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華麗なる復讐劇

スメラギ家から母親がいなくなって一ヶ月。


母親の実家との交渉は祖父が引き受け、穏便に、滞りなく折り合いがつけられていた。

その中心であるはずの父親は、当主の祖父からしばらく謹慎しているよう言い渡され、夫婦の寝室だった部屋で思い出を慰みにして引きこもっている。


端から見れば自業自得でしかないのだが、さすがにがっくり項垂れた背中が気の毒に感じないこともなかったので、ロルフはレナルトを側につけた。

その間、ロルフ自身は感傷とはさっぱり無縁で、家の仕切りと商会の売上向上に専念し、スメラギ家の抜け作な印象を払拭すべく戦略を練り上げていく。

家に帰る暇はなく、余計なことを考えなくて済むのは望むところだった。


「ロルフ兄さん」


そんなある日、本当に突然、商会本部にレナルトがやって来た。

ロルフは思わず懐かしいと感じてしまい、苛立たしい父親を頭から追い出す為にレナルトの存在も丸ごと消していたのだと気づき、少々ばつの悪さを味わった。


「父さんが何かやらかしたのか」


レナルトは首を振って、家の方は問題ないと答えた。

けれど、父親ではない何かは、なんでもなくないのだろうという気配だ。


「疲れているみたいだな。しばらく家に帰らなくて悪かった。もう少しでキリがつくから、そうなれば俺も……」


「兄さん、僕にも商会を手伝わせてよ」


言葉を遮る勢いでレナルトに思わぬ提案をされ、ロルフは目を見張って驚いた。


「家なら父さんがいるから心配いらない。もう、気持ちの整理もついてきたみたいだから、僕にもできることがあるならやってみたいんだ。それに兄さん、国立の高等学校に入学したばかりなのに、ほとんど行けてないんでしょう」


「ああ、それを心配してくれて来たのか。いっそ、退学してしまおうかと思ってたところだから、お前は気にするな」


「そんなの、絶対によくない!!」


滅多に怒らないレナルトの叱責に、ロルフはこれまた目を丸くしてびっくりした。


「そんな風に、簡単に投げ出さないでよ。僕、兄さんが首席で卒業するの、すごく楽しみにしてるんだからね」


内容を吟味してみれば、レナルトこそ勝手な主張をしてくれたわけだが、人のよい弟なりに気遣ってくれているのは伝わってきたので、あまり情で動くことの少ないロルフでもじんわり感じ入るものがあった。


