ブラックプール冒険者ギルド
賑やかなホールを抜けて石造りの壁にあるアーチ状の入口に入ると、そこはブラックプール冒険者ギルドの受付カウンターになっている。
カウンターの後ろには冒険者ギルドの顔、三人の美しい受付孃が座って冒険者達に対応していた。
向かって左からレイチェル‐グラン。ニ十四歳。身長百六十四センチ。金髪セミロング。美人というよりはどちらかというとかわいいタイプ。そしてバストは推定八十四センチの C カップ。見た目から明るい感じのお姉さんである。
今は男三人組のパーティーの相談に乗っているようである。
次に中央に座っているのはアリッサ‐バレンシア。ニ十ニ歳。身長百七十ニセンチ。黒髪ロング。スレンダーな美人。バストは推定八十ニセンチの B カップ。話したことはないがクールビューティーな感じの大人の女性である。
今は何か書類を書きながら女性の冒険者と話しているようだ。
そして向かって右に座っているこの人こそ僕の担当をしていただいているアイス‐ルフラン。ニ十ニ歳。身長百六十八センチ。茶髪ショート。明るく活発でボーイッシュなタイプ。少し天然系。バストは推定八十八センチの F カップ。
冒険者ギルドに入隊した当時からなにかとたいへん世話になっている大恩人である。
彼女の前には誰も座っておらず、アイスさんは下を向いて何か必死に書き物をしていた。
「……あ、あのぉ。」
声をかけるが何かの原稿を書いているらしく、口をタコのようにつきだして「んんん………。」と言いながらその原稿に集中してしまっていた。しかもペンが一向に進んでいないようだ。
「……………あのぉ、ア、アイスさん。」
僕はもう一度声をかけてから反応がないのを見計らって、なにを書いているのか覗きこんでみる。
そこには、中々綺麗な文字で ( 第五十八期冒険者ギルド兵団員募集要項 )と書かれていた。どうやらアイスさんはその原稿をどう書こうかと、まさしく悩ましい顔で悩んでいるようであった。
「…………アイス!、アイス!。冒険者さんがお待ちよ。」
僕の存在に気づいた隣の受付孃アリッサさんがアイスさんの肩をトントンと叩いて声をかけてくれた。
「……ん!?んっはあ。はあ、はあ………息すんの忘れてたわ。アリッサ。」
と顔を上げてアリッサさんに向かって言うと、アリッサさんに前を見てみろと顎で促される。
「…ん?。おう。ハルトくんかあ。今ちょっと書き物に集中してて気づかなかったわ。ごめんね。アハハ‥‥。」
「はぁ、いったい何書いてるんです‥?」
「…ん?‥うんとね、次の冒険者兵団員の募集要項のげんこぅ……………あっ!?」
なにか良いことを思いついたらしくアイスさんは目を輝かせ、満面の笑みを浮かべて僕の顔と紙面を交互に見出した。
「………もしかして、ハルトくんなら自分が受けた時の冒険者ギルド兵団員募集要項の内容覚えてるのかな‥‥?」
なぜアイスさんがそのことを知っているのか不思議に思ったが、確かに僕は自分が受けたときの兵団員募集要項の内容を一字一句違えずに記憶していた。
「はぁ、たぶん。」
曖昧に答えると、アイスさんは手を合わせて拝むように哀願してきた。
「ハルトくんおねがい!その時の内容で良いから、これに書いてくれない!?」
と言って紙とペンを僕に押しつけてくる。僕は渡された紙とペンを見ながら、まあ、そんなことで良いならと思い、一年半前のことを思い出しながらすらすらと書いて行く。
アイスさんはそんな僕を見ながら、「おっ!うおっ!わぁお!」などと嬌声を上げている。
一分程で書き上げてアイスさんにそれを渡す。
「おぉ……さっすがはハルトくんね。ほんっと助かっちゃったわ。ありがと!あはは‥‥。」
と言いながら満面の笑みを浮かべてその原稿を見ている。どうやら相当困っていたらしい。
「………………あのぉ、それで、これなんですけど…。」
ポケットから緑色の木片を取りだしてカウンターに置く。
