1幕 知らんイケメンに女装がバレました。死にたい
ハーメルン様で先に投稿しています。
現在、俺は宇宙創成以来最大のピンチに陥っていた。
「ねえ。君って男だよね?」
「そ、そんなことはないです……ホントデス」
人気の無い講堂の裏手にある薄暗い階段。太陽に光も十分には届かず、不良高校ならヤンキーの溜まり場にでもなること請け合いのこの場所で、俺は同じ講義を受けるイケメン君に詰められていた。
イケメン君のことを俺は知っていた。そりゃもう、見た目だけなら十全に。マンモス大学とは言えイケメン君とは同じ講義を複数受けていたし、何よりイケメン君は目立つ。背丈は高く、足とか手首とかは程よい筋肉ながらスラリとしていて、シミ一つない整った目鼻立ちに爽やかスマイルをコピー&ペイスト。ついでに整髪料で癖を付けた茶色の髪にミントチョコみたいに優しい声音を加えてイケメン君一体の出来上がり。俺とは似ても似つかぬガチイケメン君だ。
そんなイケメン君は俺を挟んで流麗な仕草で手を壁にピタリと付ける。えっ嘘、壁ドンですか? 俺人生で一回もされたことないんですけど。流石イケメン、取るアクションもイケメンクオリティーだ。略してイケティー。何だかイケてるTシャツみたいだ。あれ、もしかして俺、思ってる以上に余裕があるんですかね? とかあせあせと自問自答を繰り返しているとここでイケメン君のターン。イケメン君はイケメンな手草で俺の顎をくいっと持ち上げた。
「ほら、分かりづらくしているけどこの骨格。頬骨が出てるし、肩も少し男性的だ」
「ナンノコトダカサッパリ」
目に掛ったウィッグの金髪を人差し指で弄りながらすっとぼけてみる。いや本当に分からないなー俺って本当に女の子だしなーいやー分かんねっす。ABC問題とかミレニアム懸賞問題くらい分かんねっす。ホント、数学上の未解決問題とタメ張っちゃうレベルだから俺って。
しかしイケメン君は諦めない。何と耳元で囁いてきた!
「ふぅ、肩の力を抜いてみて。うん、僕の予想通り。全体的に男性的な身体付きだ。やっぱ男じゃないか」
何か勝手に納得された。いや、もうこの際認めますから! 確かにそうですよ俺は戸籍上もジェンダー上も間違いなく男ですけどそれが法律的に問題ありますか!?
てかさ、男に対して壁ドンしたり囁きASMRしてくるイケメン君はホモなんじゃないんですかね?(迷推理)
俺は訝しみながらイケメン君のイケメンな正面顔を見て溜息を吐いた。
さて、諸君。女の子は好きだろうか?
俺は好きだ。大大大好きだ。
実家には雑誌に載っていたグラビアアイドルの写真を切り取って作ったスクラップ帳があるし、大学には入って一人暮らしを始めてからは好きが高じて女装も始めるくらい好きだ。人々は「女装は流石にヤバくね?」「拗らせ童貞の末路(笑)」「きっっっっっっしょ」などと心無い罵詈雑言を浴びせてくるが何の問題があるというのか。女装なんてアニメ好きが高じてコスプレしてるオタク達と根本は一緒だというのに、女装男子に親を殺されでもしたかのように彼らはアグレッシブに反応してくる。
もしこれで惨い姿になってしまったならば多少の諦めが生まれたかもしれないが、幸いにして俺には女装の才能があった。元来中性的で漢らしさとは対極にあった柔和な顔付きは幾許かの化粧やウィッグ、女性物の洋服で飾ってしまえば完全に美少女になれちゃったのだ。ついでに声も高い方で違和感もあまりない。我ながら逸材だった。うん、これは俺は悪くない。俺の顔立ちが悪い。転じて両親が悪い。
