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アスペルガー症候群


 あの事件の後、彼女に対するみんなの反応は二種類に別れた。

 一方は彼女の強さと冷たさを恐れて一方的に避けて無視する者達。

 しかし、これはクラスの中でも少数派であり、大多数の人達は彼女の桁違いの美しさと強さに憧れを抱き、崇拝、いや信仰心さえ持って崇められることになる。

 ちなみに、ほとんど一方的にぶっ飛ばされたアレクはというと、鼻だか顎だかの骨が折れていたらしく、あの後すぐに医療室に運ばれて一週間程入院していたらしい。だけど、あのことは、結果的に訓練生同士の喧嘩ということで納められてしまったという。

 そして退院後、彼は何故か、エヴァに対して一切絡まなかったし文句の一言さえも言わなかったという。

 うわさでは、エヴァの後見人、ヴァン・ド・スノウ長官の力が働いてるような話だったが。まあ、そのへんの事情は定かではない。

 

 あの事件をきっかけに、彼女はエヴァ様と呼ばれるようになっていた。それにあやかった訳ではないが僕もしばらくの間、彼女のことを心のなかでエヴァさまと呼ばせて貰っていた。

 あの頃、僕は彼女の姿をこの目で見れるだけで本当に幸せな気持ちになれたものである。

 

 あのとき、控えめな僕はごくごく控えめに恋をしたのだと思った。だけどそれは恋などと呼べるものではなかった。

 それは絶対的な強者、あるいは自分には手の届かない美しいものへの憧れ。いやそうではない、これはもはや彼女を絶対的存在に仕立て上げた上での信仰心である。

 しかし、彼女はそんな絶対的存在ではない。

 

 ―――――――彼女は生身の人間であった。


 そんな彼女は崇拝の対象、あるいは絶対的存在に仕立て上げられることを嫌ったのだろう。

 あの事件以来、自分の殻に閉じ籠るように他者との交わりを完全に断ってしまった。

 そうして、彼女はクラスのなかで孤立していくことになる。

 

 僕は彼女と半年間も同じクラスで一緒に過ごし、卒業後も何度となく会っているにもかかわらず一度たりとも話したことがない。

 話したことはないのだが、僕はこの訓練場で彼女と会うようになってから一つだけ彼女の反応を見るべく、試していることがある。

 彼女はここでの訓練を必ず六時すぎには終わらせて、地ならしと片付けをして六時半ぴったりにこの訓練場を出ることを習慣化していた。

 僕はそれを見越して六時半前になると彼女の帰るコースに陣取り、必ず帰りの挨拶をしていた。

 最初の頃は単純に「お疲れさまでした。」と僕が頭を下げると「………お疲れさま。」と例の冷ややかな瞳で目配せをして返してくれるのが嬉しくておこなっていたのだが、そのうち彼女の反応を試すべく色々な挨拶を試していくことになる。

 

 そして一度も会話したことはないのだが、こうして一年以上も彼女を観察し、考察し、熟考した結果、僕はエヴァ‐M‐ユグドラシルという人間に対する考えを完全に改めることになった。

 

 ――――――確かに彼女は生身の人間であった。


 彼女の至高とも言うべき美しさは生まれもったDNA。それは洗練された身のこなし、内面の清らかさ、そして、強かさから湧き出しているものなのである。

 そして、あの規格外の強さは今ここで見ているように日常的な高強度の訓練の反復と日々の努力の賜物である。

 あの天才的とも言える強さと美しさはまさしく日々の血のにじむような努力の上に成り立っているのである。


 そうして今でも僕は彼女に対し恋にも似た憧れと尊敬の感情を持っているのだが、同時にそれは彼女の美しさと強さを崇拝や信仰心といったものではなく、彼女自身が持っている能力として、そして生身の人間として現実的に認めて受け入れることであった。


 そして、これが一番大事なのだが、彼女には僕と由来はまったく逆なのだが結果的にそっくりな共通点が一つだけあるのだ。いや、もちろん彼女の容姿や能力のことを言っているのではない。

 当然のことながら彼女と比べたら僕みたいなへたれの落ちこぼれは、まさしく月とすっぽん、雲と泥ほどの差があるのだが、そこではないのだ。


 僕と彼女の似ている共通点、それは‥‥‥。 


 ――――――――――コミュ症。


 そう、彼女は僕と同じようにコミュ症を患っているのだ。それもかなり重度なコミュ症のようだ。

 一年半もの間、僕の持っているやっかいな特殊能力で彼女を観察し、考察し、熟考した結果、おそらく彼女は発達障害系のコミュ症(アスペルガー症候群)を患っているという結論に達したのである。



 ――――――アスペルガー症候群。


 別名を自閉症スペクトラム。

 コミュニケーション障害の一つと言われている。

 アスペルガー症候群とは、発達障害の一種で一般的に三つの症状が表れるという。

 一つ、相手の立場に立って考えることができない。

 二つ、場の雰囲気が読めない。

 三つ、自然で円滑なコミュニケーションが行えない。

 言葉によるコミュニケーションも表面上は行えるのだが、言葉をそのまま「文字どおり」素直に受けとるため、すべてを真に受けてしまったり、冗談が通じないことも多い。

 同様に曖昧なコミュニケーション、つまり手振り、身振り、表情でのコミュニケーションとか、アイコンタクトで伝えあったりするということが困難な様である。

 そして、もう一つ特徴的な事として、興味の対象が極端に偏っていたり、こだわりが非常に強いことが認められている。


 少ない情報を可能な限り組み合わせて考察してみると、すべての症状が彼女に当てはまっていた。

 情報量が少なすぎるので統計的には仮説の域を出ないのだが、僕は感覚的に彼女がこのコミュ症であると確信していた。

 

 特に特徴的なのは彼女には執拗なまでに自分の肉体をいじめぬく性質がある。フィジカル的な強さを追い求める気持ちが偏執と思われるほど極端に強いのだ。

 この点においても、偏執的なこだわりを持つというアスペルガー症候群の特徴に合っている。


 実際に今日も僕が来る一時間も前から激しい槍術の訓練に打ち込んでいる様であった。

 彼女は色々な武器の中でも槍、それも特に短槍が好きなようでここでの朝の訓練ではかなりの頻度で短槍の訓練を行っている。

 短槍というのは、いわゆる一般的な剣術というよりも武術とか体術のほうに重きをおいていて、彼女はまるで舞を舞うように激しい足さばきと体さばきで短槍を縦横無尽に振るっている。

 ヨウ老師、いわく。「‥‥ありゃ、サザン流槍術じゃ。」ということである。

 どういう経緯かわからないが、彼女は、今や伝承されていないサザン古武術の流れを汲む槍術の使い手らしい。

 

 そして、この訓練を彼女は、この後二時間ほど精も根も尽き果てて足腰が立たなくなるまで行うのだ。まさしく自分で自分を極限状態に追い込むのである。

 

ありがとうございました。

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