第27章 涙
「ちょっと、海外勤務に行ってくれないかな? 1年くらい」
部長は、おれの予想を裏切る発言をしてきた。海外勤務? 1年?
世界線でも、変動したかな。おれはあっけにとられていた。
「できれば、3か月後の人事異動のときにいってもらえればなと思ってるんだ」
「じつはぼくが推薦したんだよ」
課長がニヤニヤしながらそういってきた。
「達雄くん、前から海外勤務にいつかは行きたいって言っていたでしょ? ちょうど、アメリカの支社に空員がでてね。英語得意だし、新入社員だけどいっかって」
軽い。軽すぎる。いいのか。そんなノリで。
「あっ、えっと」
おれは突然のことで声を失う。
「突然のことで、ビックリしたでしょ」
課長はいたずら好きな小悪魔みたいな顔をしている。
「はい、びっくりしてます」
「異例のことだよ。すごいんだよ~」
間の抜けた声が、響いている。
「突然で、びっくりしてるだろう。返事は今週中にでも聞かせてくれ」
部長はにこやかに、話をしてくる。
「わかりました」
ギリギリでしぼりだした声だった。
「じゃあ、仕事もどっていいよ~。おれは部長とコーヒー飲んでくるから」
課長は相変わらずすっとぼけた感じだ。
海外勤務、アメリカ。異例の抜擢。
なんだか、別の世界のような話だ。
だって、おれは最近まで、ニートで、非リア充で、根暗で……。転生を気にして生きているような、やばいやつだった。
おれは、トイレの個室にあわてて駆け込んだ。
涙がでた。うれし涙だ。うれしかった。幸せだった。
だれかに必要とされている自分。
目標だった海外勤務。
すべてが叶ってしまう。だれかに必要とされることが、こんなにうれしいことなんて、知らなかった。
これでもう転生を気にする生活とはおさらばだ。
「でも……」
うれしさのなかに、怖さがあった。
「沙織さんとも会えなくなるんだよな」
辛い現実がそこにはあるのだから……。




