出来損ないの不死鳥
目覚まし時計が鳴っている。うるさい。止めようとして腕を動かすが届かない。私は目を開けて右腕を見る。肩から10センチくらいの部分から無くなっていて血が出ている。今日は腕か…。私は壁に備え付けてある棚のボタンを押した。右腕用の義手を取り出し、取り付けた。血で汚れたシーツを剥がし、洗濯機に投げ入れた。毎度のことだがとても面倒くさい。服も着替えてシャワーを浴びた。ついでに義手の汚れも取っておいた。シャワーを浴び終える頃には出血は止まっていた。朝の身支度を済ませ、お気に入りのマントを羽織り、家を出た。そして、隣の食堂に入った。
「おはよう、セシルさん、アビゲイルちゃん。」
「ああ、ステノ。おはよう。」
「おはようございます。」
私はカウンター席に座った。まだ開店時間ではないので客は私以外一人もいない。
「セシルさん、いつものお願い。」
「はいよ、ちょっと待ってな。」
セシルさんが料理を始める。アビゲイルちゃんは髪を縛るのに苦戦していた。
「縛ってあげようか。」
私は席を立ってアビゲイルちゃんからリボンを受け取った。
「ありがとうございます。」
髪を縛り終わった後に彼女は私の方を向いた。
「今日も見張り番をするの?」
「うん、いつもの学校でね。」
「気をつけてね。」
彼女は準備をしに走っていった。
「ステノ、お待たせ。」
「セシルさん、ありがとう。待ってました。」
ハムとチーズの乗ったトースト、シーザーサラダ、そしてコーンスープ。私はここフォルラ食堂は一番の食堂だと思っている。
「いただきます!いつもありがとう。」
私はトーストを手に取った。
「ステノ、あんたラジオ聞いてるか。」
「うん、聞いてるけどどうしたの?」
「最近シケイティオの方で盗賊団、もとい解体屋が出てるらしいからな。あんたなら大丈夫だとは思うが、気をつけろよ。」
「うん、気をつける。子供が攫われちゃたまったもんじゃないからね。」
「まあ、それもそうだがあんたの体の方も心配してやりな。」
「私は壊れても大丈夫だよ。でも、心配してくれてありがとう。」
「感謝される事ではない。俺にとってあんたは娘みたいなもんだ。娘の心配を親がするのは当たり前だろう。」
「そう言えば、サヤカは?」
「まだ寝てるかもしれん…。アビゲイル、悪いがサヤカを起こしてきてくれんか?」
食事を済ませた後、荷物を持ち、学校に向かった。学校に着くといつもの先生がいた。
「おはようございます。すみません、少し遅れました。」
「おはようございます。いえ、大丈夫です。今日もよろしくお願いします。」
私は校舎の屋上に登った。3階建ての校舎の屋上から見張り、子供たちを危険から守る。それが私の仕事だ。カバンの中から装備を出し、取り付けた。一応動作確認で屋上から飛び降りた。地面に激突する寸前で装備から風が吹き出し、地面に難なく着地できた。右腕の義手を変形させた。長めの刃物が展開する。子供たちやセシルさんが言うには、「カタナ」というものに似ているらしい。「ニンジャ」とか「ブシドー」とか、私はよく分からないけど…。義手義足や装備はセシルさんが友人に相談したら作ってくれたものらしいが、私はその友人に会ったことは無い。セシルさんに会わせてくれと頼んでも、
「まあ、あの人も忙しそうだし、第一、闇の世界の住人だからね。私の元同業者だし。」
と言って合わせてくれない。多分殺し屋なんだろう。私は双眼鏡で辺りを見渡した。特に不審者も危険生物も見当たらない。そのまま時間が経ち、日が傾き始めた。子供たちは最後の授業が終わったようでガヤガヤしている。タイミングを見計らったかのように異変を見つけた。遠くの方で砂が巻き上がってる。バイク、それとも大型ビークルか…。いずれにせよ警戒するに越したことはない。私は屋上から降りて学校の正門近くの塀に登った。私はマントのフードを深くかぶって塀に腰掛けた。向こうからは見えないように銃をマントの中に隠した。バイクが3台私の前に止まった。一台に1人ずつ、汚い笑顔を浮かべた男達が乗っていた。
「おやおやおやぁ?嬢ちゃん、あんたこんな所で授業サボり中か?」
「悪い子だ、おじさん達がオシオキしてあげようかねぇ。」
汚く唾を飛ばしながら下品に笑っている。視線を少し下に傾けたがやはり欲しか見えなかったので目線をあげた。
「オシオキってどんな事?」
「ええ?そりゃ気持ちよくさせた後にバラしてイかせてやるのさ!」
男のうち1人が私の左手を掴んだ。私は義手を変形させ、直ぐに男の手首を切った。男の右手が宙に舞う。
「ウォァァォアォ!!!!!」
「なんだコイツ!?やりやがったな!!」
