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プロローグ+1話 2018年3月11日+2017年3月11日

【2018年 3月11日】



『告発動画 フェムライたちの秘密』


 考えてみよう。もし、あなたが数年ぶりのこん睡状態から目覚めたとしたら。

 竜宮城から帰ったという設定でも良い。とりあえず、あなたが2011年の3月11日以降の日本の状況を知らないこととしよう。

 そんなあなたは、今のこの国の姿をどう思うのだろうか。

 きっとこの動画を見てくれている視聴者は8年前のこの日、3月11日以前のことを覚えているのだろうから、思い出すのは簡単だろう。当時と比べて、随分と様変わりしたはずだ。

 スマートフォンの普及で、街のそこいら中にあった公衆電話はすっかりとなくなった。その代わりに、同じ大きさの棺桶が設置されている。棺桶は直立していて、中には布団の如く新鮮な百合の花が敷き詰められている。人はその中に入り、パーマをかける機械のような物を被って、静かに瞑想をする。そうだ、手持ち無沙汰の手で逆ハートを作るのを忘れてはいけない。

 みんなご存知の瞑想法、『フェム』のことだ。

 90年代から存在していたらしいこの『フェム』だが、その知名度が爆発的に上昇したのが2011年の東日本大震災以降だったことは記憶に新しい。

 当時、福島県の内陸部深くで集団祈祷をしていたフェムライ(『フェム』を行う宗教団体およびその信者の総称。『祈祷する者』の意)たちは、地震発生の翌日から自らの危険を顧みずに全てのバスを動員してボランティア活動を行った。「我々は、フェムによって震災が発生することを予見していたのです」そうカメラの前に立った教祖は言ったが、その真相は善行を手放しに称賛する人々の相違によって黙殺された。

 ワイドショーの話題は、原発関係とフェムライの彼らが独占していたと言って良い。調べてみると、絶望的な原発報道と希望的なフェムライたちの話題、うまいバランスが取れているといえる。それまで怪しんでいたフェムとフェムライたちが喜んで世間にもてはやされるのは火を見るより明らかだった。

 それから、日本は変わった。

 前述した棺桶、フェムをする環境が公衆電話と入れ替わりで設置され、大学サークルはもとより、ボランティアを掲げた小中高のクラブがフェムを日常的に行うのは、当たり前になっている。

 もはや、フェムとフェムライは私たち、この国の常識といっても過言ではない。


 なぜこんな常識を動画の冒頭で言ったかというと、私はここにフェムライたちが隠してきたある事実を公表するからだ。

 私が持っているこの粉末。

 見るからに怪しい代物だが、これは幻覚剤だ。効果はそれほどない。数分間強い酒を飲んだような酩酊状態になるくらいだ。だが、依存性は一般的な幻覚剤の数倍、いや十数倍にも及ぶ危険なものだ。

 良いか、フェムライたちは重度の麻薬依存者なのだ!

 どうか、この動画で目を覚まして欲しい。

 本当の善行を望むのなら、この虚構から目を逸らすのじゃあない!


 あたしは瀬里。元公安刑事のジャーナリストだ。

 あたしの恋人、香子を救うために、どうか正しい行動をしてくれ……。

 


◇ ◇ ◇


【2017年 3月11日】


 一人の女性が、玄関の前に立っている。

 女性の名前は、香子。4年前に看護師から麻薬依存治療をサポートする団体に転職した、通称『支援者』である。

 身長は高くはなく、太ってもいない。大きくクリッとした瞳と一つも結んだ艶やかな黒髪は、白衣の天使らしいおしとやかさがあったが、重労働を安々とこなせるバイタリティと強かさを持ち合わせていた。


 Knock Knock


 香子は、緊張した面持ちで戸を叩いた。

 もう何人もの依存者を社会復帰させてきた彼女だったが、いつまで経っても初対面の時の緊張は無くならない。麻薬依存者への偏見はないが、一癖も二癖もある依存者の勝手の分からない最初の数日間は、地雷原をスキップしているのに等しい。慣れないのも仕方がないのだ。