女装を始めたばかりの時はまだ大学は始まっておらず、最初の三日間は買いだめしたカップ麺を消費しながら女装した自分の写真を撮りまくった。どの画角が一番映えるか、どの服装やポーズが目の前の少女に最適か、と只管に研究をしていたのだがふと俺は足りないものに気付いた。
目の前の金髪の美少女は確かに可愛いと思う。自分で言うのも何だけど顔立ち良し、身体のラインも男ならなよなよしいが女の子としては良し、おっぱいだけは皆無なのが悔やまれるがそれはそれで良し。三拍子揃って無欠の女装だけど、これじゃ足りないのだ。
そう、視線。俺は無意識に視線を求めていた。
この少女は俺だけに見られていて、俺だけにしか認知されていない。それはとんでもなく世界的な損失であるし、俺の中の少なくない善性がこの感動体験を他人にも分けてやれと囁いていた。最早この女装姿の俺は俺じゃない。敢えて言えばこの子はアイドルなのだ。この頃から気分的に俺は存在しないこの少女のプロデューサーだった。デレステのやりすぎだったのかもしれない。
自覚した俺の手によってフェイズ2に進む。
次は近所で買い物をしてみることにした。俺の目は確かだったみたいで、普通の女の子として浮く事はなく街に馴染むことが出来た。性別がバレそうになるハプニングも幼馴染にバレるとかそういうドラマ性も無く、俺は呆気なく夕食のカップ麺を買い込んで下宿先のアパートに帰ることに成功してしまった。
「これ……イケるのでは……?」
数日程スーパーだけではなくゲーセンやラーメン屋、ドラッグストアの化粧品コーナーへと外出を繰り返した俺は更に自信を持った。
俺のアイドルは可愛い。とんでもなく可愛い。
……じゃあこれ、大学でも通用するんじゃないか?
そして俺は最終フェイズを発動。大学の講義に女装姿で出席することにした。
当然出る講義は選ぶ必要がある。語学や出席を取る講義は流石に身バレしてしまう可能性が高いからだ。そうなれば必然的に教養科目や大人数が受講する専門科目で試すことになった。
素の姿で出席した入学オリエンテーションに違和感を覚えながら、翌日の講義は女装して家を出る。
300人以上出席する講義の初回授業だったが、俺の姿はかなり目立っていた。あちらこちらで俺について噂をする姿が見えた。その時は可愛いからかと思ったけど、今考えてみれば金髪が目立っていたのかもしれない。大学デビューで金髪に染めてくる女子なんて少なくはないが多くもない。黒髪や茶髪が多い中で蛍光灯の光を明るく反射する金髪はその場に置いてもマイノリティーだったのだ。
物珍しい気な視線はあったが結局俺はバレる事は無かった。最も異性に敏感な思春期を迎えた若者が闊歩するキャンパスでも誰も俺のことは分からなかったのだ。
それからはずっとバレないように隔週で女装して講義を受けた。当然俺は同級生たちがそれぞれグループを作っていく中でブームに乗り遅れてぼっちになる羽目になったが後悔はない。寧ろ今の状況的に友達なんていない方が自由が効くから問題ない。俺は友より女装を取ったのだから後悔なんて1ミリもない。問題ないったら問題ないんだ!
