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試金石

その日、ロルフには確かめたかったことが二つあった。

一つはセレスティアが本当に自分に好意を持っているのかどうか。

もう一つは、自分が彼女に人生を託せるかどうかだ。


思い立つなりサマンサを巻き込んで自宅に突撃し、半信半疑でセレスティアを見つめてみれば、驚くほど簡単にどちらも是とする意志が自分の中に見つかった。

あまりに決まりきった感情はおかしな心地がしたものの、認識してしまったからには戸惑いなどなかった。


「忙しくなるな」


ロルフを知る人ならば他人のそら似だと思いたくなる晴れ晴れとした表情で空を仰ぐと、軽い足取りで家路についたのだった。


その夜、男だけになったスメラギ一家が久しぶりに揃っての食事時。


「ロルフ、何かあったのか」


普段は上がっていた試しのないロルフの口角が、今日に限っては帰ってきてからそこはかとなく上機嫌な気がして、未成年の孫ながら何を言い返されるかわからない緊張を抑えて、当主として、家族の代表として祖父は思いきって尋ねてみた。


「まあね。家を継ぐ決心をしたから」


どうせまともな返事はないだろうと考えていたのに、意外すぎる予想外な回答がサラダをつつきながら返されて驚いた。

祖父としては、当主である自分の期待を鬱陶しく感じているのではと心配していたところだったので、こうして意思表明してくれたのは本当に嬉しいことだった。

但し、次の発言を聞くまでは、だ。


「卒業したらすぐに継ぎたいから、そのつもりでよろしく。ついでに家格も上げたいから、その辺も考慮しておいて」


「……なんだって??」


祖父のすっとんきょうな声は、食卓の上でずいぶんまぬけに響いていた。


「レナルト、お前には協力してもらうからな」


動揺している祖父に構わず、ロルフはメインディッシュの肉料理を切り分けながら、まるで明日の予定を確認するみたいに気楽に頼んでいた。


「もちろんだよ!」


レナルトは大きく息を吸い込んで、やる気に溢れた返事をくれた。

しかし、想定内だったのはここまでで、この後は意外な人物が壁となって立ち塞がることになった。


「ロルフ、僕は反対だ」


最近、めっきり静かに閉じこもって、祖父より先に隠居生活を送っている父親が、珍しく鋭い目付きで意見を突きつけてきた。

対するロルフはぼんやりしたまま肉を頬張り、聞いているのかいないのか怪しい表情を父親に向けた。


「君はまだ若すぎる。僕は絶対に認めてあげられないよ」


今度は、珍しい表情ついでに父親らしい口調までついてきた。

そこでようやく瞬きをして焦点を合わせたロルフは、目を細め、らしい微笑で言い返す。


「ご心配なく。今のは、こう決めましたと報告したにすぎませんので」


それは暗に父親の意見など必要ないと示したのであり、反対されようと決行する意思に変わりないのだという宣言でもあった。

戸惑いと期待と懸念が渦巻く混沌の食卓にて、きっかけであり、元凶でもあるロルフだけが旺盛な食欲で平らげていくのだった。



 * * *



家を出ることばかり考えていたロルフが、家を継ぐと決意した翌日。

スメラギ商会は大変なことになっていた。


「はあ? 父さんが来てる??」


いつも通り、学校帰りのロルフとレナルトが顔を出すと、あの隠居状態だった父親が朝から仕事に精を出していると複数の従業員から聞かされた。


「なんでも、近いうちに家格を上げたいらしい。奥さんに逃げられて、ようやくスメラギの次期当主として自覚でもしたのかって、商会内じゃ、今日はこの話題でもちきりだよ」


「え、家格って、父さんが言ってたの!?」


混乱しているレナルトの質問に、迷いなく肯定されても、まだ疑問として戸惑っていた。


「……兄さん、これって、どういうことだと思う? 素直に協力してくれるんだって受け取ってもいいのかな」


「いや、昨日言っていたように反対しているなら、自分で上げた功績を引っ提げて俺が継ぐのを阻止するつもりなんだろう。すぐに対策を立てる必要があるな」


「様子を見るんじゃなくて?」


「嫌な空気だ。あまり、悠長なことを言ってられない気がする」


この時は、ほとんどロルフの直感だったが、この後、不穏な予兆は紛れもない確信へと変わる出来事が次々と起こるのだった。



 * * *



「兄さん。頼まれた五件とも、父さんが根回しした後だったよ」


「またか」


ロルフがスメラギ家を継ぐ下地作りの挨拶回りや商会の事業拡大計画は、ことごとく父親に先回りで手を打たれてしまう失態が続いていた。

ロルフやレナルトは昼間に学校があるので、どうしたって物理的に費やせる時間の差はどうしようもなかったが、それにしても、あの抜け作な父親の働きぶりには目を見張るものがあった。


