オオカミの悩みごと
さらさらと流れる川。サアーと通る風。高い空、一面の緑。ここは深い森の中。ここにはたくさんの生き物が住んでいる。今では珍しいオオカミの群れも。
オオカミたちが川の周りで走り回って遊んでいる。灰色や茶色の毛をサラサラとなびかせながら。するとそのオオカミたちの中の兄弟が喧嘩を始めた。噛んだり蹴ったりするたびに周りが止めようとするが誰も怖がって止められない。
「止めなさい!喧嘩なんて怪我の元だよ。」
そう言って兄弟の間に入ったオオカミがいた。灰色の中に少し黒を混ぜたような毛で美人とは言えないが綺麗なオオカミだった。
「だって、兄さんが悪いんだ。僕の大事なおやつを取ったから!」
「違うよ。こいつが悪いんだ!俺の大事な獲物を獲ったから!」
「でも喧嘩は駄目だって何回も言っているでしょう?私のおやつあげるから、仲直り!」
すると兄弟はおとなしくなって、「ごめんなさい」と仲直りをした。それを見たオオカミは家に戻り、母から貰ったおやつのうさぎを兄弟にあげた。兄弟は嬉しそうに受け取り、仲良く話しながら食べた。
オオカミそれを見てから、友達を連れて花畑に走った。風が良く吹いていてお日様も上にいたのでまだまだ遊べると思い、友達と一緒にお花の上をごろごろと転がっていた。すると大きな岩の裏からシカやウサギが様子を見ていた。
「ねえねえ、一緒に遊びましょう?」
「止めなよ。私達はオオカミだよ?皆恐がるって。」
「大丈夫だよ。だってキツネは仲良くしてくれたじゃない!」
「だって、それは学校だからだよって、駄目だって!」
「皆ー!遊ぼー!」
「オオカミだ!逃げろー!」
「待って!・・・。」
皆、深い森の中に逃げていきました。ぽつんっと広い花畑にはオオカミたちだけ。
「・・気にしないの。しょうがないじゃない。そう言う世界なの。」
「うん・・・・分かってる。でも、オオカミじゃなかったら」
「皆と遊べたのかな?」そうオオカミが言うと友達はため息をついて、帰ろうと言って走り出した。しぶしぶオオカミは走った。その時、岩の陰からそっと覗いている生き物がいた気がしたようで少し立ち止まり、じっと見てから走りだした。
オオカミたちの家である洞くつに帰る頃には、すっかり周りはオレンジ色になっていた。洞くつに入ると兄弟がまた遊んでいて、母と父は喧嘩をしないかひやひやしながら見ていた。
「ただいま。」
「おかえりなさい。そろそろご飯だから待ってね。」
「おかえり。弟たちの喧嘩を止めてくれたんだって?いつもありがとう。」
「いつもしていることだから慣れたよ。」
「姉ちゃん。おかえりー。」
兄弟は息を揃えて言った。
「ただいま。次喧嘩したら、噛むからね。」
「ええ!ヤダ!」
「じゃあ、お父さんにやってもらったら?」
「そうか。よし、喧嘩していいぞ!」
「お父さんの方がヤダよ!」
「まあ、ほどほどにね。」
そんな話をしながら、晩ごはんを食べて、寝床に行った。岩を少し登った所にある月明かりが入る場所にオオカミは丸くなった。何で自分はオオカミなんだろうと思いながらそっと目を閉じた。
まだ朝日が出たばかりの時間にオオカミは花畑に行った。霧が濃いためなかなか大変だった。
「まだ、誰もいない。」
匂いで確認して、岩の隙間に隠してあった種を取り出した。花の種だ。まだ、花が咲いていないところにそっと種をまいた。そして、岩のおくにあるさわでだいぶ前に人間が落としていった硬い筒で水をすくい、かけてあげた。オオカミは花を育てているのを内緒にしていた。周りの狼からは男っぽいと言われていて、馬鹿にされるんじゃないか怖かったから。
もう一度水をくみ、戻ろうとすると花畑に誰かがきた。小さいウサギだった。岩に隠れてそっと見てみた。
「あれ?ここに新しい種がまいてある。私以外でも育てているひとがいるのかな?」
