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世界樹が彫られている扉を開くと、そこには本棚があふれていた。天井は高くその一面にも本棚があり、どこを見渡しても同じような光景であった。ただ本が入っているその本棚は整然と並べられているわけではなく、塔一面に乱立しており、所狭しと本棚が溢れている。それとは対照的に右手には、一面ガラス張りのつくりとなっており、そこからは世界樹の子株が天まで届くように枝葉を伸ばしていた。その光景はこれまで見たことがない静謐な雰囲気に溢れている。
ガラス張りの床は一部分から、世界樹の根がでており小山のようになっている。その天辺にあたるところに誰かが腰掛けているのが見える。
逆光で顔がはっきりとは見えないが、10歳位の少女の姿のように見える。自分の身長よりも長い金髪はゆるいウエーブがかかっており、そのまま背中へ流している。陽の光に当たりその髪がキラキラと光の糸のように煌めいているように見える。
その少女が入ってきた2人の姿を確認すると、根の上から飛び降りてこちらに近づいてきた。逆光がなくなると顔には幼さがまだ残っており、金の瞳が引き込まれそうな輝きを放っている。
「初めまして、アナ、ズー・ハン。私は世界樹の子株で、これから貴方方と共にここを守る者です」
「…初めまして、アナといいます」
「は、初めまして、ズー・ハン・ヨウといいます」
2人はそれぞれ世界樹の子株に挨拶をする。世界樹の子株は2人を一瞥して、にっこりと微笑む。
「2人のことは予め、アレクサンドに聞いていました。彼に私の魔力の一部を込めた水晶をもっていってもらい、相性が良いか確認してもらっていたのです」
アレクサンドが近くまで来ており、ポケットから水晶を取り出し2人へ見せる。
「相性が良いと、相手の魔力が映し出されます。ですが、そうじゃないと私の魔力だけがみえます」
アレクサンドが世界樹の子株にその水晶を渡す。水晶は世界樹の子株の中へ吸い込まれていった。
「手を」
世界樹の子株はその両手をアナとズー・ハンに差し出していた。その両手の上には魔法陣が描かれている。
2人は互いに顔を見合わせ、おそるおそる世界樹の子株と手を合わせる。すると、合わせた手から光が溢れ出してきた。周りを光に包み込み魔法陣がアナとズー・ハンの手に吸い込まれていく。
世界樹の子株が歌うように詠唱する。魔法言語による詠唱ではなく、精霊言語による詠唱。不思議な音は旋律となり、その音色に魔力が伴っていく。アナとズー・ハンにその魔力が光の粒となり吸い込まれるように消えていく。
「…これは精霊言語による詠唱ですか?初めて聞きましたが…とてもきれいですね」
「……使える精霊がいるなんて…」
「2人ともよくわかりましたね。精霊言語は失われつつある言葉ですが、精霊であればその奥深くに刻み込まれているものです」
光の粒が全て2人へ吸い込まれていく。
「これで2人との契約は終了です。私の祝福がありますから、これからは私の力を『黒の塔』に限り自由に使えます」
「どういう風に使えばいいのでしょうか」
「祈りを」
アナが両手を胸の前で組み、目を閉じる。ズー・ハンもそれをみて同じようにする。
すると、本棚の一部が動き乱立していた本棚が少し整然とした形へ並び替えられた。
「おぉ、さすが相性がいいからか力の使い方もうまいな」
「えぇ、アレクサンドは良い方々を見つけてくれました。ありがとうございます」
精霊と契約した場合、特に力の強い上位精霊ともなるとその力をすぐには使えないのが一般的である。まず契約者の中に入ってきた異物である精霊の力を馴染ませ、己自身のものとするまでに数日ほどかかる。これは精霊との相性によって決まってくる。
契約者は精霊の力の異物感やそれが馴染んでくる様子がわかる。そのためどの程度で精霊魔法を使えるのかが感覚としてつかむことができる。
