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問1)幼馴染を失ったときの俺の心情を答えよ






 ――人生に遅すぎるということはない、とよく言われる。


 さも含蓄がありそうな言葉だが、よく考えてみてほしい。例えば懸賞に応募するとしよう。そのうちハガキを出そうと思っていても期限が来てしまえば、それはもうどうしようもない。

 人生には間に合わないという事象が往々にして発生する。

 そして多くの場合、タイムリミットは目に見えない。


 だから時間はあるとか、まだ遅くないとか、そういう意識を持つのはやめろ。やるべきことがあるなら今やっておけ。

 俺みたいにならないように。


 そうだ。俺はどうしようもなく遅すぎた。間に合わなかった。

 まだ大丈夫だ、焦る必要はないと思っているうちに時間に追いつかれてしまった。

 ぜひ教訓として聞いてくれ。

 俺のことはダメな反面教師としてでも、刻んでくれればいい。



 さて。

 『彼女』の話を語るにあたってどこから始めるべきか、それもまた悩ましい問題だ。順序立てて説明するなら子供時代からにすべきだろうし、俺のダメさ加減を語るには中学時代は不可欠だ。

 だが、この話の主題は俺ではない。

 『彼女』のことを語るのならばやはりあの運命の日からにすべきだろう。







 八月一日。

 それは夏休みも真っ只中の、暑苦しい日だった。

 俺は例年通りに千葉にある祖父の家に向かっていた。というのはもちろん建前で、実際には幼馴染の奏に会うための帰省だった。俺は彼女のことが好きだった。

 だが思春期特有の情動でそれを素直に示すことができなかった。

 初めてバイトをして買った安物の指輪もずっと渡せずにいた。何も今年じゃなくてもいいさ、来年にはそういう間柄になっているかもしれないし、そんな風に考えてズルズルと引き伸ばし、先送りし、見送って、貴重なチャンスを三回も棒に振っていた。

 だっていうのに当時の俺は、その年もまだその時じゃないと思っていたんだ。電車の中で指輪を入れた青いケースをいじりながら必死に渡さない理由ばかり考えていた。

 甘えていたのだ。

 彼女だって俺のことを憎からず思っているはずだとか、時間が経てば何も起きなくても付き合って結婚するに違いないとか、そんな甘ったれた思考に肩まで浸かっていたのだ。


 やがて電車は田舎のホームに到着した。

 何年経っても変わらない見慣れた駅。しかしいつもの帰省と違うところが二つあった。

 一つはいつもなら必ず迎えに来てくれる幼馴染の姿がなかったこと。

 もう一つは駅の外が尋常でなく騒がしいこと。

 だがその時点ではまだ、その二つに因果関係を見出すことはできなかった。

 ああ、それでも悪い予感はしたさ。

 だから様子を見に人混みをかき分けて中心に向かったんだ。


 そこには壁に思い切りつっこんだ車があった。

 アクセルとブレーキを踏み間違えたというヤツだろう。よくある話だ。運転席は無人で、犯人はすでに逃亡してしまったようだった。

 そこまでなら俺にはまったく関係ない話で済んだ。そのまま立ち去れば何も見ずに済んだ。

 だが、その車と壁の間には真っ赤な液体が広がり、俺の視線を否応なくそちらに誘導した。



 そうして、車と壁に挟まれて潰れてしまった彼女の姿を見た。



 肋骨がバキバキに折れて内側から破裂するように飛び出し、その中に脈動する心臓がのぞいていた。

 そのときに俺が何と言って何をしたのか、実のところまったく覚えていない。動転していたのだろう。何を言ったとしても不思議じゃないし、何をしでかしたとしてもおかしくない。

 とにかく気づいたときには彼女と一緒に救急車に乗っていて、もう一度気づいたときには病院の廊下にいた。

 俺の隣には彼女の両親がいて、なぜだか俺のことを気遣っていた。

 その優しさに対して気遣う相手が違うだろうと怒りを覚えていた俺は、やはり尋常な精神状態ではなかったのだろう。

 ただ強く指輪の入った箱を握りしめていた。

 そしてなんとか意識をプラスに持っていこうと努力していた。

 彼女は必ず助かる。そして助かったなら、この指輪を渡すのに躊躇はしないだろう。彼女を喪う恐ろしさを知ったのだ。これこそが俺の待ち望んでいた《その時》だったのではないか。そうだ、彼女が助かりさえすればすべて良い方に転がる。未来の結婚式の話の種は決まったようなものだ。

 そんな風にして心臓の痛みから気をそらす俺の前に、扉の奥から出てきた医師が立った。

 そうして現実を叩きつけてきた。


「手は尽くしたのですが……」


 そこから先の記憶もやはり飛び飛びだ。

 からん、と床に何かが落ちる音を聞いたのは覚えている。





 おっと待ってくれ。

 まだ帰るには早いぞ。本当に物語がここで終わるなら、俺はここで話なんかしてないさ。ここで終わっていたならそのまま首をくくってるだろうし、そんな陰鬱なだけの話を人に聞かせて楽しむ趣味もない。


 ことが起こるのはここからだ。

 そうとも、俺はその日、家から飛び出してくる彼女の姿を目撃したのだ。




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