ウサギはきょろきょろと辺りを見渡して、育てているひとを探していた。でも、なかなか見つからないようで叫んだ。
「ここにお花を植えたひとは誰ですか!・・・ここにお花を植えたひとは誰ですか!」
「・・・私でーす。」
「どこにいるんですか?もしかして岩の後ろに隠れているんですか?」
「そうなんです。私は、皆に怖がられているのであなたには顔を見せられないんです。」
「そうなんですか。それじゃあ、お話だけでもしましょう。」
「良いんですか?」
「ええ!お花の植え方にちょうど困っていた所なんです。」
それから、オオカミは姿を見せないままウサギと話をした。オオカミは新しい友達が出来てとても嬉しかった。なので毎日毎日、オオカミは朝早くに種を植え、水をかけ、岩の後ろでウサギを待っていた。
そんなある日、オオカミがいつも通り種を植えに行くとウサギがいた。どうやら、オオカミよりも早く起きたらしい。
「今日はどんな話をしようかな。」
そう言いながらお花に水をかけて走り回っていた。なんだかそれはいつも母や父と狩っているウサギに似ていて、食べてしまいたいとジュルリと口をなめた。でも、友達だからとぐっと我慢した。しかし、ぴょんぴょん跳ねて、しっぽをふりふりとふる様子が愛らしくて、食べてしまいたくて。
我慢できずにオオカミは走り出した。ウサギは逃げることなく、そこに立ち止まった。オオカミはウサギにおおいかぶさり、なぜ逃げなかったのか聞いた。恐いだろう。いきなり捕食者が現れ、自分におおいかぶさり逃げ道をふさいでいるのだから。泣きそうなウサギがぐっと涙をこらえて言った。
「あなたは花を植えていたひとですね。やっと・・顔が見れました。」
もしかしたらオオカミは、ウサギを食べてしまうかもしれないのにウサギはいつも通りに話そうとすることにオオカミは不思議に思った。
「なんで・・・もしかした、君を食べちゃうんだよ!なのになんで話すの?恐いくせに、私のことを怖がっている癖に!!」
「・・・。」
「逃げたいなら、逃げれば良かったじゃない。なのになんで・・。」
「ねえ、オオカミさん。あなたはなんで泣いているんですか?」
ウサギの胸元の毛が濡れていた。雨も降っていないし、ウサギが水遊びをしたわけでもない。オオカミの涙で濡れていたのだ。オオカミは一歩下がって、ウサギを見ながらわんわん泣いた。オオカミは自分がどうして泣いているのか分からなかった。悲しいわけでは無いし、痛いわけでもない。なのに涙が止まらなかった。
「ごめんなさい。ごめんなさい。私がオオカミでごめんなさい。」
何度も何度もオオカミはそう言った。朝方の霧が濃い森にその声は響く。ウサギはそっとオオカミに近寄って大きな背中をさすってあげた。オオカミが泣き止むまでずっと。
お日様が照り始めるころにやっとオオカミは泣き止んだ。ウサギと向かい合って今まで姿を見せない理由を話した。話を聞いたウサギはきょとんとした顔をした。
「オオカミさんは、オオカミさんでもあなたは優しいオオカミさんじゃないですか。優しさに見た目は関係しません。」
「で、でも皆恐がるし・・。」
「それは皆さんがあなたではなくオオカミを怖がっているからですよ。」
「君を、食べかけたんだよ?」
「それは・・確かに恐かったです。でも、実際は食べなかったじゃないですか。」
にっこりと笑うウサギ。何だかオオカミも温かい気持ちになって、にっこりと笑い合った。
それからオオカミはウサギたちを食べなくなった。家族に心配されたが理由を話すと困りつつ分かってくれた。そして、オオカミは自分がどうしてオオカミなのかと考えるのを止めた。だって自分は自分だから。今は大人になって一人で暮らしている。今までオオカミを怖がってきた彼らと一緒に。もちろんウサギも。
閲覧ありがとうございました。