それに友達はいないが俺には異性の幼馴染がいる。いや、ラノベの設定とかじゃなくて本当に。
家は隣同士。小中までは一緒の学校だったけど高校で別になって、そして大学では一緒の学部になったのだった。何と言うか、数奇な運命だと思う。学科は別とは言え一年の内は基礎的な講義も多いから幾つか同じ講義を受けており、一緒に授業も受けている。勿論女装せずに。女装については誰にも話してないし、自慰姿を見られたこともある妹にも言いたくない俺の最大級の秘密である。
隔週で受講している最大の理由はこれだった。或る週は男の状態で幼馴染と受けて、また或る週は女装してぼっちで講義を受ける。何故か浮気している気分になったりするのは何でだろう。俺、彼女出来たことないんだけどなぁ……作れるかな、この大学で。女装してるから無理かー。
そんなこんなで四月は駆け足で過ぎ去り、五月も中旬に差し掛かった現在。
「だよね、僕も合っててホッとしたよ」
「私は心臓バクバクで全然ホッと出来ないんですけども……」
遂にバレて、イケメンから詰問されることと相成ったのだった。泣けるぜ。
─── ─── ───
「まだ女の子みたいな話し方するんだね」
「当たり前じゃないですか! この見た目で俺とか言ったら本当にサブカルが痛い女の子になっちゃいますからね!」
イケメン君は俺のことに大変興味があるようで、これから二限だと言うのに全く動く様子はない。もう後2分で次の講義が始まるんだけどなぁ。
「そんなことより次の講義は大丈夫なんですか?」
「君はどうなんだい?」
「私は取ってないです。いけ、じゃなくて貴方はどうなんです?」
「いけ……? そういうことなら僕はサボろうかな。どうせ教科書を浚うだけで大したこともやらないし、それより僕は君に興味がある」
このイケメンが……! イケメン以外許されないような口説き文句を揚々と使いやがって……!
じゃあ行こうか、とイケメン君は俺の手を掴んで歩き出す。何この人肉食すぎる……あの、俺のこと本当に男って分かってるよな? 今はこういう見た目でも普通に恋愛対象はノーマルだからな? 同性は強くノーと言える男だからな俺って。
「あ、あの、何処行くんですか?」
「ここじゃ誰か来るかもしれないからね。もうちょっとゆっくり話せる場所さ」
うーん……。
素直に着いて行きたくないんだけど、このイケメンに正体を知られてしまった以上何かしらの方法を使って黙らせる必要があるからなぁ。ここは大人しく拉致されてやるよイケメンめ。
ゆっくり話せる場所と言っていたから学食か学内カフェかと思ったが、そのまま学校の敷地から出てしまう。正門の前にある横断歩道渡って、少し歩いた所にある喫茶店に入った。こんなとこに喫茶店があったなんて……しかも落ち着いた雰囲気ながらオシャレな小物もそこかしこに展示されている今風なカフェだ。やはりイケメンにはこの手の女の子が好きそうプレイスを察知するモテ力が常時備わっているのか? すぐに僻んでしまうけど許せ、俺はお前と違ってモテたことが無い人生なんだ。
対面の二人席に着くとメニュー表を渡される。イケメン君はもう決まっているのか俺の横顔を見てきて何だか背筋がヒンヤリした。大丈夫だよな俺。明日には裸でベットの上、なんて誰も得しない結末にならないよな俺。
カフェモカを頼んで、ウェイトレスが奥に引っ込んでから漸くイケメン君は口を開いた。
「そういえばまだ互いに自己紹介していなかったね」
「それは貴方が強引に校舎裏に引っ張ってきたからですよね?」
「あはは、ごめんね。確かに無理矢理だった。もし君の友人に僕と君が恋人と思われたら弁解するから許してよ」
「どうして恋人なんて話が出たのかは知りませんけど安心してください、学校に友達はいないので」
「それは……すまない」
うるせー!!!! 知らねえー!!!! ファイナルファンタジー。
俺の心はこの上なくささくれ立ち、50以上のバリエーション豊かな罵声が脳内を駆け巡ったが口には出さなかった。折角話が進展しそうなのに腰を挫くのもアレだと思った。何より俺は大人なんだ。多少泥を被ったくらいじゃ動じません。
「僕は洞木周。君と同じ学部学科の一年生だよ」
「そうですか。私は保月二千翔です」
「二千翔……珍しい、良い名前だね。これから宜しく」
「宜しくじゃねーです」
はははっ、とネズミパークの住民みたく朗らかに笑った洞木に自分でも驚くほど不機嫌な声が出た。というかなに、初対面で名前呼び? コミュ力バケモンかよ。それでいてこのイケメンっぷり。コイツなら彼女の100人や200人は余裕で作れそうだ。きっとこの四年は酒池肉林なんだろうなぁ……そして俺は女装で終わるんだろうなぁ……鬱だ。死のう。
プラスチックの食器道具入れからフォークを取り出して怪しく光に照らしていると、洞木は時間をたっぷり使ってワックスでセットしただろう細かい束が生え揃った茶色の髪を困ったように掻いた。
「気に障ったんなら謝るよ……ってさっきから僕謝ってばっかだね」
「別に良いですけど結局目的は何なんです?」
「目的?」
「まさか何も考えずに私を壁ドンして口説いて喫茶店に連れ込んだ訳じゃないですよね?」
「言葉にすると凄い僕、悪者みたいだね。というか君、本当に事情を知らないと女の子にしか見えない……」
それはそうだろう。俺の女装は完璧無敵である。
答えに困ったのか、場に一瞬の空白が生じる。その隙間を縫ってウェイトレスが俺のカフェモカと洞木のジンジャーエールを持ってきた。このウェイトレス……出来る!