他の男二人が銃を構えた。塀から降りて男の銃を避けた。手榴弾を塀の無効に投げた。爆発音が複数聞こえた後に塀の向こうから罵声が聞こえる。どうやら男達の乗っていたバイクを壊せたようだ。
「てめぇぇぇ!!!ぶっ殺してやる!!!」
男達は銃を無茶苦茶に乱射し始めた。塀に穴が開き始めた。私は門に向かって義手を射出した。右手が門から飛び出した時、そちらに男達の気が向いた。私はスグに塀に登り、マントの下から二丁拳銃を出し、男達を撃った。1人は全身、1人は両手首、11人は右目と右腕、男達は傷だらけのまま逃げ出した。私は逃げようとする男に狙いを定めたが、死角からバイクが飛び出してきた。自動運転らしく男達を乗せて走っていった。私が諦めかけたその時、地鳴りがした。まさか、と思った瞬間、砂の大地が盛り上がった。3人を一台のバイクに乗せている為、男達を乗せたバイクはフラフラとバランスを崩した。その下から巨大なイモムシの様な生物が飛び出し、バイクごと男達を捕食した。ウェポンビッグワーム、戦争時代の頃に使われた生物兵器の一つだ。また余計な仕事が増えたなあ、とボヤきながら帰る支度を整えた。子供たちは親に連れられながら帰って行った。私は荷物を持って帰ろうとした。
「あの、すみません。」
振り向くと学校の先生がいた。
「どうしました?」
「あの、これを受け取ってください。」
先生はお金を差し出した。
「いや、要らないです。」
「でも、毎日命をかけて学校を守ってくださってますし、それで何も無しでは…」
「お金は使いませんし、溜まってくだけですので、大丈夫です。」
私はフォルラ食堂に向かった。中に入ると夕食を食べている人やお酒を飲んでいる人がちらほらいた。私は席についてセシルさんの方を見た。
「セシルさん、いつもの。」
「いや、ダメだ。」
「へ?」
周りから何か爆発音がいくつもした。私は驚いて椅子から転げ落ちた。紙吹雪か何かが舞っている。他のみんなが爆笑している。
「ちょ、ちょっと待って、何コレ?」
「どうだ驚いただろ。『クラッカー』だ。」
「ク、クラッカーて戦争中に使われた音響兵器だよね?」
「ん?まあ、少なくとも戦争中はな。どうやら月代戦争以前には何か祝い事をする時に鳴らしてたらしいぞ。だから、やってみた。」
「私と父さんで作ったのよ。」
サヤカが満足そうにニヤニヤしながら他のクラッカーを持ってきた。
「私で試さないでよ、死ぬかとおもった。ところで祝い事って?」
「今日はステノがこの街に来てから丁度3年だからな。」
「そんな祝う事かな。」
「誕生日みたいなもんさ。」
アビゲイルとサヤカが裏手に回って行った。
「今日はあんたがいつも食べたがってたアレを用意してやった。」
「え?ホントに?」
「ああ、本当だ。」
私は急に食欲が出てきた。あの時食べて以来、食べることが出来なかったものが今もう一度食べることが出来る。セシルさんは勿論、どこで頼んでも「は?何それ?」か「作りたくない。」かしか答えてくれなかった私の大好物が。アビゲイルとサヤカがケーキを持ってきた。
「フォルラ食堂特製のチーズケーキだ。チーズはカースマルツゥを使っている。」
「カースマルツゥ!ありがとう、凄い食べたかったの!」
マースマルツゥ。サルデーニャ語で「腐ったチーズ」という意味の名を持つチーズの最大の特徴は生きた蛆が入っていることである。つまるところのゲテモノ、しかも毒物。検索する際にはご注意を。
そこからはフォルラ一家とそこにいたお客さんや途中から来た人も含めて私の記念日を祝った。1つ気になったことは、チーズケーキを運ぶ時のサヤカがゴム手袋をしてた事と、私以外の人がケーキにあまり手をつけなかったという事だ。まあ、私が食べたがってたものだし、私が多く食べれる様に気遣ってくれたって事ね。
「ここに来たばっかりの時、あんたいっつも復讐してやるって一人で壁の門まで突っ込んでって警備に殴られて泣きながら戻ってくるって繰り返してたな。」
「どんな昔の話!?恥ずかしいからやめてよ。確かに今でも恨んでるけど、単騎で国ひとつとか無理だから。」
他愛ない話をしながら時間が過ぎていく。チーズケーキに入っている蛆を見て、夕方に見かけたウェポンビッグワームの事を思い出した。
「セシルさん、結構デカ目のWBW見つけたけど、申請しとく?」
「ん、明日しておくさ。」
その日はとても楽しい日になった。もしかしたら、去年も同じことを思ったのかもしれないけど、忘れてしまった。お腹いっぱいに食べて、幸せに眠ることが出来た。
次の日、何故かお腹を壊した。その日の欠損部位だったかな…。




