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推しカプの二次創作に転生したアラサー、悪役令嬢を救うだけでなく隠しルートも開いてしまった

作者: 阿須山

 皆さんは”悪役令嬢モノ“をご存じでしょうか?

 なんやかんやあって今生を後にした主人公が転生した先が乙女ゲームで、ヒロインのライバルに転生すると言う有名ジャンルだ。


 近年、悪役令嬢モノの需要は更に勢いを増しており、ぶっちゃけ二次創作でもその手の話が多い。

 特に魔法や学園モノの乙女ゲームには王子様の一人や二人必ず居るため、婚約者の悪役令嬢と攻略対象が結ばれるノマカプや、悪役令嬢ポジションの夢小説など、需要と共に作品の幅も昔より増えていた。

 かく言う私――前世の名前はもう覚えていないが――もハマっていた作品に悪役令嬢が居た。


「Under The Sky―魔法使いの見習いたち―」


 通称・「UTS」。十年程前の家庭用ゲーム機で発売された乙女ゲームで、個性豊かな攻略対象と時には種族を超えた愛を育む学園モノである。

 当時学生だった私は、この乙女ゲームに青春を注いだと言っても過言でなかった。寝ずに家庭用ゲーム機にかじりついて攻略し、完徹のまま学校に行っていた。


 そんな古代の乙女ゲームが突然ソシャゲとして復活。当時無名だったキャストも今では知名度があがり、新しいファン層を取り入れてちょっとしたブームが巻き起こっていた。 その日も、私はイラストコミュニケーションサイト「Picluv(ピクラブ)」にアップされた「UTS」の二次創作を検索していた。十年前と違って供給過多なぐらい二次創作に溢れており、嬉しい悲鳴を上げていた。


 「UTS」のメイン攻略対象である第一王子・レオと、の主人公・ルーチェの恋のライバルにして悪役令嬢ポジションの婚約者・ナターリア。検索履歴は推しカプの「レオナタ」で埋まっていた。

 決して結ばれることのない二人がハッピーエンドを迎えるIFを描く神々の創造物にむせび泣いていたところ、バス停の縁石から足を踏み外て車道に出てしまい、この世とおさらばしてしまった。アラサーの癖になんてしょうもない終わり方をしてしまったのだろうか。



 そんな前世の記憶を思い出したのはゲームのシナリオが始まってすぐだった。ルーチェとレオの会話を教室で聞いて居たところ、突如頭の中に流れ込んできた情報に耐え切れずにぶっ倒れた。

 元々メインキャラとはクラスメイト以上でも以下でもない関係性を保っていたため、私は彼らと関わることなくレオルートと思われる日常を送っていたのだ。

 しかし、ある日違和感を覚えた。あれ? こんな話だったっけ? と。レオとルーチェが親密になるきっかけのナターリアがルーチェに嫌がらせをするイベントがいつまでも始まらない。それどころかルーチェとナターリアがめちゃくちゃ仲良くなってる。いや、私は推しの女が可哀想な目に合うイベントが発生しないに越したことはないんですけど。


 あー。これ、私が死ぬ前に最後に読んだ原作沿いの神創作では?


 つまり私は二次創作の世界に転生してしまったと。なるほどわからん。

 よくよく考えてみると乙女ゲームの世界に転生っていうのも意味がわからんないよね。生きてた時には既に出来上がってた世界に転生してるんだから逆行トリップ? まあ、そんなことがあり得るんだから二次創作に転生するぐらい誤差の範囲かもしれない。半ば無理矢理納得をせざるを得なかった。

 逆に取れば、神創作の世界ならば推しカプ引っ付くわけじゃないですか? ナターリアが学園を追放されるところを見なくて済む! 神創作の世界ありがとう! クラスメイトとして在籍し続ければ二人が引っ付くのを目に焼き付けられる!



 ……と、思っていたことが私にもありました。


 現在、レオルート最大のイベントであるクリスマスパーティーの真っ只中である。

このクリスマスパーティーで、本来はナターリアが闇落ちしてルーチェを襲う。そしてそれを庇ったレオが瀕死の状態になるが、真実の口づけで息を吹き返して云々。レオルートのハッピーエンドを迎える。

 しかし神創作の中では、ルーチェばかり構うことに逆上したナターリアの取り巻きの一人・ツインドリルのモブが闇落ちしてルーチェへ魔法を仕掛ける。それを庇ったナターリアが倒れ、レオが口付けをしてハッピーエンド、だった気がする。


