レーティング
「……うーん、意外と夜間訓練講習してる講師って少ないのね。それにやっぱ、ギルド本部が出してる査定評価はほんと厳しいね。」
査定評価というのは冒険者個人あるいはパーティーの実力をキングスグラウンド冒険者ギルド本部が査定し評価したもので、それは下から順に、C-、C 、C+、B-、B 、B+、A-、A 、A+とアルファベットで表した九段階の評価基準である。
このレーティングというのは内陸の大国、グランビア王国の王都キングスグラウンドにある冒険者ギルド本部で一年に一回、冒険者あるいは冒険者パーティーの実質的な実力を測るために出されている査定評価である。
それは、各国各地にある三十三の冒険者ギルド支部から一年に一回、三万人いる冒険者の情報をギルド本部から派遣されたエージェントによって各支部の担当ギルド職員、座学講師、訓練講師などから集めて正確で平等な査定評価を行っていると公言しているらしいのだが、実際のところかなり本部冒険者びいきのレーティングだと言われている。
事実、千六百人以上の冒険者を抱える南部最大最強をほこるブラックプール冒険者ギルドにはレーティング A の評価を受けている冒険者は現在数人しかいないのだ。
各国各地にあるギルド支部でもレーティング A を持つ冒険者はほとんどいない状態で、唯一 A 冒険者が多数在籍しているギルドが王都のキングスグラウンド冒険者ギルド本部なのである。
そんなわけでレーティングというのは各国各地の支部からは少し厳しいのではないか、という評価を受けてはいるが、冒険者達の本当の実力を計るには、かなり信頼の置ける評価基準とされている。
「………あっ!この人すごい。講師のレーティングだけど A マイナスだよ。」
そこには、レイ‐グラウンドという名前があり、確かにレーティングの欄に A-のハンコが押してある。
「……へぇ、グランビア王国、キングスグラウンド出身、………剣闘士か………あれ?この人、剣奴から剣闘士になってる。すごーい。」
とアイスさんがプロフィールを見つめて感心している。
剣奴というのは奴隷のことで、内陸の大国グランビア王国では今でも奴隷制という差別的な制度が根付いていて、グランビア国内には十万人の奴隷がいると言われ、市場では日常的に人身売買が行われているという話しである。
ここ黒鉄諸島自治区では建国とともに奴隷制度は廃止されているのだが、黒鉄諸島の島々を根城にしている海賊の手により、内陸の国々に奴隷として売るための略奪や誘拐が多発している状態である。
そして、仮に一度奴隷になってしまうとその身分を買い戻すのは非常に難しいと言われている。
レイ‐グラウンド講師のように奴隷身分の剣奴から自力で這い上がるのはとんでもなく珍しい例と言えるようだ。
「うわっ!ち、ちょっと!この人、ほんっと凄いわ!!剣闘士の後にヘルゲンマイト戦士団に入団してんのよ!そんで、なんと副団長まで出世してんのようぅ!!」
アイスさんは興奮しながらもしきりに感心している。
そう、確かにヘルゲンマイト戦士団というのはかなり有名な戦士団で、十年程前に大陸北部で起きた戦争(北部騒乱)において絶対的な強さを見せ、大陸最強の戦士団と謳われているのが、このヘルゲンマイト戦士団なのである。
「…うーん、確かにレーティングが A 評価なのもうなずけるわ。」
「人気もあるんですか?」
腕を組んで、うんうん言って頷いているアイスさんに聞いてみる。
「もっちろん人気もあるよ。なんつっても背が高くてマッチョ。シルバーブロンドのいい男。そしてダンディな四十五歳。渋好みの女の子には堪らないわね。わたしだってあと十歳若けりゃ狙ってるね。」
「いや、そういうんじゃなく………。」
「……あ?…そういうんじゃないわね。…うん、勿論、講師としても人気が高いわね…………ん?…あれ?」
なにかに気づいたのかアイスさんは冊子上の一点を見つめて動きを止めてしまった。
そこには訓練内容が書かれていた。
( 集団戦闘訓練 応募はパーティー単位に限る )
「あちゃー!ハルトくん、個人訓練はやってないみたい。」
「………ですね…。」
「……うーん、あんまりハルトくんにあう講師っていないなぁ。」
そう言ってアイスさんはガタンッと椅子の背もたれに寄りかかって冊子を上で広げて、仰向けのまま、残り少ないページをめくり始めた。
「………ん?…ああぁっ―――!?」
突然、アイスさんの大声が誰も居ない静かなギルド事務所内に響き渡った。
アイスさんはかばっと身を起こすと冊子を見入りながらぶつぶつとなにか呟きだした。
「……………こ、これってレイチェル先輩のプロフィールじゃ……?。」
「それって……も、もしかして……。」
「そうなのよ!なんか事務長が隠すと思ってたら、ギルド職員の査定評価も入ってたのね。んふふ………。」
アイスさんは自分がどう評価されているか自信があるのだろうか?。なぜだかわからないがとてもいい顔をして不敵に笑っている。
「‥‥へぇ。レイチェル先輩はレイティング B 査定かあ……まあまあ、そんなもんよねぇ。」
確かにレイチェルさんというのは話したことはないけど、しっかりしているように見える。そして、アイスさんはまた誰か知り合いのプロフィールを見つけたようで、それをじっくり見ながら、肩を震わせ始めた。
「‥‥んふ。んぷぷ‥‥。アリッサが‥‥アリッサが‥‥あのアリッサが C プラス査定だって。んぷぷ‥‥‥‥。」
なにが可笑しいのかわからないが、両手で口を押さえてしきりに可笑しそうに笑いをこらえている。
「‥‥‥なにがそんなに可笑しいんです‥‥?」
「だって、ハルトくん。あのアリッサがね。あのいつも仕事ができますよぉーみたいな顔してる、あのアリッサが C 査定なのよ。これが笑われずにいれますかって話よ!あっははは‥‥‥」
そう言って笑いながら、もう一度査定表を見たアイスさんは。
「‥‥‥ん!?‥ぅええぇーーーっ!?」
突然、悲鳴にも似た声を上げた。
そして、冊子を見つめる顔がみるみる赤くなってきて、その瞳にはどんどん大粒の涙がたまっていく。
「うわぁーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
決壊した。アイスさんはテーブルに突っ伏してわんわん大声で泣き出してしまった。
おそらく、自分の査定評価が C か C マイナスだったのだろう。
そしてこの後、アイスさんが泣き止むまでかなり時間がかかることになる。
僕はその間中「‥‥大丈夫ですよ、大丈夫ですよ。」となにが大丈夫なのか自分でもよくわからないが、とにかく、必死に慰め続けていた。
そうして、しばらくするとアイスさんは泣き疲れたたのか。
「……………うぅぅ……もう帰る……。」
と呟いてふらっと立ち上がるとふらふらとした足取りで歩き出した。僕が手を貸そうとすると。
「大丈夫‥‥このことは誰にも言わないでね。」
そう言い残して、そのままギルド事務所を出ていってしまった。
そして、なにかぶつぶつと呟きながら、肩をすくめてとぼとぼと帰っていくアイスさんのまるまった背中に向かって(……頑張れ、アイスさん。)と心のなかで呟いてから、僕も帰路にとつくのだった。
ありがとうございました。