「わかった。来週から、きちんと学校に通って、放課後には一緒に商会仕事だ。それでいいな」


ロルフの説得にはもっと時間がかかると覚悟していたレナルトなので、案外あっさり承知してくれた展開に戸惑いつつもほっとしていた。


「今日は、もう帰るのだろう。来たついでだ。レナルト、これを持って行け」


無造作に渡されたのは、鈴蘭の彫刻が施された宝石箱だ。

蓋を開けば、母親が身につけていた覚えのある装飾品類が入っていた。


「母さんが、俺達にと置いていったものだ。質も細工もいいものが揃っているから、サマンサなら上手に使ってくれるだろう」


「え、どうしてサマンサさんが出てくるの!?」


気が動転した分だけ、レナルトの頬は熱くなる。


「似合いの相手だと思うぞ」


レナルトが友人から紹介されたサマンサ嬢は、本人が噂よりも上回る実態もあるのだと感心してしまうくらい素敵な女の子だ。

生真面目で気の利いた冗談も言えないレナルトなので、対面すると気後れしてしまうのだが、社交的なサマンサは会う度に気さくに声をかけてくれている。


レナルトに嬉しい気持ちがあるのは間違いないのだけれど、日に日に評判が高まるサマンサに戸惑い、振り切れない想いを抱えていた。

それが、今、見る目も判断力もある兄に似合いだと褒められて、初めて浮かれた気分に占領されたレナルトは照れ隠しで手の中にある宝石箱を見つめた。

そこで、ふと、あることに気がついて表情を曇らせる。


「兄さん、自分の分は取り分けたの?」


「まったく、めざとい奴だな。生憎と、俺には素敵な相手がいないんでね」


「そういう問題じゃないでしょ。一つくらいは持っていてよ」


このまま、うやむやにして終わらせてしまいそうなロルフに、レナルトは選んだ一つを無理やり押しつけた。

ロルフの手に乗せられたのは、白い小さな巻き貝のイヤリングだった。

母親が普段から身につけていたもので、海のお守りなのだと言って、父の無事の帰りを健気に祈っていた姿を思い出す。


「残りはとりあえずもらって帰るけど、それは返品不可だからね」


上目遣いでじりじりと後退っていくレナルトは、それじゃあと挨拶するなり、逃げるようにしていなくなった。

残されたロルフは苦笑をこぼし、イヤリングをそっと引き出しの中にしまっておいた。



 * * *



街並みを走り抜ける足を緩めたレナルトは、見えるはずもないのに後ろを振り返って確認しないではいられなかった。

自分からは何にも執着しない兄の性格をもどかしく思いながらも、久々に兄弟らしいやり取りができたようで、照れ臭ささを嬉しく思う。

そのせいか、見慣れた景色も、つられて温かみを感じた。


「あれ、今日はすごい盛況だな」


風景を楽しみながら散歩気分で歩いていると、スメラギ商会が経営するハーニッシュという喫茶店がやけに賑わっていた。

喫茶店と言っても、商会本部からあぶれた関係者が立ち寄るくらいの休憩所として身内感が強い場所なのだが、今は珍しくレナルトと同年代が溜まっているようだ。


「みなさん、ごめんなさい。待ち人が来たから、今日はこれで」


人だかりの中から一際凛とした声が聞こえたと思えば、先ほど噂していた女の子が駆け寄ってきたので必要以上にうろたえてしまう。


「お帰りなさい、レナルトさん。お兄さんがどんな様子だったのか気になってしまって」


一直線に寄ってきたのは目鼻立ちがくっきり整った、とびきり美少女として評判のサマンサだ。

おかげで、サマンサの背後から、羨望と恨みつらみが入り交じった熱い視線を突き刺される。


「レナルトさん? もしかして、お兄さんに会ってもらえなかったの?」


レナルトの憂いを違う意味合いに捉えたサマンサが、心配そうに見上げてきた。


「大丈夫だよ、サマンサさん。きちんと会えたし、家に帰る約束もしてもらった」


「それならよかった。私が言い出したことだから、余計なお世話だったのではないかと心配で。つい勝手をして待ち伏せてしまいました」


サマンサがこう言うのは、数日前、元気のないレナルトを気遣って声をかけてくれたのをきっかけに、兄を訪ねることにしたからだ。


他人に聞かせる話ではないと思いつつも、取り残された気分で塞いでいるところに寄せられた思いやりだったので、レナルトはつい、ここ最近の家の事情をすっかり話してしまった。

その時、同じ状況にいるはずのロルフが商会にかかりきりだと聞いたサマンサは、仕事を言い訳にして家族から遠ざかっているようだから様子を見に行ってはどうかと提案してくれたのだ。

それで今日、予告もなしに顔を見に行ってみれば、ロルフはぎょっとする顔色で暗黒のくまを携えた柄の悪い目つきとなっていた。

だから、レナルトは前々から考えていた、商会の手伝いを申し出たのだった。


レナルトだって、いつか自分も助けになれたらとは考えていた。

ただ、サマンサが言ってくれなければ、ロルフが倒れるまで一人で無茶をさせていたかもしれない。


「サマンサさん、本当にありがとう」


親身になってくれる彼女に、レナルトは見かけにはよらない魅力で惹かれる引力を感じるのだった。


「それでは、わたくしはここで失礼します」


「え?」


「レナルトさんが、お兄さんと喧嘩別れをしてきたのではないと確かめたかっただけですから。気になったからといって、勝手に待ち伏せていてごめんなさい。これからはレナルトさんも忙しくなるでしょうから、会いに来るのは控えなくてはいけないですわね」