 Knock Knock


 返事がないので、もう一度。

 慌ててくる気配もない。

 ふと香子の脳裏に浮かんだのは、『再発』の二文字。長期の隔離から解放された反動で過剰摂取(オーバードーズ)した依存者の姿だった。


「でぇりゃああああ!」


 古びた扉を蹴破って、香子は突入した。

 玄関とリビングを繋げる廊下から、家主の女性の頭が見える。意識はない。ソファに身を任せて力なく横たわっていた。

 香子は急いで駆けよって脈をとり、然るべき処置に移ろうとした……が。


 ZZZZZZZZ~


 眠っていた。

 香子はふと冷静になって辺りを見回した。電源のついたままのゲーム機とテレビの画面、映っていたのは先日発売された大人気RPG。テーブルに転がっていたのはカップ麺の残骸に山となったエナジードリンクの空き缶たち。目立っていたのはパソコンと大量の資料の類か。仕事関係の物だろうか。とにかく、麻薬のまの字すらないいたって普通の汚部屋だった。

 香子が必死になって駆け寄った依存者の女性は、クスリの過剰摂取で気を失ったのではなく、ただゲームを連続プレイした後に見事なまでの『寝落ち』をしたのである。

 なぜだか怒りが込み上げてきた香子は、持ち上げた女性を床に落とした。


(いだ)ァ!」


 と鈍い音と共に、不運な女性は目を覚ました。


「あたし、寝落ちしたのかー。今何時……。てか、あんた誰?」




 *

 家主の女性は瀬里と名乗った。

 背は高く、身のこなしから身体能力も非常に高かったことが伺えるが、今は酷くやつれていている。食生活が従来のものらしいので、急激に痩せたのはやはり薬物のせいだろう。


「あの……、ドア壊しちゃってごめんなさい。私てっきり―――」


「再犯してる、と思った?」


「……。ごめんなさい」


「いや、良いさ。気にしてないよ、それがあんたの仕事なんだから」


 ちょうどリフォームしたかったし、と。景気よくぶっ壊れた扉の残骸たちに別れを告げながら、瀬里は言った。

 それでもシュンとしている様子の香子に目をやって、


「けど、文句は言うなよ。治療施設じゃあロクな娯楽がなかったんだ。ネット、テレビ、ゲーム。『悪影響』ってんで全部禁止。唯一あったのは本くらいだ。それもお利口さんたちが読むような人畜無害な奴。久しぶりに手にした自由を謳歌したって地獄の閻魔さんも怒らねぇだろうさ」


 冗談めかして言った。

 クスリと笑った香子を見て、瀬里も満足そうにソファに腰掛ける。


「それにしても、あんた。女だよな?」


「ええ、そうだけど……。何か問題でも?」


「まぁね。『支援者』の要望に男性希望って書いておいたんだ。女性の職員が少ないようだから、気を遣わせないよう配慮したつもりだったんだけど……」


「仕方がないわ。『支援者』と患者は二人三脚で依存症と立ち向かうの。長い間、24時間離れずにね。家族よりも長い期間一緒になることもあるのよ、異性同士だったら間違いが起きちゃうじゃない」


 香子は飲み終わったコーヒーカップを下げに台所に向かった。

 ソファに座る瀬里から背を向ける形で食器を水に浸ける。

 瀬里からの返答がない。知らない間に彼女の地雷を踏んでしまったのか、と一瞬焦った香子だったが、案の定瀬里の気配は彼女のすぐ後ろに迫っていた。

 瀬里は香子の股の間に膝を押し込み、利き腕を壁に突き立てる。香子の腰はシンクと瀬里の腰に固定され、上半身は迫りくる瀬里の圧力に押し負けて酷く反っている。だが、彼女と瀬里の距離は拳一個分もない。二人の吐息がそれぞれ手に取るように分かる。

 乱暴であるはずなのに、なぜか香子の心に恐怖はなかった。

 あるのは、一握の高揚だけ。


「女同士でも、間違いは起こる」


 獲物を見る瞳で、一言。

 香子は、何も言えなかった。


最後まで読んでくれてありがとう!

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