本来ならば、アナとズー・ハンは契約したばかりのため、力の行使はできず自分自身に力を馴染ませないといけないのだが、世界樹の子株がより馴染みやすい形での契約としてくれたため、2人はすぐにその力を使うことができるようになった。
「…もしかして、とは思いましたが、すぐに力を使えるようになるのは初めてです…」
アナが自分の手を見ながら呟くと、それに同意するかのようにズー・ハンも頷く。
「今日はこれ以上使うのは難しそうだけど、契約直後でここまでなのはすごいとしかいいようがない…」
「ふふっここの受付で働くには、私の力を早く馴染ませて貰う必要があるので、どうしたら良いのか研究してこの契約魔法にたどり着きました」
世界樹の子株はちょっと自慢するかのように手に契約魔法陣を描き出す。
2人はその魔法陣を感心したように覗き込む。
「それじゃあ今日は契約も済んだし、あとは好きにしていいぜ」
「え、いいんですか?」
ズー・ハンが驚いたようにアレクサンドに確認する。
「ああ、勿論。閉館中だから職員も少ないし、契約したばかりで疲れてるだろう。本格的な仕事は明日から頼むよ」
「「ありがとうございます」」
アナとズー・ハンはアレクサンドに礼をいい、世界樹の子株にまた明日と挨拶をして、その場を退出した。
その後アナとズー・ハンはそれぞれ元の職場へ戻り、司書長と同僚達へ『黒の塔』への異動が決まったことを報告、及び挨拶をした。
アナは司書長に軽い嫌味をいわれ落ち込んだりもしたが、その後ルイーズやアドリアンに励まされ、夕方アナの家に行くことを約束をした。
アナの家で療養中のアロンは、本を読みながら過ごすが徐々に熱っぽくなってくるのを感じた。
(無理をしているつもりはないんだけど…)
少し本を置き目を瞑る。
気だるさと身体中の痛みが徐々にましてくる。それに加えて身体の深いところから抗い難い酩酊感が襲ってくる。
(今日は帰って来るのが早いんですね…。)
徐々に意識が朦朧としてくる。身体の深いところへ意識を向ける。魔力の流れが所々滞っているところがある。それらは怪我により流れを阻害されたところである。それ以外にも自分の気とは違う異物感があり混ざり侵食されているような感覚がある。
恐らくそれが呪いの核だろうと考え解呪を少しずつ行っている。
まだ全て切り離せたわけではないが、侵食は止まり8割方は解呪に成功している。
そのおかげかここ数日、魔力の流れがよく気分もすっきりしていることも多い。相変わらずアナが近づくと意識が朦朧とし昏倒してしまうのか変わらないが。
(少し力技になりますが、思い切って完全に解呪してみましょうか)
再び自分の中に意識を向ける。すぐに呪いの核を見つけることができる。一気に片をつけるつもりで、丁寧に力を練っていく。少しずつ呪いの核から自分の魔力を切り離し、練り上げた力でその呪いの核を包み込んでいく。それを身体の中から取り出す。
アロン自身の魔力に包み込まれているが、その核からは呪いをかけたダンサーの魔力が漏れている。
アロンはそのまま核を持ち主のダンサーの元へ言霊もこめて飛ばした。
熱っぽい身体で呪いを解呪したためか、身体中から痛みが絶え間なく襲ってくる感覚に襲われている。手元にあった本をサイドテーブルへ戻し、目を閉じる。熱も上がってきているようで悪寒も感じ始めている。
そこへドアの開く音が聞こえる。
買い物をしたのか袋をテーブルへ下ろし、こちらへ向かってくる足音が聞こえる。
ぼんやりとその足音のする方へ顔を向ける。
(…誰かと一緒に暮らすのも悪くないのでしょうか…)
重くなる瞼に逆らうことはなくそのまま眠りにつく。
その後、アロンの状態に気づいたアナが、慌ててシモンを呼びに行ったりルイーズとアドリアンに事情を説明したり、アロンにつきっきりで看病することとなった。
コピペ失敗してからの全消しで泣いた。