 曖昧になりつつある前世の記憶をたどり、ルーチェを睨みつけているツインドリルに話しかけた。

 まさかこの世界が二次創作だとは思っても居なかったので、あまり気に留めていなかったが、彼女と私は去年クラスメイトだった。「あっ! ナターリアの取り巻きじゃん!」と不純な理由で近づいたものの、それなりに仲が良かった。なんなら廊下ですれ違えば今でも会話する仲だ。私個人としても、大切な友人が学園を追われるのは見たくない。

 原作改変された世界に生きてるんだし、少しぐらい私が改変しても問題ないよね。ないない。この世界のレオナタは引っ付く。これが真理。

 確かパーティの中盤にホールから一度抜けた時に悪魔と取引をしてしまう流れだった気がする。闇落ちをなんとしても引き留めたい。心ここにあらずのツインドリルに向かって中身のない話をくどくどと続け、彼女がホールから抜け出すのを阻止した。


 しかし、結局彼女の闇落ちを止めることはできなかった。

 レオとナターリアの間で無邪気な笑顔を向けるルーチェ。そして彼女を慈しみを込めた表情で頭を撫でるナターリア。え、尊い……。レオもナターリアを見てそんな顔をしてる。わかるわ。

 ちらりと見えた三人の様子を見て、ついに彼女の心は暴走した。ツインドリルの身体から出た黒いオーラが隣に居た私を吹き飛ばす。


 あ、やばい。このままだと柱に頭ぶつけて死んでしまいそう。


 コリントだかドーリス式だかわからないが、あの凹凸のある柱にこの勢いのままぶつかれば流石に死ぬ。

 宙を舞っているにも関わらず、他人のことのように思える。今生は前世よりも更に短い人生になってしまうか。半ば人生をあきらめ、いつ来てもおかしくない衝撃に備えて目をきつく閉じた。

 しかし、衝撃はいつまでもやってこない。おそるおそる片目を薄く開けると、誰かが私を受け止めていた。

 黒い外套が視界の端ではためいている。両肩に添えられた手つきは優しく、私の頬を銀色の髪がくすぐった。

 この作品の中で黒い外套に銀色の髪なんて一人しか居ない。何度も画面越しに聞いた低い声が耳元で囁く。


「大丈夫か」

「ひゃ、ひゃい……」


 顔面偏差値高すぎて驚くあまり舌を噛んだ。助けてくれた男は恥ずかしさのあまり縮こまる私を見て、小さく笑う。男が私に「降りるぞ」と声をかけ、ゆっくりと地面に降り立った。ふらつく私を、男が片手で支えてくれる。

 まさかこんなタイミングでこのキャラと遭遇するとは思わなかった。え、てか、神創作に出てきたっけこの人。


「ありがとうございました!」


 顔を上げ、一瞬だけイケメンと真正面から顔を突き合わせる。男へ礼を告げると、私はすぐさまツインドリルの元に走りだした。男がじっと私の背中を見ていたなど、私が知る由もない。

 男に私が助けられていた数分で、彼女の暴走は止まるどころか黒いオーラは澱みを増している。私のせいでホールで闇落ちさせてしまっただけでなく、ルーチェやナターリアに何かあっては寝覚めが悪い。ていうか推しカプ引っ付かなくなっても困る。

 黒いオーラのせいで近づけず、間合いを取る生徒たちの合間をぬぐい、一直線でツインドリルを目指す。周りからは危ないだのなんだの聞こえているが、無視だ。私は杖を握りしめると、ツインドリルの右手を目掛けた。


「目を覚ましな……!」


 駆け寄る私に気付いた闇落ちツインドリルも私に向かって杖を構える。先に魔法を仕掛けた方が勝つ。まさに一瞬の賭けだった。


「あっ!」


 寸でのところで私の杖が手から弾かれる。彼女が二発目の呪文を唱える前に、私は強く地面を蹴った。

 ツインドリルもろともフロアに倒れこむと、暴れるツインドリルに振り落とされないよう、右手にしがみつく。押し倒していたはずがいつの間にか押し倒され、拘束を振り払うべく首を噛みつかれそうになる。ギリギリで避け、どうにかマウントを取り直すと、彼女の右腕だけを天井に向かって伸ばした。


「誰か! 早く!」


 私の言葉が先か、それとも魔法が先だったのか。叫ぶと同時にツインドリルの手から杖が離れた。誰の魔法だったのだろうか。寸分違わず細い杖を狙っただけでなく、一撃で片をつけてくれた優秀な魔法使いに感謝した。

 次第に黒いオーラが消えていき、暴走が収まると、彼女は気を失った。先生たちが彼女を担ぎ、保健室へと向かう。座り込んだ私は運ばれていく彼女を横目で見つめることしかできなかった。