一旦俺はカフェモカの入ったマグカップを傾ける。洞木もストローを加えて複雑そうに飲んでいた……喫茶店でジュースを頼むなんてコーヒー飲めないのだろうか? どうでも良いけど人生損しているよね。コーヒーはリリンの生んだ良い文明だよ。
自分に確認するように頷くと洞木は口を開いた。
「……そうだね、衝動的に君のことを連れて来たのは間違いない」
「帰って良いですか?」
「でも聞いてくれ二千翔。僕は君と仲良くなりたいんだ」
「それっておホモだち的なサムシングエルスな意味合いはありませんよね?」
「えっと……良く分からない。日本語で言ってくれないか?」
「あ、大丈夫です」
ようやっと落ち着ける。どうやら洞木はそちらの世界には詳しくないみたいだ。それなら俺の身も安全だろう、と考えながらカフェモカを更に一口。
しかし突然仲良くなるって言われてもね……。
「で、仲良くなるってどういう意味ですか」
「友達になりたいんだ。言葉にすると……そうだな、一目惚れした」
とんでもない。やっぱり奴は俺にとってアウトな存在だ。
「やっぱり帰って良いですか?」
「待ってくれ! 何だか良く分からないけどさっきから君は勘違いしている気がする! こんな気持ちを抱いたのは初めてで、僕は本当に邪気無く仲良くなりたいだけなんだ!」
「知ってますか? 無邪気な悪ってこの世で一番悍ましいんですよ?」
「違う! 僕を信じてくれ!」
洞木は段々と俺の懸念を理解出来てきたのか、それとも一種のイケメンシックスセンスで感じ取ったのか、必死に俺の言葉に食い下がる。必死な時こそ怪しいとも思うけど……うーん。
「そうですね……何で私と仲良くなりたいんですか?」
普通女装してる男と仲良くしたい人間なんていない、と考えて口にしてみたがこれが確信を突く質問だったらしい。
洞木は途端に狼狽えたように、何かを誤魔化そうとする途中で良心に邪魔されて桎梏から逃れられなくなったかのように、先程の明瞭な声音とは異質なしどろもどろな口調になった。
「それは……その…………」
「後ろめたい事とかあるんですか?」
「そういうわけじゃないんだけど……聞きたいかい?」
「いえ、話したくないなら良いです。別に凄い興味がある訳でもないので」
同情出来る要素なんて無いが、人の嫌がることを進んでやるほど小悪な性格でもないのだ俺は。それにこれは非常に俺にとって都合が良い。
「まあ良いでしょう。仲良くしましょう」
「良いのかい?」
「その代わりに私の事情は絶対に話さないでください。それが交換条件です」
「女装の事だね。そのくらい当然さ。僕は二千翔には嫌われたくないからね」
「このイケメンが……」
「何か言ったかな?」
「いえ何でも」
当たり前とばかりに頷いて、それからまーた今にも歯がぷかぷかと浮いて舞空術でも始めそうなほど甘い口説き文句を素面で言いやがる。僕が女装してるだけの普通の男じゃなかったら恐らくその甘いフェイスに落ちていたかもしれない。良かったー女装が趣味の普通の男で。それは果たして普通ですか?(自戒)
でもまあ、大学初の友達がイケメン君こと洞木なら悪くは無いか。彼のスマホの連絡帳は女の子の連絡先で1GB占めていてもおかしくないし、近くにいればその恩恵に与れるかもしれない。
打算的なことを考えて、ふと気づく。
