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長官執務室



 ブラックプール冒険者ギルド長官の仕事は多岐に渡るハードワークで並みの体力ではやっていけない。今日も朝早くからブラックプールギルド会議所におもむき、ウォーヴァイキング対策について十一人委員会の面々と日が落ちるまで嫌というほど話し合っていた。

 先ほど、やっとこの長官室に戻り、お茶を飲みながらほっと一息ついていると‥‥。(‥‥コンコン。)と小さくドアをノックする音とともにガチャリと開かれ、ひょっこりとエヴァが顔を出した。


 「ありゃっ。帰っておったんか。」


 「‥‥‥な、なんじゃ。エヴァ。」


 「ちこっと、かくまってくれんかの‥‥追われておるんじゃ。」


 エヴァはスッと部屋の中に入って、ドアを素早く静かに閉めると、そう言った。


 「‥‥また、逃げてきたんか‥‥?」


 「逃げてきたん違うわ。標準語を話す練習してたら、身体がこそばゆうなってきたんじゃ。だから、アリアにそう言うて出てきたんじゃ。」


 「まあ、それを逃げてきた、言うんじゃがのぉ。‥‥どうじゃ、事務長は厳しいか?」


 「うん。‥‥アリアは嫌いじゃ。」


 「はっきりとしたもの言いは良いんじゃがのぉ。わしもエヴァはしゃべり方をもうちっと直したほうがええと思うぞ。」


「‥‥なんでじゃ。なんでわしだけしゃべり方を直さないかんの?ヴァンじいも一緒やん。」


 「わはは‥‥。まあ、一緒じゃがのぉ。エヴァは娘っ子じゃからのお、わしと一緒じゃいかんだろ。」


 「‥‥‥なんで、ヴァンじいと一緒じゃいかんの‥‥?」


 エヴァというこの少女は頭も良いし、よくものも知っているのだが、いかんせん、なにかが足りなかった。頭のネジがひとつ飛んでいるというか、とにかく、自分と周りとの距離感や関係性にあまりに無頓着で自由すぎた。

 この先、この娘が冒険者になれたとして、こんなことで仲間達とうまくやっていけるのだろうかと心配になっていた。


 すると、「‥‥コンコン。‥‥長官、失礼します。」と言って、グリーン事務長がドアをガチャリと静かに開けて入室して、ヴァンに一礼した。


 エヴァはノックする音を聞くと同時に驚異的なスピードでヴァンの座っている椅子の後ろにシュタッと隠れた。


 「‥‥少々、お伺いしたいことがあるのですが。‥‥ここに、エヴァさんが来ませんでしたか‥‥長官‥‥?。」


 「お、おう。‥そうだのぉ‥‥‥来とらんが。‥‥エヴァがどうしたんじゃ?」


 「はい。‥あ、いえ、たいした問題ではありません。来ていないのなら、いいのです。」


 そう言って、「‥‥失礼しました。」と、長官執務室の様子を怪しげに伺ってからグリーン事務長はヴァンに一礼してから退室していった。


 「‥‥‥ふぅ。危なかったなあ。」


 後ろに隠れていたエヴァが、椅子の右側からひょっこり顔を出した。


 「わはは‥‥‥危なかったじゃないわ。‥‥まったく、しゃあないのお。エヴァは。‥‥思わず、匿もうてしまったわ。いかんなあ。」


 この日、こういう風にエヴァをかくまったことをヴァンは後に後悔することになる。というのは、この日以来、エヴァがなにかにつけてこの長官執務室にやって来ては、入り浸るようになってしまったのである。


 

 数日後、ヴァンはいつもと同じように朝七時、執務室に入室しようとすると、ドアの鍵が壊されているのに気がついた。

 ヴァンはいつも常備している短剣をスッと腰から抜くとドアを勢いよくバンッと開いた。


 「‥‥誰じゃっ!誰かいるんか!!」


 ヴァンの大きな声が執務室に響き渡ると、執務室の机で本を読んでいたエヴァがびっくりした様子で立ち上がった。


 「な、な、なんじゃ!?ヴァンじい‥‥?」


 「‥‥なんじゃではないわ。いったいこんな朝早ようから、ここで何をしておるんじゃ。エヴァ。」


 「なにて、本を読んでおるんじゃよ。」


 「そういうことを言うておるんじゃないわ。なんじゃ、ドアの鍵を壊して入ったんか?」


 すると、エヴァは明らかに動揺して、あっちの方を見ながら、こううそぶいた。


 「壊したんやない、壊れたんじゃ。‥‥ちこっと力を入れて回したら、壊れてしもうたんじゃ。」


 だが、明らかに剣先でこじ開けたような跡があった。目線を決して合わせようとしないエヴァをじと目で見ていると。


 「‥‥‥そうじゃ、あれじゃよ。本が読みたいなあ、思うてたらな、ここのことを思い出したんじゃ。ほんなら、居ても立ってもおられんくなってな‥‥ほいで、ここでな、ちこーっと力を入れてドアノブを回したらな、簡単に壊れてしもうたんじゃ。」


 ドアの鍵が壊れたのは自分のせいではなく、まるで、ドアが弱かったような言い方である。


 「‥‥本なら寄宿舎の図書室にもあろうが?‥‥なんでここじゃ。」


 「駄目じゃ。だめじゃ。あそこにあるんは、子供向けばかりじゃ。ここのほうが当たりじゃ。さすがは長官の部屋じゃな。」


 「うわはは‥‥ほうか、ほうか。ここは当たりか。まったく、エヴァにはかなわんなぁ。わはは‥‥。」


 本来なら怒らなければいけないところで、また、笑ってしまった。いけない、いけないと思いつつも、エヴァのあまりにあっけらかんとした態度と面白いもの言いににふりまわされているとヴァンは感じていた。

 だが、この一週間ほどで、ヴァンにとってエヴァというこの少女が、どうしようもないぐらい、可愛くて可愛くてしようがない孫のような存在に思えてしまっていたのである。


 このことがあってから、エヴァは朝から晩まで、この長官執務室のふかふかのソファーで本を読んで過ごすようになっていた。

 そして、ここに居れば、標準語というものを教えてくれていたあの恐いアリアにも見つからないことがわかっていた。

 それに、わたしはここに来ると、かつて、じいちゃと暮らしていたカカ山の麓のあの懐かしい丸太小屋を思い出すことができた。

 じいちゃも読書家だったので、小屋にはたくさんの本があったのだが、ここにはそれよりもたくさんの本があった。それもすべてが読んだことのない目新しい難しい本ばかりだった。わたしは毎日、わくわくして新しい本を読んでいた。

 そして、ここに毎日来るようになって、ヴァンじいのことがさらに好きになった。

 わたしは今でも心からじいちゃのような存在を求めていた。それがヴァンじいにぴったりとはまった形であった。


 わたしはこうして、訓練生試験の日を向かえることになる。

 面接に関してはどうなるかわからなかったが、学科試験には絶対の自信を持って臨んだ。

 


ありがとうございました。

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