第28章 苦悩(後半)
<プルルルル、がちゃ>
約束の時間がきた。おれは躊躇なく、先輩に電話をかけた。
「先輩、達雄です。今、電話だいじょうぶですか? 」
(この浮気者。バカー)という叫び声が後ろで響いている。
「おまえのせいで、彼女と修羅場なうだぞ」
「どういうことですか、それ(笑)」
「おまえが、おれの浮気相手らしいぞ」
「はあ? 」
「おまえが、おれの浮気相手らしいぞ」
今度は怒号が飛んでくる。意味がわからない。
結局、先輩の彼女の誤解を解くのに10分はかかった。
ふたりで必死に弁明し、謝った。どうしてこうなった。
「それで、先輩。本題なんですが……」
「おう」
「実は……」
おれは、重い口を開いた。
「海外赴任の話が上から」
「おう、よかったじゃん。前から行きたがっていたしな」
言い終わる前に先輩は、大きな声で祝福してくれた。
「ありがとうございます。そうなんです。とても、うれしいんです」
「だよな~。1年目で向こうなんてすげえじゃん」
「課長からも同じこと言われました。もう嬉しくて、嬉しくて」
「それでおれに教えてくれたのか。ありがとうな」
「いや、実は、それについて人生相談が……」
「なんだよ? 幸せの絶頂だろ? 」
「そうなんです。でも、つらいんですよ」
「なにが? 」
「沙織さんのことです」
「ああ? このまえ相談された彼女のことだな」
「行ったら、1年も会えなくなっちゃうじゃないですか……」
とても情けない声が出ていた。
「おまえな~」
「すいません、情けない声出してしまって……」
「このヘタレ野郎」
先輩の怒号が飛んできた。あれ、ここは失恋確定のおれを慰めてくれるところじゃ。
「諦めたら、そこで恋愛終了なんだよ」
「でも、それ下手したら、ストーカーじゃ」
「違うだろおおおお、このばかあああ」
「え」
「おまえな、向こうもそれなりの好意をもってくれているんだろう。男ならここで攻めろよ。ヘタレてるんじゃねえよ。夢も恋愛もどっちも選べよ。諦めんな」
「……」
なにも言い返せない。
目から、液体がこぼれてくる。これは涙。泣いているのはおれだ。
「いいか、よく考えろ。そして、決断しろ。わかったな」
「はい、ありがとうございます」
涙声でうまく言えなかった。でも、とてもうれしかった。
「以上、がんばれよ」
「はい」
全力で言えた。
涙が止まるまで、泣いた。幸せなうれし泣きだった。
そして、おれはつぶやく。
「エンディングが見えた」
そろそろ、物語も佳境です。