無理やり微笑むサマンサのいじらしさに、気づけばレナルトは手を取って引き止めていた。


「あの、よかったらだけど、お礼をしたいから家に寄ってくれないかな」


かなりの勇気を振り絞って誘った瞬間、レナルトは頑張ってよかったと心から思った。

なぜなら、いつもは凛とした佇まいのサマンサが、耳まで真っ赤にして照れていたのだから。


「あの、お邪魔でなければ、ぜひ」


俯き、小さな声で返事をくれたサマンサに、レナルトは失ったばかりの喪失感を補って余りある幸福の予感がするのだった。



 * * *



季節が一つ巡り、太陽が近づいたと感じる今日この頃。


ロルフは学校に通いながら、放課後になると商会や家の切り盛りの戦力になり、時間が遅くなっても一日に一度は家に帰るようにしていた。


それらを手伝うようになったレナルトが流れを一通り覚えた頃でもあり、欠けたなりに家族としてまとまりを取り戻したと安堵していた頃でもある。


但し、弟の絶大なる期待を裏切って、頼れるロルフは家を出ることばかりを考えていた。

レナルトに丁寧に手解きしているのはスメラギ家を継いでもらう為であり、自分がいなくても困らない体制を整えているにすぎなかった。

とは言え、せっかく通い始めた学校を辞めるのはもったいなく、卒業と同時に出ていこうと決めているので、それなりに長期的計画でもあった。


そんなロルフが当面の厄介だと思っている事案が一つ……。


「ロルフ。悪いが、今夜も付き合ってくれ」


「はい、わかりました」


スメラギ家当主の祖父に呼びかけられて、ロルフは内心でまたかと、ため息をついていた。

最近になって、連日で夜会に付き合わされているのは、祖父がすでに連れ合いを亡くしていて、息子も謹慎の身なので任せられず、繰り上げとして孫のロルフにお鉢が回ってきたからだ。


――という体になっているのだが、本当は次期当主としての公報活動と、ついでに相応しい結婚相手を探しておこうとの思惑が含まれているのをロルフは早くに察していた。

全てを理解していながら、今のところは素知らぬ振りを通している。


祖父と孫。

互いに腹の中を隠しながらの今宵の会は、黒々とした内心とは裏腹に華やかな様相だった。

客人らが流行最先端を取り入れた会場に感心のため息吐息で褒めそやしている中、ロルフだけは冷ややかに趣味が悪いと評価を下して眉をしかめていた。


いつものように知人らへの挨拶を済ませた祖父から解放されれば、一人になったロルフの元には、あらかじめ打診してあるのだろうご令嬢が数人、入れ替り立ち替りやってきた。

今は、この会を主催した富豪の娘が挨拶を装い、スメラギ家の長男を値踏みの真っ最中だ。


全身を全霊で流行に固めて着飾っている辺りが、ロルフの好みとかけ離れている。

ただ、そういう自分を持たない女の子にしては小綺麗にまとめている点は悪くなかった。

他に目につくところが他になく、話題作りとして褒めてみれば、嬉々として父親の顔利きで無理をして取り寄せさせたのだと自慢を始めたので、これはもうないなと白けた心地で流し聞いていた。


いつか家を出るつもりだからと言っても、一緒に来ている祖父の顔に泥を塗るわけにもいかず、ここから先は対等にやり返せないロルフにとっては、一人きりの我慢比べ大会でしかない。

