バーチャルライバー
「ふぅ…あれ、外が明るい」
きっちりと閉じられたカーテンの隙間から、遮りきれない夏の強烈な朝日が射し込んできた。
机の上に置かれた時計を眺める。短針はさっき見たときから180度ほど進んで、今は6時あたりを示していた。
今手元にもっているコントローラーをとってから気付けばもう6時間も経っていたという事実に少しだけ驚く。
「『6時間も経ってて草』。いや〜、体感的には一瞬よ? それだけこのゲームは名作ってことね」
PCのモニターに流れる文字列をひろって読み上げ、それに対する返答を口にする。
「ていうか今日って月曜よ? 平日よ? みんな寝なくて大丈夫なの? いまここにいる人みんなニート?」
純粋な疑問を投げてみる。すると画面には『そうだよ』『当たり前だろ』『俺たちニート万歳!』的な文字列が殺到。おい、嘘だろ。
そんな中にまともな発言を見つけたのでピックアップ。
「『この配信、いちばん最初から観てました! 今から仕事なので行ってきます!』。それはヤバい。通勤時間3時間説を祈る」
前言撤回。全然まともじゃなかった。
ニートは一日中☆おうち☆だから生命の危機なんざ皆無だが、寝てませんニキは命に関わる。
最近は連日猛暑日なので、熱中症とかマジ危険。死因に「前日はVtuberの配信を徹夜で観ていた模様」とか報道されたら、炎天下になるのは日本各地だけでは済まない。
そう、我々Vtuberの天敵はなんと言っても炎上である。
PCのモニターの文字列でも、『寝てませんニキ無理しないで…』『真夏の太陽さんもうやめて! 社畜さんのライフはもうゼロよ!』など心配する声が流れている。
「ほらほらニートたちも心配してんよ。ねぇ? ニートsも流石に心配だよなぁ」
『さすがのニートもこれは心配ですねぇ』
『あんまりニートを不安にさせるんじゃねぇよ馬鹿野郎! がんばってな』
ニートたちの暖かい言葉が心に染みる。
「あったけぇ〜、ニートたちあったけぇなぁ…。お前ら懐は寒いかもしれんけど…心だけはあったかくしていこうな…」
そんなことを口にすると、文字列たちがしんみりし始めた。その湿った空気をもって、話に一段落ついたような気がするので、配信を〆始める。
「まぁ今日も一日中暑いらしいからねぇ。心のあったかいニートたちも身体は冷まして、寝てませんニキはマジで無理はしないでもらって、ね」
『\ハァイ/』
『ねっちゅーしょ気をつけますまま』
「うむ、よろしい」
聞き分けのある大きな子供が多い。あと残念だが俺はママじゃない。
俺の設定は18歳だ。リアルも一応20歳だ。いい年こいてそうな男が、18の少年をママ呼ばわりは冷静に考えるとヤバいだろう。
だが冷静に考える必要はない。ここはそんな世間体を憚らない発言も許される。
ここは現実であって、現実ではない。
俺の今この状況も客観視してみるとかなりヤバい。
文字に起こしてみるなら今の俺は、『誰もいない部屋で、一人PCに話しかけているヤバい奴』である。
もちろん独り言がひどい癖なんて俺にはない。この部屋には確かに俺一人だ。だがそのPCを隔てた向こう側には数千人の人たちがいる。
彼らは声も聞こえなければ、顔も見えない。コメントという名の文字でのみ、声を発せる存在だ。
さっきから俺はそのコメントと会話している。この部屋には一人のようで数千人の人間がいる。
俺は彼らの顔も名前も知らないが、それは彼らも同じこと。コメント上では並んで文字を打っている者たちもお互いのことなど何も知らない。
そして俺のことも彼らは何も知らない。
今画面に映している俺の顔は、まるでアニメに出てくるキャラクターさながら。もちろん素顔な訳はない。でもここではそれが俺のリアルだ。
お互いにお互いのことを何も知らない。それでも話をして、応援して、互いに支えてもらって生きている。
「それじゃあ今日は…朝になっちゃったけどここまで。お疲れ様、今日も一日頑張ってこう」
そんな言葉を残して、ライブ放送停止のボタンまでマウスのカーソルを動かす。
コメント欄にはすごい勢いで、おつかれ〜系統のコメントが流れている。
顔も名前も年齢も知らない。けど俺たちのファン────リスナーは家族のような存在だ。
こうして家族に支えてもらって、俺たちバーチャルライバーは生きている。