問2)手紙を見つけたときの俺の心情を答えよ
ここで少し、我が愛しの幼馴染について語っておこうか。
なぜこんなところで? 前回の続きはどうした?
ごもっとも。
しかしタイミング的にはここが一番都合がいいのだ。彼女が亡くなった後で『彼女』が現れる前だからな。
そういうわけで、少しばかり幼馴染自慢をさせてくれ。
彼女は一言で言えば控えめで、二言で言えばたいへん慎ましい――まあそんな感じの女だ。
例えばこんなことがあった。中学生になるまで彼女とは毎年一緒に初詣に行っていたのだが、ただの一度もおみくじを引かない。
その理由を訊ねてみると予想外の言葉が返ってきた。
「私が大吉を引いてしまったら、大吉を引けなくなる人が一人増えるから」
おいおいって思うだろう。俺だってそう思った。
だがそういうヤツなのだ。誰も心配しないような心配をして己の幸福を遠ざけようとする。他人の幸せを願いはするがやたら迂遠な手段を取る。
目的地に向けて歩いているはずなのに気づくと遠回りしているという点では、彼女と俺は似たもの同士だった。
んん? 容姿?
そうか。それもあった。年頃の男子といえばまず容姿に惚れるもので、中には胸や尻に一目惚れする者もいると聞く。もちろん俺は彼女の胸や尻に恋をしたわけではない。容姿などはほんの一因にすぎないのだが、気になるというなら答えよう。
美少女というには大人びていて、美女というには幼い。その中間くらいの雰囲気を持っている。背はわりと高いんだがな。顔の印象がそんな感じなのだ。それから左目の下に泣きぼくろがあって、ちょっと陰のある黒髪の女子高生だ。
どうだ、こんなところでいいか?
いやいや、もちろん彼女について語ろうと思えば言葉が尽きることはない。彼女の美しさに疑念を抱かれるのも心外だ。
だが、あんまり詳細に説明して彼女の姿を克明に思い浮かべられるのは、それはそれで俺の独占欲的なものに抵触するのだ。この複雑な男心をわかってくれ。
それにだ。
語り尽くさない方が、それぞれの美意識にあわせた補正を受けてより美人になるものだろう。サモトラケのニケ像みたいにな。
さて、それじゃあそろそろ前回の続きを話していこう。
そのとき俺は彼女の家の仏間で、彼女の亡骸と向き合っていた。
業者が置いていったドライアイスの冷気が足元を撫でていく。その冷たさは五感が正常に働いていることを教えてくれる。だが俺は自分の見ているものが現実だと認識できていなかった。外からは彼女の顔を見ているように見えたかもしれないが、俺が実際に見ていたのはその周りの空間でしかなかった。
そのときまで俺は自分の周りの世界は見えない力で守られていると思っていた。
事故で死んだ人間のニュースというのはどこか遠い世界の、極端に運の悪い人間の話であって、俺の周りで起こることはないと愚かにもそう信じ切っていたのだ。
「――なんか信じられないわよね」
彼女の母親が俺に言った。
俺の心境を読んだというわけではなく、同じ心境だったのだろう。
「知ってる? 死後二十四時間は火葬できないって決まりがあるのは、息を吹き返す可能性があるからなんだって」
それは常識と期待の板挟みにあったような表情だった。
普通に考えればそんなことはありえない、でもここまで来たらすがるものがそれしかない――そういう感じだろうか。
かくいう俺はそんな期待はしていなかった。できなかった。
だってそうだろう?
肋骨が突き出て心臓が見えていたのだ。これでは仮に息を吹き返したとしてもすぐに死んでしまうじゃないか。
いたたまれなくなった俺は、駅に残っているという彼女の鞄の回収を申し出た。
彼女の両親は疲れ切った表情ながらに俺に感謝の言葉をかけて送り出してくれた。
俺は駅員から彼女の代理人として鞄を受け取った。
「大変だったねぇ」
という声をかけられたとき、俺は心の中でその駅員を三十回くらい殺した。
それからきっと善意から来ているものだと思い直して、その三十の遺体を心の中で埋葬して手を合わせた。
そうして彼のことは綺麗さっぱり忘れ、駅を後にした。
彼女のお気に入りの鞄を抱えてな。
我が幼馴染がこの青い鞄を買ったのは小学生のころだ。それをまあ彼女らしくも大事にして高校生になるまで使い続けていた。
だから俺の中の彼女のイメージはいつもこの鞄を持っていた。もしも同じ高校に通っていたら学校指定の鞄でその印象は塗りつぶされていただろうが、俺は東京の高校に進学していたのでそういうこともなかった。
そうだ。俺が東京に行くと伝えたときも彼女はこの鞄を持っていた。側面についた小さなポケットに手を突っ込みながら、
「それは、さみしくなるね」
と言ってうつむいた。
それ以降、俺が帰省するたびこの鞄を持って駅に迎えに来てくれていた。
どこかへ出かけるときもだ。彼女の癖だったのか、しょっちゅうその小さなポケットに手を入れていた。
そのことを思い出したとき、俺は彼女の真似をしていた。
鞄の側面についた小さなポケットに手をつっこんで――くしゃりという紙の感触に首をかしげた。
出てきたのは古ぼけた便箋だ。
それもまた記憶にある。小学四年生のころに俺が買ってやったものだ。彼女は大げさに喜んで、結局一枚も使わなかった。
使わなかったのだと思っていた。
俺は立ち止まり、折り畳まれた紙をそっと開いた。
――それはラブレターだった。
今の彼女よりずっと丸っこい下手な字で、たどたどしい言葉が綴られている。
最後に書かれた差出人は彼女で、宛先は俺で、だが最後まで渡されることのなかった手紙だった。
いつも鞄のポケットに手を入れていた彼女。
そしていつも青いケースを持ち歩いていた俺。
「――本当に、似た者同士だよなぁ」
そんなところばかりそっくりでもしょうがないのに、俺たちは同じように怖がって遠慮して遠回りして先送りして。
結局、間に合わなかったのだった。