精々、別の令嬢が割り込んでくれるか、雰囲気を察して祖父が呼び出してくれるのを待つばかりの身の上だ。

けれど、今夜のロルフは待つ以外の対策を考えつき、軽い戯れとして試みたくなっていた。



 * * *



「ご友人ですか?」


主催家の娘の付き添い、そんな立ち位置で会に参加していた少女は、目立たないよう後ろに控えていたにも関わらず、とある客人に見出だされて驚いた。


「え、ええ。そうです、初めまして」


「初めまして。私も祖父の付き合いで来ているので、お仲間ですね」


挨拶だけで共通点を見つけ出し、何気なく親近感を持たせようとする話術の見事さが、少女には場馴れしている軽薄さに思えて苦手な印象を与える。


「そのドレス、感じがいいですね。古風なブランドが好みなのですか?」


少女は、今度は素直に驚いた。


今夜は私が主役と言わんばかりの友人の面倒なリクエストに応えて仕上げたザ・最先端の揃えに対して、自分のは控えめで、且つ側にいてもおかしくないクラシックにまとめた拘りの装いだ。

それを、同性ではなく、異性に指摘されたことにびっくりしたのだ。


「とてもお似合いですよ」


意外にも柔らかく褒められたので、もう少し話をしてみたい衝動にかられたけれど、同時に訳のわからない危うさを感じる不思議な人だった。

しかし、その訳はすぐに判明する。


「せっかくのご縁ですし、同じ付き添い仲間として私と踊っていただけませんか? 丁度、暇を持て余していたところでもあったので、付き合っていただけると助かります」


少女は、ひいと悲鳴を上げたい心境だった。

主役だと言わんばかりに着飾っている友人をうっちゃって話しかけてきたくせに、踊りに誘うだけでなく、暇だったとまでのたまってくれたのだから。

迷惑なナンパ野郎の肩越しに送りつけられている、友人の呪いにも似た怨みの視線にぞっとする。


「では、参りましょう」


少女が青ざめている無言の間を勝手に了承と捉えたナンパ野郎は、手慣れたさばきで踊りの輪に溶け込み、自然な様で軽快なステップを踏み出した。

さっきの印象通り、リードの取り方は恐ろしく流暢で強引だ。

おかげで、恐れを抱いて拒絶すべきなのか、流されて適当に楽しむべきなのかも迷ってしまう。

ちらりと見上げてみれば、相手は意味ありげに意地悪そうな笑みを浮かべていた。


「今日は傘を差さなくていいのか?」


「――っ、なんで!?」


「忘れるわけがないだろう。あれだけ見事な言い逃げは、生まれて初めての経験だったんだからな」


少女は思わず頬を引きつらせた。

確かに、以前、彼の背中に傘を突き刺して怒らせた事実に間違いはないのだが、少女が言いたいのはそれではなかった。


「私、一部で詐欺師って呼ばれているのだけど」


「素朴な見た目を裏切って、強烈な性格だからか?」


その反応こそ、少女にとっては初めてのものだった。


「違うわ。素顔と化粧をした後に広大な隔たりがあるからよ」


こんな告白を本人にさせるだなんて、わざとであるなら相当な底意地の悪さであり、万が一にも本気で気にしていないのなら、信じられないくらい感性が世間一般とずれていると言えた。


「へえ、よかったじゃないか」


「ええ?」


信じられないことに、相手の感想は少女の予想を遥かに上回っておかしかった。


「その技術とセンスを買われて、あの娘のコーディネイトを頼まれたのだろう」


続けられた言葉に驚いて、少女は反論のタイミングを見失ってしまう。


「……どうして、私が頼まれたってわかったの」


「以前、別の会場で彼女を見かけた記憶があるからだよ。向こうは覚えてないだろうが、親子揃って、ごてごてと流行りもので着飾っていたから印象が強くてね。そんな娘が突然品よくまとまっていれば、裏に誰かがついたのだと考えるのが自然だ。おまけに、取り巻いてる友人の中に飛び抜けて毛色の違うセンスが混ざっていれば、わからない方がおかしいだろ」