ロルフは長年、父親を目先の他人の不幸しか見られない質の悪いお人好しだと信じきっていた。

なのに、時間の限られたロルフが練りに練り上げた一石二鳥どころか五鳥くらいを狙っていた策を全てさらっていった上でより効率的に実行していく手際は、これまでの評価をどうしたって見直さざるを得なかった。


今更ながら、父親に関する自分以外の評価が気になったので調べてみれば、ちょっと意外な事実が判明した。

父親がまぬけにも豪快に騙し取られるのは、決まって商会で大成功して懐に余裕がある時に限られていたのだ。

騙されたのだと知って自分の迂闊さをうつうつと反省した後、損した分を取り戻そうと仕事に精を出し、余剰ができては騙されるのを繰り返してきたらしい。

つまり、腐ってもスメラギ家の人間であり、能力自体は高いのだとロルフは初めて知ったのだった。

今回は家格を上げる為に手土産持参で挨拶回りをし、家名の宣伝として慈善事業に経費がかかっているので、当分は虫取りほいほいと詐欺に遭ってやる暇もないだろう。


ロルフが難しい顔を上げれば、いかにも不安げな上目遣いで頼りになる兄の意見を待ちかねているレナルトがいた。


「なあ、レナルト。お前は、順当に父さんが継ぐのが相応しいとは思わないのか?」


レナルトの性格上、焚きつけた責任を取るつもりでロルフを手伝っているのだろう。

だが、世間体を考慮するなら、鴨葱扱いだった過去はともかく、父親の行動は至極まっとうだ。

逆に、まだ学生でしかない若造が当主健在の家を乗っ取ろうとする企みこそ、相当無茶で勝ち目の少ない茨の道だ。


「うーん……まったく思わないわけじゃないんだけど、でも、父さんには貴族の威厳とか商会の取り仕切りって似合わないような気がして。それに、今、ロルフ兄さんがスメラギ家を継げなかったら、黙って出て行っちゃうでしょう」


「どうしてわかった?」


「僕にだって、それくらい読めるよ。だから、頑張ってよね。僕も精一杯頑張るから」


ははっと、ロルフは軽い笑いをこぼした。


「頼もしいな。だったら、俺も、全力で取りかからないとだな」


そう言ったロルフは、レナルトが知っている自信に溢れた顔をしていた。

その後、着実に代々の地盤で売り込んでいく父親に対抗する為、ロルフはありとあらゆるコネと伝手を駆使して、どんな手段も問わずに顔と名前を広めていった。


おかげで、スメラギ家の仁義なき親子対決は商会関係だけでなく、貴族内でも大きな話題となる。

その余波で、かつての鴨葱扱いな評判などすっかり払拭されたのは棚からぼたもちの成果だった。

但し、弟の期待に応えようと難関校で首席に居座り続けていたロルフは、とうとう当主を引き継ぐ決定打を掴めないまま卒業を迎えようとしていた。



 * * *



憂鬱な卒業式の前日。

ロルフは喫茶店として繁盛し始めたハーニッシュに呼び出されていた。

呼び出した相手は、驚くべきことにセレスティアだった。


「久しぶりだな」


「ええ、久しぶりね」


「元気だったか」


「まあ、それなりに」


しばらくぶりの再会は、傍目で見る分には緊張もぎこちなさも感じさせるものはなかった。


「そういうあなたは、相当な無茶をしていたようだけど」


苦笑混じりのセレスティアに、ロルフは表情を動かさないまま返事をする。


「悪かったな。抜け作だと信じていた父親に敵わない男を笑いにきたのか」


「まさか。ただ、卒業する前にお礼を言いたかったのよ」


セレスティアは少しも装っていない素顔で微笑んだ。


「あなたがくれたヒロインでいられる時間がとっても楽しかったから」


あれから、まったく会っていなかった二人だけれど、セレスティアの耳には毎日何かしらの噂が入ってきて、嫌でもロルフのことを考えないでいる時はなかった。

とうに想いに見切りをつけながらも、別れ際の不可解な呪いにより、もしかしたらと期待する余地のある日々は退屈を知らず、恋に恋するありふれた女の子みたいに、うきうき、ときめいていられた。


「だから、これは返すわね」


テーブルの上にそっと置いたのは、いつかに放り渡されたイヤリングだった。

ロルフは静かにため息を吐き出した。


「言ったはずだ。それには呪いがかけてあると」


「え、でも」


「諦めろ、二度と手放すことができない強力な呪いだ」


戸惑うセレスティアに、ロルフはさらっと、とんでもない計略を披露してくれる。


「明日にでも、君の家にファーマード教授から破談の申し入れがあるはずだ」


「……は?」


目が点になっているセレスティアを置いて、ロルフは勝手に解説を始めた。


「教授には長年気にかけていた初恋の君がいた。数年前、偶然にも教授の職場である学校に彼女が事務員として採用されたことで二人の交流が再開された。しかし、彼女には離婚歴があり、子どももいた。だから、お互いに二の足を踏んでいたのだが、婚約者がいる相手を一途に恋慕う生徒の噂に励まされた彼女が勇気をだして告白したそうだ」