この木片は色木札と呼ばれる物で、この黒鉄諸島及び内陸では一般的に為替として使われている。つまり、港での荷揚げ、荷下ろしという労働の対価として商業ギルドから作業終了時に受け取る木札をいつでも冒険者ギルドで換金、現金化できるシステムである。
「…あっ?換金ね。えーと緑色の札だから……えーと、五十ギリングと………。」
そう言って、アイスさんは横にある木棚の引き出しから取り出した銅貨を一枚一枚数えながら五枚の銅貨をカウンターの上に置いていった。
この大陸の黒鉄諸島自治区を含む南部では統一貨幣、銭貨、銅貨、銀貨、金貨という硬貨が使われている。その価値基準対比率は、一対十対百対ニ千という関係になっている。
そのため銭貨は一ギリング銭貨と呼ばれ、その一ギリング銭貨を元に銅貨は十ギリング、銀貨は百ギリング、金貨はニ千ギリングと呼ばれている。
今カウンターの上に置かれているのは銅貨が五枚なので五十ギリングである。ちなみに銅貨一枚、十ギリングで昼飯一食分程である。
カウンターの上に置かれた五十ギリングを受け取るため手を伸ばすと、突然シュッとアイスさんの手が伸びてきてバシッと僕の手を掴んできた。
「 へ?」
突然手を捕まれるなんて想像だにしていなかったので、かなり仰天した。
まず捕まれている手を見る、そして目線を見上げてアイスさんの顔を見るとアイスさんはニンマリと満面の笑みを浮かべていた。
「……この後、時間‥ある?」
満面の笑みと上目使いの顔。あぁ!なんてかわいらしいんだ!
思わず「はい!」と答えそうになったが、そこで僕の危機察知能力が働き出す。
「………えぇーと。なんです、いったい?。じ、実はちょっと用事が……。」
「ようじ‥‥?」
「あ、あのぉ。‥‥これからヨウ老師の夜間講習を受けようと……」
「……ふぅん。」
そう呟いて、アイスさんは横にある木棚から小冊子を取りだしてぺらぺらとページをめくり、パッと開いてカウンターの上にバシッとその小冊子を広げて見せた。
「あれぇ、ヨウ老師は昨日から三連休取ってるねぇ‥‥?」
その小冊子、訓練講習予定表のヨウ老師の欄を指でトントンと叩きながらそう言いつのってくる。
「ぁう……………………………………!?。」
僕はニンマリしているアイスさんの視線から逃れようとうつむき、穴があったらすぐにでも入りたい気分で小さく縮こまる。
「………あーっ、そんなに縮こまらないでね。別に怒ってる訳じゃないから。」
そう言うアイスさんの顔をチラッと見ると、確かに笑っている。
「……………………す、すいません。」
「いーの、いーの、でもね、君のことが心配なのよ。ワタシは。だから少し時間ちょうだい。」
彼女がなにを心配しているか、僕にははっきりとわかっていた。
そうなのだ、アイスさんは僕が六ヶ月のギルド訓練卒業後、一年近くも冒険者パーティーに入れずにいまだに冒険者ギルドの仕事が受けられず、港で日雇い労働をしていることについて心配してくれているのであった。
そう、このブラックプール冒険者ギルドに限らず、大陸にあるどの冒険者ギルドでも現在ではニ人以上で冒険者パーティーを組まなければ、第三等冒険者には成れない決まりになっているのである。
というのは、かつての冒険者ギルドでは冒険者の単独行動が通常的であったのだ。冒険者達は自由を愛する人種であったため、まどろっこしく人間関係の面倒なパーティーを組むことなしに、どんな仕事でも単独で受けて行動する者が多かった。
だがそこには大きな一つ問題があった。単独行冒険者の死亡率があまりにも高いのだ。
そして、そんな大切に育てた冒険者達を殺さずに済むように、数十年前に冒険者ギルドの法律書(冒険者ギルド律令)にこんな文章が書き加えられたのである。
(一、原則として冒険者はニ人以上のバディ又はパーティーを組んで行動しなければならない。)
この原則があるために僕はアイスさんに心配をかけ続け、いまだに第三等冒険者に成れないのである。
ありがとうございました。