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最終問題)今の俺の心情を答えよ









 ――かくして『彼女』はどこかへと去り、俺は失ったはずの幼馴染を取り戻した。



 なんて言ったらまるで俺が物語の主人公で何かを成し遂げたのように聞こえるが、実際のところはまったく違う。

 俺は何一つ努力をしていない。

 ずっと自分のことだけを考えていた。

 なのに、こんなキレイな結末を用意してもらってしまった。

 理不尽な世界だ。何もしてないものが幸福になり、報われるべきものが報われない。


 この話における俺の悔いとはつまりはそれだ。


 俺は間に合わなかった。遅すぎた。最後の日に、もう少し早く新月封印に会いに行っていれば、もっとアイツに報いてやれたはずなんだ。

 だって、俺はアイツに返事すらしていない。

 勝手に恋とか言って、勝手に俺を幸せにしやがって、その見返りさえ求めなかった。


「ハルちゃん。またぼーっとしてる。転んじゃうよ」

「ん。ああ、すまん」


 少し先で振り返って俺に声をかける奏。

 その右手には俺の送った銀の指環がはまっている。

 ただし、それは俺がずっと持ち歩いていたものではない。

 あの指輪は、奏が息を吹き返したときには既にどこかに消えていたからだ。

 まあ、そうでなくても別の指輪を買っただろう。あれは新月封印にやったものだ。それを取り上げて奏に送るなんてのは、さすがに恥知らずの俺でもやらない。


 そうだ。それで思い出した。

 あの日以来、俺はシルバーアクセサリーを集めるようになった。

 特に田舎に帰ってくるときには多めに持ち歩いている。

 もしも再びアイツが現れたときに好きなだけ食わせてやれるように。

 アイツに会えたときには、少しでも報いて、幸せにしてやりたいから。

 それから返事をするのだ。

 俺が好きなのは奏だから良い返事はしてやれないだろう。それでも真摯に向き合って、この感情をなんとか言語化して、伝えてやりたい。

 ずっとそう思っている。

 ずっとその機会を俺は待っている。


 新月の一夜前、恋に悩む者の元に現れる月のウサギ。

 新月の夜が来ることを阻む、時間の封印者。

 新月封印。


「なあ奏。俺にして欲しいこととか、ないか?」

「んー。じゃあ、一つだけ」


 消え入りそうな三日月から目線を下ろし、奏の方を見る。


「その子にできなかったからって、私にしちゃダメだよ。それはその子にしてあげて」

「……お前がエスパーだとは知らなかったな」

「それくらい、エスパーでなくてもわかるよ」


 そう告げた彼女の黒髪を、秋風が揺らした。

 髪が一瞬広がって、流れて、さながら夜空のようだった。


「俺ってそんなにわかりやすいか?」

「全部顔に出てるもん。知らぬは本人ばかりだよ」

「道理でお前にババ抜きで勝てないわけだ」

「ふふふ。今度はポーカーとかやってみようか」

「お前、金欠高校生からいくらむしりとる気だ」

「大丈夫。そのときはお金じゃないものを賭けてもらうから」


 そこで奏は再び前に向き直り、歩き出した。

 俺も歩調をあわせて歩き出す。


「でも、私も会ってみたいな、新月封印さん。命の恩人だし」

「お前とは気が合わなそうだがな、性格が正反対だし」

「そうかな。私は意外と話が合いそうな気がするよ。だって、ハルちゃんを好きになったもの同士だもん」

「……なんて答えるのが正解なんだ、これ」

「ふふ。ハルちゃん顔真っ赤」

「勘弁してくれ」


 ふへらと笑う奏の顔を見て、不思議な感慨が胸をよぎる。

 もしも、あの事故がなければ、ずっと指輪を渡せずに、奏とは幼馴染のままだったかもしれない。

 だがあの事故があっても新月封印がいなければ彼女は死んでしまって、やっぱり一緒にはいられなかった。

 細い細い道筋をたどるようにして、今がある。

 ちょうど今の月のように。


 ――ああ、あれからもう一年が経つんだな。


 俺は月が変わるたびに期待する。

 アイツが再び現れることを。

 そして「かはは」と笑うのを。

 そのときが来ることを、ずっと待っている。

 今ごろどうしているだろうか。『一なる真実』にたどり着いて成仏でもしちまったか。そんなはずはないよな。きっとどこかで今も恋する誰かに呼ばれて、助けているはずだ。

 だから、きっといつか――


 満点の夜空を見上げる。

 煌めく星々に混じって、糸のように細い三日月がそこにある。

 けれど結局、今夜もアイツが現れることはなく――





 ――また、新月の夜が来る。






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