ロルフの独演に、セレスティアは怒りに似た震えを覚えた。


「まさか、後押ししたのじゃないでしょうね」


「もちろんしたさ」


少しも悪びれないロルフに、セレスティアは絶句するしかなかった。


「教授の申し入れに、君のご両親は憤慨するだろう。だが、破談自体は互いに望むところなのだから、成立は必ずする。君の家は将来見込みのあるうら若き娘を年の離れた男に差し出すのだから、きっと裏で悪どい取引で交渉したに違いないと、まことしやかな評判が立って困っているところだったからな」


無駄のない鮮やかな手口にセレスティアは言葉もなかった。


「もちろん、悪い印象を払拭するべく、すぐさま歳の近い新たな縁談を考えるだろう。そんな時、近頃急成長を見せる商会を抱えたスメラギ家からの申し出があれば、君のご両親はどうするだろうね」


そう言うロルフが飄々としている辺りが、どっと冷や汗をかかせてくれる。


「何よ、それ。父親に勝てなかったんじゃなかったの!?」


「優先すべき内容が違っただけだ。家を継いだって、狙った獲物に逃げられたら、なんの意味もない」


「それ、本気で言ってる?」


獲物扱いに腹が立っているのに、セレスティアの口からは、もしかしたらと期待している台詞がこぼれていた。


「苦労したんだぞ」


それは、会話として成り立っているのか微妙な返答だったのだけど、それでも大変だったと伝えられた言葉はロルフの本音のように聞こえた。


「スメラギの家は、どうするつもりなの」


セレスティアは、早く強くなっていく鼓動に突き動かされるように問いかけた。


「卒業したら時間の融通が利くから、商会仕事をしながら、のんびり力をつけるさ」


「ううん、それじゃあ駄目」


セレスティアの返事に、今日、再会して初めて、ロルフの表情が動きを見せた。


「あなたは、今すぐ家を継ぐべきよ。私を破談された娘に仕立てあげたのだから、若き貴族当主くらいが相手じゃないと振り向く気にはなれないもの」


「ほお、言ってくれるじゃないか」


「当然の権利よ。でも、まあ、自分の為でもあるから、今度は私も一緒に奔走するわ。だから、一年以内に認めさせてね」


「……」


この一年、ロルフは自分でも相当な無茶をしてきた自覚があった。

が、セレスティアは輪をかけて目茶苦茶な要求を出してきた。


「できないとは言わないわよね。逃げられたくはないのでしょう」


その強気な発言とは裏腹に、ロルフの目には、ふわふわした不安を押し隠した女の子が映っている。


「はっ、笑えるよ。どうやら俺にも呪いがかけられていたらしい」


意味を図り兼ねている彼女に、ロルフは静かに問いかける。


「なあ、セレスティア。初めて出逢った時、傘でつついてきたのは狙ってやったことだったのだろう」


少し話せば、傘に振り回されるような人ではないと理解できた。

おそらく、あの時、セレスティアは胡乱な様子のロルフに気づいて注意を促してくれたのだ。


言い訳がまぬけだったのはともかく、ここに、こうしていられるのは間違いなくセレスティアのおかげだった。

呪いをかけられたは、その時だろう。

きっと、傘で衝つかれたのは心臓だったに違いない。

今、ロルフの前には着飾っていない素顔のセレスティアがいて、それでも尚、とても美しく柔らかに微笑んでくれている。


 

 * * *



翌日。

共に各々の学校を卒業したロルフとセレスティアは、早速、レナルトとサマンサを率いて作戦会議を開いた。

その結果、セレスティアの提案で、ロルフが以前から少しずつ進めていた女性向け商品の開発を広げる方向で方針は決まった。

具体的には、セレスティアが開発した化粧品をサマンサの伝手で売り出す流れにもっていったのだ。


品質は詐欺師と呼ばれていたほどの技術者の保証があり、上流社会で話題となったロマンスの二人が手がける恋のご利益の期待とも相まって、一気に社交界に評判が広まった。

果ては王宮にも伝わる人気ぶりとなり、あっという間にスメラギ商会の化粧品部門は王宮御用達となる。


その後は、嘘みたいな早さでスメラギ家の昇格とロルフの継承が決まった。

あまりの破格な展開に他の貴族との衝突はあったものの、婦人連を味方につけたロルフの立場は圧倒的に有利だった。

それでも、古里狸な貴族達の手を引かせる為の落としどころとして、一見不利と思わせる条件を進んで提案すれば、不承不承ながらも本気で妨害してくる者はまずなかった。

まあ、頑固に反対する者いたとしても、一生後悔したくなるような状態に陥る計略をロルフが巡らせていたので、磐石な構えだったと言えるだろう。


二人の卒業から一年と二ヶ月後。

ロルフは、とうとうセレスティアの要求を叶えることができたのだった。

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