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エヴァ‐M‐ユグドラシル



 ―――――まだ外は暗い。

 

 毎朝、僕はまるで暗い海の底から浮かび上がるように目を覚ます。

 夢は見たことがない。

 僕の特殊体質に関係しているのかもしれない。

 

 一説には、寝ている時、身体の休息状態に対し、脳が活動して覚醒状態にあると、その反動として夢を見るらしい。そしてその睡眠時の半覚醒状態を一般的にレム睡眠と言う。

 それに対し、より深い眠り、体温、呼吸、脈拍、血圧の低下がみられるような眠りを一般的にはノンレム睡眠と呼ばれている。

 睡眠中はこのレム睡眠とノンレム睡眠を交互に繰り返されているらしい。


 だけど思うに、僕の特殊な脳は日常的な疲労多可を癒すために半覚醒状態のない深い眠り、ノンレム睡眠だけで構成されているみたいだ。

 だから、起きる時はいつも決まった時間に海の底から浮かび上がるような感覚で目が覚めるのだ。

 そして、僕の体内時計は他人のそれよりしっかりしているようで、分単位、いや秒単位で起きることができる。


 おそらく今の時間は朝の四時ぴったりのはずである。


 僕は身体を起こし、ベットの端に座り、少し暗さに目を慣らす。ここは僕が借りている兵舎の一室である。六帖ほどの板の間の部屋の中には備え付けのベットと小さなテーブル、そして僕が持ち込んだ数冊の本と訓練用の剣が一振りあるだけだ。


 暗さに目が慣れると、僕はさっと着替えを済ませて、訓練用にヨウ老師から頂いた剣を持って部屋を出た。

 この剣は、フランベルジュと呼ばれている古い剣で、その刃を潰して訓練用にしたものである。一年程前、訓練生が使っている木剣しか持っていなかった僕に対し、ヨウ老師が見るにみかねて下さった剣である。

 ヨウ老師の話では、元々由緒正しい名剣らしい。

 僕が扱うには少々重いのだがバランスが物凄く良いので、慣れると使い勝手が素晴らしく良くて訓練用に刃を潰してある剣にもかかわらず手離せなくなくしまったのである。

 これに慣れてしまうと町で売っている量産品の数打ちの剣では物足りない感じがしてしまうのだ。

 まぁ、そんな数打ちの剣でも一振り五百ギリング、つまり銀貨五枚は下らないので、かつかつの生活を送っている僕には買えない代物なのだけれど。


 僕が住んでいる兵舎は、門を入り、石造りの事務所棟に向かって右手にある。

 それは第二兵舎棟と呼ばれている二階建ての建物で、ここに、二百名ほどの冒険者達が住んでいるらしい。僕が住んでいるのは事務所棟寄りの一階の部屋である。

 そして、五十メートル程離れたその向かい側には二階建ての同じ建物があり、そこは第一兵舎棟と呼ばれ、訓練生達の寄宿舎になっている。

 

 僕は第一兵舎棟と第二兵舎棟の間にある、第一野外訓練場を抜けて事務所棟の裏手にある、第二野外訓練場に向かって歩いて行く。

 第二野外訓練場はかなり広く作られた円形の訓練場で、その回りには弓道場や剣道場などいくつか建物が建っている。


 事務所棟を抜けると、すぐに広々とした第二野外訓練場がある。そして僕はすぐに訓練場中央に人影があるのを見つけた。

 今日は特に月明かりが明るく、その美しい彼女の姿をはっきりと映し出していた。

 

 自分でもまるでストーカーみたいな行為なのはわかってはいるが、彼女の訓練の様子を見るために毎朝、早朝訓練と称して一年以上前から、この場所に通っているわけである。


 そして、月明かりに映える彼女はまるでアマルティの神話に出てくる女神の姿を想わせる。

 



 「―――――――エヴァ‐ M ‐ユグドラシル。‥‥よろしく。」


 そう言ってうつむいたまま僕達の前で挨拶したのが、一年半程前のブラックプール冒険者ギルド、第五十五期訓練生の入団式の日であった。

 

 その時、僕は彼女のあまりの美しさに呆然と立ちすくした。そして、その日から僕の心は彼女に囚われてしまった。

 長く艶やかな黒髪、九等身の均整のとれた身体、そして美しくしなやかな肢体。

 そして圧巻なのが、赤黒いなめし革の胸当てに押し潰された胸のボリュームである。それはなんと、推定九十六センチの G カップ。

 そして、肉付きの良い腰には、なんとも美しく銀色に輝く狼の毛皮を巻いていた。


 そして規格外なのは、その革の胸当ての内に押し込まれた双丘だけではない。

 僕は彼女に出会った当初からその規格外の才能をあらゆる面で見せつけられたものである。

 

