのかその声は普段と比較して小さい。騙しているからか指先に木の棘が刺さったみたいに罪悪感でチクリと心が痛む。だが顔には出さないのが保月クオリティー。女装とポーカーフェイスは切っても切れない蜜月な関係なのである。
お茶をずずずと啜りながら取り留めの無い雑談を続ける。羽実はやはり俺のことに本気で気付いていないようだった。俺を見る目は何処となく余所余所しく、敬語こそ無くなったが態度も柔和なものである。平時の羽実を知っている俺だからこそ確信できる。保月二千翔が相手ならばここまで気を遣った態度を取るとは思えない。もっと適当でぞんざいに扱われるに決まっている。我ながら確信の根拠が悲しすぎるだろ。
お茶を飲み切って幾分か打ち解けた雰囲気に変化していた羽実が、そういえば、と思いついたかのように口を突く。
「それにしてもアンタ……うん、そうよねやっぱ」
「なんです?」
「えっと……こういうことって言葉に出しちゃっていいものかしら?」
「そんなことを言われると気になりますって……別に何を言っても怒りませんよ?」
「なら言うけど……もしかして二千翔の恋人?」
……………………は?
「えっと誰がですか?」
「アンタよアンタ」
「えっ……ええー」
俺が……何?
俺が俺の彼女……?
……いや待て待て、なんだそれ!?
「だっておかしいじゃない。幾ら二千翔でも友達に留守を任せないでしょ。家に帰らせるわ普通。それに二千翔の家のお茶も勝手に淹れてるし」
「ち、違いますよ! 別にあの、私は二千翔の彼女なんかじゃ」
「はいはいご馳走さまでした。……あいつにこんな可愛い彼女いたなんて、洞木さんはともかくホモじゃなかったのね。悩んでた私が馬鹿みたいじゃない。一回ブン殴ってやろうかしら」
おい、小声で言っても聞こえてるからな。自分は違うみたいなこと言ってた癖に、ああもう、このスイーツ脳が! こんなんでホモ疑惑を解消できても嬉しくねえよ!
俺は悟られないように小さく溜息を吐いた。
本当にふざけた話だ。自分同士で付き合ってるなんて。
しかも羽実からすれば案外理屈として変じゃないから猶更厄介だ。羽実の言う通り、もし突然アルバイトが入った時に部屋に洞木や羽実がいたら俺は適当に追い出すだろう。信用してないわけじゃないが、家族とかでない限り家を任せようなんて思わない。
とにかく勘違いを正さなくては。俺が俺と付き合うなんて意味不明だ……!
「私は二千翔さんとは友人で!」
「分かった分かったわよ。あいつが隠してるんなら何か訳があるんでしょ。詳しくは聞かないわ……と、もうこんな時間なのね。どうせあの馬鹿は夜まで帰って来ないだろうし私はもう帰るわ」
「え……安栖さん!?」
こいつ! 勝手に勘違いして勝手に帰ろうとしてやがる……!
間違いない、今日は厄日だ。もうやだこの子。お家帰りたい。お家ここじゃん。
「お茶をもう一杯だけ入れるのでもう少し話しませんか?」
「そ、そんなの悪いわよ。それに私も来週までのレポートやらないといけないから」
動きを制止しようとカップを持ち上げて延長アピールをしてみるが、羽実は腰を浮かした。え、マジで帰るの? 勘違いしたまま帰るんでせうか羽実さん?
羽実はそのまま玄関へと歩いていき、俺は慌てて追いかける。
「今日は楽しかったわ。二千翔に宜しく……いや、次会う時は歯を食いしばれって言っておいて」
「私に何を言わせようとしてるんですか!?」
「…………冗談よ。それじゃあ」
あっ本当に帰りやがった……。というかその伝言、絶対冗談じゃないだろ。冗談なら今の空白はなんだ。俺は殴られる覚悟しなきゃならないんですかね……?