「なっ……」


不覚にも、少女は一瞬ときめいてしまった。


このセンスと化粧の技術を同性に買われて称賛される事は数あれど、異性に美点として褒められたことなど一度だってなかった。

評価されたとしても詐欺師扱いであり、僅かばかりに寄せられる好意はお飾りの鑑賞用目的としてが関の山だった。

優雅にリズムを取りながら、互いだけを見つめ合う年若い男女。

けれど、次の瞬間、少女はふっと自嘲するように笑った。


「とても残念ね」


「何がだ?」


「あなた、将来有望株として最近話題になっているスメラギ家のご長男なのでしょう」


「それが、どう残念に繋がるわけだ」


「私、婚約者がいるのよ」


「それは、おめでとう」


ロルフの返事は、実に素っ気ないものだった。


「……ダンスにまで誘ってくれたわりには、興味が全くなさそうね」


「貴族なら、ありふれた話だろう」


「ええ、そうよね。でも、私のお相手を知っておくのは、あなたにとって損のない話だと思うけど?」


「意外だな。君はそんなに、のろけた自慢話で自分の幸せを確認したいわけだ」


ロルフの横柄な態度は苛っとさせるほど気に入らないものの、教えた後の反応見たさに少女は婚約者の名前を口にする。


「あなた、国立学校の学生よね。私のお相手は、そこで教師として勤めているファーマード教授なの」


「……は?」


にっこり微笑む少女の回答に、多少では驚かないロルフが鳩が豆鉄砲を喰らったみたいな面白いことになっていた。


「ちなみに、年の差は二十一ですって」


うふふと念押しの事実を伝えれば、ロルフは、やけにまじまじと見つめてくる。

丁度流れていた曲が終わったところでもあったので、二人はさりげなく会場を後にして庭に向かった。


「自分の好みで選んだのか?」


「そんなわけないでしょ。いわゆる、家庭の事情よ。どちらの家でも優秀な教授の子孫を残したかったみたいね」


「他人事だな」


「そうかしら? 一度だけ会ったことがあるけれど、優しい人だったわ。女学校を卒業するまでは好きなことを存分に楽しみなさいって言ってくれたの。だから、この三年間は、多少のわがままだって簡単に許されるんだから」