「大丈夫かい?」


 声のする方に顔を上げると、推しカプが居た。

心配そうに私を見下ろすレオと、八の字に眉を寄せたナターリア。よく見たらナターリアの肩にはレオの手が回っている。ご馳走様です。


「は、はい。大丈夫です! お騒がせしてすみません」

「それはこちらのセリフよ」


 はははと乾いた笑みと共に頭を掻いているとナターリアが食い気味に言う。


「貴女、私と彼女のいざこざに巻き込まれた側でしょう? なんで謝るのかしら」

「えっと……」

「ナターリア」

「あ……。ごめんなさい。怒っているわけではなくて……えっと……」


 先を知っているのに私がツインドリルの暴走を止められなかったから、ナターリアに結局危ない目にあわせてしまったんだけど……とは言えるわけもなく。私が口ごもっていると、レオがナターリアを諫める。

 するとナターリアははっと表情を変え、いじらしい声で謝罪した。

 いや待って、ナターリアに強く言えちゃうレオとしおらしくなるナターリア目の前で見せられてどうしろと? 死ぬのか? 死にかけたご褒美なのか?


「いや、えーっと。実は私が彼女に”レオ王子とナターリア様ってお似合いよね“って教室でのお二人の話を一方的にしてしまって……」


 突然ぺらぺらと話始めた私に、推しカプは呆けたまま何も話さなかった。特にレオの顔には「なんの話だ?」と書いてある。


「ほら、彼女、今年はクラスが離れちゃったから……。怒らせちゃったのか、悲しませちゃったのか。結局、彼女の暴走は私にも関わりがあると思うんです」


 半分以上今考えた言い訳だが、納得できないこともないはずなので、これで許してほしい。

 へらりともう一度笑い、立ち上がろうとするが腰に力が入らない。


「え、立てな……」


 流れるように片手をかすめ取られ、大きな手に包み込まれた。目の前が黒一色になったと思った次の瞬間には腰に手を添えられ、私は誰かの手を借りて立ち上がっていた。


「叔父上」


 レオの声に弾かれて見上げると、金色の目と視線がぶつかりあった。

 にやりと人の悪い笑みを浮かべた男は、間違いなく「UTS」の攻略キャラだ。


「無鉄砲にも友の為に奔走する姿、悪くなかったぞ」


 腰に添えられた手が引き寄せられ、より男と密着する。抱き寄せられたと言った方が語弊が無いだろう。抱き寄せられているのがルーチェであれば一番好きなルートだったのに……。肝心の彼女は遠巻きに私を見つめているだけだった。

 微動だにしない私を玩具と思っているのか。愉快と言わんばかりにゆがめられた口元から、含みのある言葉が紡ぎ出される。


「押し倒すなど淑女らしからぬが、良い判断だった」


 笑みを深くする黒衣の男に、ようやく先程の魔法使いが誰か理解した。

 あの神がかったコントロールと、強力な魔法。この男が孤独であった所以を私は前世で確かにプレイした。


 彼の名前はクロウリー。

 現皇帝の末弟であるが、その出自ゆえに影から国を支える侯爵様だ。名前の通り黒を纏う青年で、年はルーチェたちと十近く離れているため、一部界隈ではロリコンとも言われている。

 二週目からしか彼の登場は無く、攻略は全員攻略後にしか出来ない、いわゆる隠しキャラである。ルーチェと出会ったのは街で事件に巻き込まれて……とかだったはず。何故彼が学園に居るのか。尋ねてもきっとはぐらかされるだけだろう。

 陰りを隠しつつも不敵な笑みを絶やさない、大人の余裕? みたいなのが売りの超絶人気キャラである。


「名は?」

「……え、エイン・アップルシェード」

「気にいったぞ、エイン」


 あれ、なんだこの一昔前の夢小説みたいな展開……。


 掴まれていた手の甲に唇を寄せると、片目を閉じた侯爵が私を見下ろす。捕食者の目。まさに「UTS」でも表現されていた通りの瞳から、私は視線を外すことが出来なかった。

 クロウリーの行動に周囲のざわめきが大きくなり、ようやく此処がクリスマスパーティー中のホールのど真ん中だと気付く。

 クロウリーから「おもしれー女」判定され、周囲のまなざしは既に生暖かいものとなっていた。嫉妬するような視線が混ざっててもおかしくないのに何故!?

居心地が悪くきょろきょろと周りを見渡すも、結局見上げた先には三日月のようにゆがめられた瞳。依然腰に手は回ったままだし、何処にも逃げる場所が無い。


 戸惑う私の視界の端では、レオナタがハッピーエンドを迎えている。

 ちょっと待って!? 勝手に終わらないで!? 私にも見せてもらえませんかね!?



 こうして神創作から更に分岐した、三次創作もとい私の災難(隠しルート)が、不覚にも幕を開けてしまった。

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