早歩きで去って行く羽実の後ろ姿を眺めながら後頭部をわしゃわしゃと掻き毟る。玄関横に据え付けられた鏡にはウィッグの金髪があちこちに跳ねてしまっている俺の姿が映っている。
はぁ……。
結局誤解を解くことは出来なかったか。俺、これからどういう顔をして羽実と会えばいいんだ……。
どうにもならないもやもや感を抱えつつ、ドアの鍵を閉めて部屋に戻る。
「もう良いですよ。ありがとうございました」
ベッドの下にいる洞木に声を掛けると、ごそごそと洞木が這い出てきた。
「ああ、やっと帰ったみたいだね。全く、僕が閉所恐怖症とかだったらどうしたのさ」
「そしたらベランダで待っててもらったかもです」
「二千翔、そっちの方が僕は良かったんだけどな」
「あ……すみません。気付けませんでした。今度なんか奢りますので許してください」
「いや良いよ。おかげで見つけたものもあるからさ」
「見つけたものですか?」
洞木は埃を落とすかのように片手で全身を払うと、それから背に隠していた左手を前に……。
───ちょっと待て。
「あ、あの、洞木さん? そのスクラップ帳は……」
「これかい? ベッドの下に卒業アルバムがあったからさ、不思議だなぁと思って中を確認したら随分と面白いものを作っていたみたいだね一花ちゃん?」
言いながらスクラップ帳をパラパラと捲る。そこには俺がグラビア雑誌から激選して切り抜いた秘蔵写真の数々が貼り付けられている。
クソ……スクラップ帳の存在を忘れてた……。今日は本当に悪いことに悪いことが重なる日だ。何が目的だ洞木……答えによっては土下座しながら全力で詫びてやる!
「そ、それをど、どうするつもりですか」
土下座の覚悟を固めつつ恐る恐る問いかけると洞木は「そうだね」と相槌を打つように言って、手元のスクラップ帳に目を落とす。
「別にどうもしないさ。ただ後学のために全部見させてもらったよ」
「何の後学ですか!? ……あの。ところでそのスクラップ帳……返してもらったりとかできますかね?」
「ああ、ちょっと待って。中身の写真撮っとくから」
「撮らないでください!?」
とか会話してる間にもスマホでパシャパシャし始めるし……。何なんだこの人。
数ページに渡って写真を撮ると、満足したように洞木はスマホを懐に戻した。
「うん、はい」
「あ、ありがとうございます」
「さて、それでどうするんだい二千翔」
あっさりと渡されて間を抜かれた表情を浮かべる俺に、洞木は微笑んだ。更に続けて言う。
「僕も暗くて狭い場所から聞いてたけど君は二千翔の彼女になっちゃったんだって?」
「あー……思い出したくないです。マジで何ですか私の彼女が私って。三角錐パズルの中にいるもう一人の僕じゃないんですよ」
「C級SF映画でもここまで突飛な話は中々無いよね、二千翔の彼女の一花さん?」
「うるさいですね……本当にどうすれば良いんですかねこれ。全く解決方法思いつかないんですけど……こうなったらいっそ二千翔を殺して成り代わりますか?」
「成り代わるってどっちも自分だろうに」
羽実の誤解を解くにはどうすればいいのか……全然方針が思い浮かばない。羽実に「実は俺も保月二千翔でしたー! へっへー実は女装が趣味なんだ俺!」とか女装趣味を暴露すれば秒でこの問題は終わるだろうけど、その場合は幼馴染関係も同時に終わる。……参った。降参。サレンダー。詰みです。ホントありがとうございました。保月二千翔の次の作品にご期待ください!
俺の苦悩を知らずか、洞木はふふんとでも言いたげなしたり顔で口角を上げる。何故かそのまま華麗に一回転してスカートをはためかせると、得意げに人差し指を立てた。
「聞いてくれ二千翔。僕に一つ、奸計があるんだ」
次話は17日17時です。