少女が笑うと、ロルフは不思議な表情を見せた。


「何か言いたそうね。あなたにとってこそ、全くの他人事じゃなくて?」


「ああ、その通りだな。ただ、君の名前を知らないままだと思って」


「あら、少しは私に興味があったのね」


「ほんの少し前に」


「なら、特別に教えてあげる。私はセレスティアよ」


彼に家名は必要ない。

そう思って、少女は名前だけを告げておいた。

ささやかで奇縁な出会いを、青春の思い出としてしまっておくために。



 * * *



数日後。

限られた自由を謳歌する女学校で、セレスティアはとんでもない噂を耳にした。


「ねえ、セレスティア。スメラギ家の長男からアプローチされたんですってね」


「……え、何?」


「でも、セレスって婚約者がいるって言っていたわよね」


「やだ、モテるー。ちょっと、どんな技で釣り上げたのか教えてよ」


ゴシップ好きの級友達に囲まれて当惑するセレスティアは、しばらく口が利けなかった。


「誤解よ! ただ、逃げ出す口実に利用されただけなんだから」


我に返って慌てて否定すると、一様に「なんだ、やっぱり」と失礼極まりない態度であっさり散っていった。


「悪かったわね、あなた達の暇潰しにもならなくて。大体、アレは詐欺師に引っかかるような人じゃないわよ」


いい迷惑を被ったセレスティアは、当分、誰の依頼であろうと断ってやるとひそかに決めていた。

しかし、本当の加害者は彼女らでなかったと知るのは、それから間もなくのこと。


「ロマンスよね。婚約者がいるのに、将来有望な彼にアピールされるなんて」


「揺れる乙女心、ときめくー!」


休み時間の度に入れ替わり立ち替わりで級友達に囲まれるセレスティアは、その都度きゃっきゃした話題の渦中に放り込まれてうんざりしていた。


「もう、いい加減にしてよ。根も葉もない噂を垂れ流さないで」


ここ数日は相手にしないでいたのだけれど、放っておいてもちっとも下火にならない盛り上がり具合なので、さすがに文句の一つも言ってやらなければ気が済まなくなっていた。


「あら、私達は事実を話しているだけなのに」


「何が事実よ。あの人、ちっとも興味がなさそうだったわよ」


「それこそ、セレスの勝手な言い分だわ。恋の駆け引きを知らないのね」


級友はくすくす笑いながら、これが証拠だと一通の手紙を押しつけてくる。

セレスティアが腹を立てながら裏を返せば、そこにはスメラギ・ロルフと署名があった。


「ラブレターですって。今夜、私の従兄が開く集まりに顔を出すから、ぜひとも会いたいそうよ」


級友がウインクで目配せをし、周囲が異様に騒ぎ立てる中、当のセレスティアはくらくらと目眩に襲われていた。

一体、何がどうしてこうなったのだろう。

なるべく関わりたくなかったが、真意を確かめるには望まれた通りに出席するしかなさそうだった。



 * * *



「やあ、セレスティア。今夜も品のいい仕上がりだね」


「……」


正直、級友の冷やかしに加えて、熱烈な恋文までもらってしまえば、迷惑ながらもセレスティアの内心は揺すぶられるものがないわけではなかった。

しかし、実際にロルフを前にしてみれば、きっぱりと何かの罠だと確信が持てる。

このふてぶてしい態度のどこに、乙女がときめく恋しさが含まれているというのだろう。


「私を困らせて、なんのつもりよ」


「君が困る必要はないはずだ。学生の間は自由が利くと自慢していただろう」


「はい?」


「卒業するまでの間、セレスティア、君は婚約者がいるのに横恋慕をされてしまうロマンスのヒロインになるんだ。乙女としてはときめくだろう」


「ちょっと、どういう意味よ!」


「いやね、俺も卒業をしたら、環境を変えようと考えていたところだったんだ」


「だから、それが私とどう関係あるのよ」


問い詰めるセレスティアに、ロルフは爽やかな笑みを返した。


「期待されている長男が家を出れば、よくない噂が立つのは必須だろう。スメラギ家にもそれなりの遺恨を残すことになるかもしれない。だが、仕方ないと思える理由があったらどうだろう。例えばだが、およそ三年もの間、上級貴族の娘に無謀な片想いをした末の大失恋により失踪。これなら理解どころか、同情心まで集められると思わないか? さすれば、俺はなんの憂いも後ろめたさも感じる必要なく新しい暮らしを始められるというわけだ」


「何よ、そのおかしな例え話は。完全に、あなたにとって都合がいいだけじゃない」


あんまりにも勝手な話に呆れていると、ロルフに返事代わりの意地悪い笑みを寄越されてぞっとする。


「嫌よ、私。貴重な自由を、あなたみたいな人に振り回されるだなんて!」


大声で力いっぱい拒絶すると、背後に野次馬の気配を感じて、続けて突っぱねるのが難しくなる。

そんな躊躇いの隙間、セレスティアには、もしやと思い浮かんだものがあった。


「……もしかしてだけど、あの時の傘のお返しとか言わないわよね」


「ふふ、悪いね。やられたら、きっちり倍以上に整えて贈り返す主義なんだ」


ここに来た目的であるロルフの真意をばっちりと知ることができた。

しかし、多大な迷惑となる仕返しの撤回を取りつけるまでは叶わなかったセレスティアは、ロルフのどこまでも泰然とした態度を目の当たりにして、なんて性格の悪い男なのだろうと憎らしくなっただけだった。

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