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司書長室はアナの家の倍以上の広さがあり、両側には高い天井までに届きそうな本棚がおかれており、窓の近くにはマホガニーで作った大きな仕事机がおいてあった。その側には、大きな牛革をふんだんに使用したソファが置いてあった。
司書長はその仕事机に座った。
入り口近くで心許なげにぬ立ち尽くすアナ。
(…あぁ、ディアナ様。どうかどうか司書長の話がすぐに終わりますように)
心の中で精霊教の偶像ディアナに祈りを捧げている。
(思えば昨日から慌しい毎日…。これ以上何も起こりませんように)
さらに祈りを追加していく。
「アナ、あなたは精霊教の方々と縁があると聞きましたが、それはどういった縁故ですか?」
「あ、はい、司書長様。私は精霊魔法を使えるため、そのご指導を賜っています」
「それはどの程度扱えるのですか?」
「主に使用するのは水の精霊です。次に風の精霊になります。導師様には中級魔法レベルというふうに伺っています」
アナがそういった後に司書長は書類に目を通す。
「勤務する際に書いてもらう書類にはそのことが書かれていませんね、何故ですか?」
「…必要ないかと思ったからです」
「…ふぅ。申請しないということは詐称にあたることがあります。今回は不問にしますが、以降気を付けなさい」
「はい、申し訳ありません」
そこで話は終わりとばかり、書類業務に没頭する司書長のため、アナは断りの挨拶をし退室した。
司書長はアナが出ていった後、部屋の片隅を見ると、姿隠の呪文を解いて1人の男性の姿が現れた。
全身黒の制服で、テーラードジャケットに中にはシャツ、下はテーパードパンツをラフに来ている40代男性である。整えられた顎髭と白髪混じりの薄い茶色の髪を肩まで伸ばし、それを後ろで1つに結わえている。水色の瞳が優しそうな印象を与えている。
「あれが候補のやつか」
「そうですよ。ですが、盗み聞きは感心しませんね、アレクサンド」
「ヤミィは固いな、もっと楽になれって」
「私の名前はヤスミンです」
「俺とお前の仲だろう」
アレクサンドが腰に手を回そうとすると、もっていた扇でその手を叩き落とそうとするが空を切った。
「おぉっと、危ない、危ない」
「…外しましたか」
「もう、イケズなヤミィちゃんなんだから」
「貴方って人は…っ」
握っている扇に力がこもり、ぎちぎちと音がし始める。
「ま、ま、でも彼女なかなか良い相性だから多分合格するだろうな、1週間後にズーハンとともに辞令をだすから!さらに1週間後には「黒の塔」稼働だな。よろしく!」
手にはいつのまにか水晶がのっており、青色と僅かに緑色もまざった不思議な色をだしていた。
「…貴方のほうから上に報告しといてくださいね」
「勿論さ!じゃあまた会議でな」
そういうとドアからでていくのではなく、ふっと姿を消していた。
ヤスミンは疲れたように背もたれに身体を預け、深く深く溜息をついた。
司書長室から出てきたアナは、そのまま「茶色の塔」の受付に戻ってきた。
「アナ、おかえり」
「ルイーズ、開館準備できなくてごめんね」
受付には既に開館準備を終えて、書類整理をしているルイーズが待っていた。
「で、大丈夫??」
「う、うん、実はここに勤めるときにだした書類に不備があってそれを指摘されたの…」
「あー…そうだったの?特にお咎めなし?」
「うん、助かったわ」
「でも書類の不備でお咎めなくて良かったわね」
「…そうよね、でも精霊教っていうのは書きづらくて…」
「不備ってそこなの!?」
というとルイーズは少し考えるように俯いてしまった。
「ルイーズ…?」
「あ、あまり関係ないかもしれないんだけど、ほら『黒の塔』1ヶ月以上も閉鎖しているじゃない?」
「あぁ…確か人不足っていう?」
「そうそう、それね。実は受付の精霊使いが見つからないっていう噂を聞いたことあるの」
「えっ?」
「…ま、あくまで噂なんだけどね」
アナが顔を青くしながら、嘘でしょと小声でブツブツと言い始めてしまった。
その頃、アナの家には導師とダンサー、そしてシモン先生がけが人の診察に来ていた。
「そうか、知り合いか」
「えぇ。彼はアロン・グリンバーグ、『賢者の塔』の出身で今は最終試験の最中かと…」
「賢者か…」
「性格は悪いのですが、何しろ歴史研究の第一人者です。アナにも彼の本を何冊か渡したくらいです」
そこに導師が奥の部屋からでてきた。
「ダンサー、『賢者の塔』への連絡は済んだわ。ジンが『お好きにどうぞ』って」
「っあいつはいつも適当だな」
ダンサーと導師が話をしている間に、先生が『アロン・グリンバーグ』と呼ばれたけが人をみている。
「仮骨形成は順調でそこは問題ないな。右下腿はあまりかわらないが、これから熱がでてくるだろうから、アナにそう伝えてくれ。何をすればいいのかはわかっているはずだから」
アロンと呼ばれた彼の右足は、全体が水球に包まれており、右ふくらはぎには細い氷が数カ所に刺されている状態だ。
「診療所のベッドがあけばすぐに呼ぶが、数日前におこった崖崩れで怪我人が多くてしばらくは空きそうにない。すまないがこのまま頑張ってくれと伝えてくれ」
「わかりました、ありがとうごさいます」
「先生、いつもありがとうごさいます」
ダンサーと導師がともに礼をいい、お金を払う。
「…今日、明日では目が覚めないと思うが、彼の足は元のようには恐らく動かないだろう。」
「…『賢者の塔』には…」
導師が尋ねる。
「馬車でも使えば戻れるだろうが、もう徒歩では無理だろう。ここに永住するにしても賢者なら引く手数多だ」
そういうと先生は立ち上がり出口へと向かっていく。
「伝えるか伝えないかは任せる」
そういって診療所へ戻っていった。