「……あの、でも友達って何をすれば良いんですか?」
「二千翔って本当に友達いないんだね」
「その喧嘩買いますよ。裁判を起こします。慰謝料もふんだくります。次は法廷で会いましょう。覚悟の準備をしておいて下さい」
「二千翔って偶に良く分かんないこと言うよね」
しまった、俺の脳味噌がネットミームに汚染されていることがバレてしまう。まあいいか、知らないっぽいし。ワザップは信じちゃいけない。
洞木は難しそうに眉を顰めると、小動物のように小さな動きでストローを咥えた。可愛さ1割ムカつき9割。狙ってんのかおい。マジで喧嘩は買うぞ。その動作なら春休みに研究し続けた俺の方が可愛く出来る自信あんだからな!
「でも……男の子っぽい遊びって何をすれば良いんだろうな」
「その言い草だとまるで女の子としか遊んだことないように聞こえますね」
「え、凄い! 良く分かったね……視線が怖いよ二千翔?」
何だコイツ。いやホント、何だコイツ。生まれながらのハーレム体質ですか? 恋愛ADVの主人公ですか? ちょっとそのモテモテ体細胞俺にも移植させろ頼むから。
「ええと、もしあればで良いけど二千翔は何か案ある?」
洞木は若干縋るような視線なのに何故だろう。言葉の節々から「お前友達いないし無理しなくてもいいけどあればどうぞ」みたいな色を感じる。舐めるんじゃない、確かに俺は大学に知り合いは1人しかいないしそれも昔からの幼馴染だけど、高校時代にはそこそこ男友達いたんだからな。洞木が思っているほどパーフェクトぼっちじゃないわ!
と、心中で弁明してみたものの高校生男子が複数人集まってやることなんて大概ルーティン化されている。
「そうですね……私の経験だとカラオケ、ボーリング、ゲーセンをその日の気分で適当に決めて行ってたくらいですから」
イケメンには分からないでしょうけど、と更に心の中で付け加える。洞木はその間原宿の古着屋巡りとかしてそう。最早俺とは人種が違いすぎる。
大層失望しただろうなぁと洞木の様子を伺うと、不思議な事に洞木の表情は思っているほど沈んでいなかった。それどころか微妙に明るくなった気がする。
「僕、その三つやったことないからやってみたい」
「えっ……友達いたんですよね? 集まった時は何をしていたんですか?」
「あはは……お茶会?」
お茶会って思っていたよりお嬢様なご集団とお知り合いで……。洞木のせいでつい想像してしまう。場所は様々な薔薇が咲き誇るテラス席。女の子複数で俺が一人。午後三時の優雅な時間帯に紅茶とスコーン片手に談笑する姿を。
……普通に話の輪に入って行ける気がしない。やっぱり洞木のコミュ力ってパないんだなぁ。マジヤベー。洞木のイケメン力マジペーわ。比べて俺の語彙力は悲惨だった。
「君が良ければその……行ってみたいんだけど、どうかな?」
「えっと……今からですか?」
「どうせ2限のあとは昼休みだから時間もあるからね。無理にとは言わないけど……」
そう言って期待に満ちた眼差しを向けてくる。俺としても別に問題は無い。今日の講義、1限と4限だけなんだよなぁ……中途半端な履修の組み方をしてしまったのが悔やまれる。
「分かりました、行きます」と俺は控え目に頷くと、洞木は相変わらずの爽やかでクールミントな笑顔を浮かべた。