 大剣術、片手剣術、短剣術、短槍、長槍術、弓術、体術、彼女はすべての訓練においてずば抜けたセンスと生まれもった才能とをもち合わせていた。

 同時に彼女の持つ美しさと強さは他の人間を寄せ付けない強烈なオーラを放っていた。


 そして、その美しく力強いセンスと才能が彼女を孤立させていくことになる。

 しかし、僕の目から見た彼女は、敢えて孤高を目指しているかのように見えた。

 というのは、入団式当初から彼女にはどこか排他的で取っ付きにくい印象があったためだ。最初の頃は、それは彼女の常人離れした容姿とクールな雰囲気のためだと思っていたのだが、後にどうやら彼女自身が他者との交わりを極度に嫌う人間嫌いなのではないかと考え始めていた。


 

 そして、彼女へのそのような考えがある程度確信に変わる事件が起こる。それは入団式から六日程経過した座学の講習を受けた土曜日の放課後に起こった。

 

 「‥‥みんな、ちょっと聞いてくれ!入団式から一週間たった。ここいらで懇親会といかねーか‥‥?どうだ、これからみんなで町に繰り出して飲みに行こうぜ!」


 入団当初から優秀な成績で目立っていたアレキサンダー‐ロスが講習が終わると立ち上がってそう切り出した。


「いいね!アレク。」「みんなで行きたいわね。」「おお……行こう行こう!」


 教室はざわざわとしたが、まずはアレクの友達やら取り巻き達が賛成の意を表した。その後、同期メンバー達も入団から一週間、メンタル的にもフィジカル的にも色々な意味でたまっていたのだろう、続々と賛成の意を表し始めるのだった。

 

 正直なところ行きたくはなかった。僕はパーティーの類いがとにかく嫌いだ。経験上、僕のコミュ能力では惨めな思いをするに決まっている。なんとか行かない方法はないか考えてみる。

 だけど周りの雰囲気はなんとなく同期メンバー全員で飲みに行く感じになってしまっていた。

 ここで僕だけ行きたくないとは言い出しにくい雰囲気になってしまっていた。そして、もし飲みに行ったとしてもろくなことにならないだろうとは、はっきりと明確に予想ができた。

 僕は座学の教本をしまいながら、―――――彼女はどうするのだろうと思い、ちらっとエヴァさんの様子を伺がった。


 彼女はまるですべての外的要因から隔絶された超越者のように、いつもの冷たい瞳でたんたんと教本を片付けてゆっくりと立ち上がるとさっと教室を出て行こうとしていた。


 「ち、ちょっと待ってよ。エヴァさん!」


 この雰囲気の中、平気な顔で教室を出て行こうとするエヴァに対しアレクが焦りながら声をかける。


 「‥‥なんじゃ?」


 振り返りもせずにエヴァは答える。


 「‥‥これからみんなで飲みに行くからさ。エヴァさんもどうかな?‥って、ほら、これから冒険者になる仲間としてさぁ、こういうのも大事じゃない…?」


 「‥ぅ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ゃの。」


 そうぶつぶつと呟いて、教室から出ていこうとするエヴァの肩にアレクが手をかけようとした瞬間。


 「触るな!」


 「バシッ!!」その手を避けるようにエヴァが叩いた。


 「いたっ、いってえなあっ!………エヴァさんさあ、あんたちょっとできるからってお高くとまるもんじゃねぇぞ。これも社会勉強だと思って付き合いなよ。なあ…。」


 そう言ってアレクはエヴァの肩をバッと掴んで振り向かせようとした。その瞬間、エヴァは振り向きざまにアレクの顔めがけてバックハンドブロウを放った。


 「ドンッ!!!」


 アレクは物理的に有り得ないほどの勢いで十メートルもぶっ飛んで、ガシャッガシャッと机や椅子をなぎ倒して顔面から地面に着地して、そのままピクリとも動かなくなってしまった。


 彼女は自身の行動にびっくりしたのかしばらくの間フリーズしていたのだが、突然我にかえるとまるで何事もなかったように革のバッグを拾うと、さっと身をひるがえして教室を出て行ってしまった。

 その時、彼女は悲しそうな顔をして、何故か僕の方をちらっと見たのだった。

 

ありがとうございました。

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