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ヴァン・ド・スノウ


 人生のほとんどを山の中で育ったわたしは、美意識というものがまったく発達していなかった。

 

 そして、わたしの目の前でしかめっ面をして手紙を読んでいる、この大柄な老人。名前をヴァン・ド・スノウという。

 なんと、このブラックプール冒険者ギルドの長官を務めていると言っていた。

 わたしは美意識が発達していないのと同じく、この手の権威意識も薄く、長官と言われてもそれがどんなものなのかよくわからなかった。だけど、この目の前にいる、ヴァンという大柄な老人のことはそう言うことは関係なしに、見た目で気に入っていた。

 生まれた時からアーロンとしか接して来なかったせいもあるのか、わたしは何故かこの手の年配の人の顔というか雰囲気がとにかく好きだった。

 わたしの美意識はいわゆる、じじ専であった。

 

 先ほど、サンダンス商会に保管していた、アーロンの個人金庫には、グランヴィア金貨百二十枚程とこのヴァン・ド・スノウ宛ての封筒が入っていた。

 驚いたことにアーロンはエヴァの為に金貨百二十枚(二十四万ギリング)ものお金を貯めていた。二十四万ギリングというのは、一般的な家族が十年以上も暮らせるほどの大金であるらしい。

 わたしにはお金の価値観が理解できていなかったので、とりあえずいくらか手元に残して、ほとんどはそのまま保管してもらった。

 そして、その後封筒に書かれていた名前、ヴァン・ド・スノウについてロベルトに聞くと、なんと、それはブラックプール冒険者ギルドの長官の名前だった。


 

 ヴァン・ド・スノウは読んでいたアーロンの手紙を机にそっと置くと、そのやさしい瞳をエヴァに向けた。


 「‥‥‥‥アーロンさんはたっんか‥‥?」


 「じいちゃはわしのせいで、赤っちゅう山ほどでっかい赤熊に殺されてしもうた。」


 「‥‥‥ほうか、あのアーロンさんも逝ってしもうたか‥。寂しいことじゃのぉ‥‥。」


 そう言ってヴァンは少しうつむいて目を瞑った。


 「‥‥じいちゃのこと知っとるんか?」


 「ああ。アーロンさんには若い頃、いろいろ世話になってな。‥命を助けられたことも何度かあったわ。」


 そう聞くとエヴァはなんとも言えない良い笑顔になった。わたし以外にもじいちゃのことを知っている人がいた。と思うと心の底から喜びが沸き上がってきた。


 「ほんなら、ヴァンじい。じいちゃの話を聞かせてくれんかの‥‥?」


 ヴァン・ド・スノウはその大柄な身体と厳つい顔、そして長官という権威も相まって、誰からも恐れられる存在だった。

 実際にどんな勇猛な熟練冒険者でもヴァンの前では子猫のようになった。

 ところが、このアーロンさんの孫だという美しい少女はまったく自分を臆することなく、初対面にも関わらず、わたしのことをヴァンじいと呼んできた。

 ヴァンにとってはそれがとても新鮮で可笑しくてしょうがなかった。


 「うわっははは‥‥‥。エヴァと言うたか。お前、おもろいのお。‥‥さすがはアーロンさんの孫じゃわい。」


 「‥‥なにがおもろいんじゃ‥?わしはじいちゃの話を聞かせてくれ言うただけじゃ‥‥。」


 ヴァンはこのエヴァという少女を見ていたら、アーロンさんのひとり息子である、グレイのことを思い出して、はたと気づいた。


 「‥‥‥あぁ!、そうか。エヴァ、お前はあのグレイの娘か‥‥。」


 アーロンさんも冒険者としては一流だったが、息子のグレイはアーロンさんの上を行く英雄と呼ばれるたぐいの冒険者だった。

 あの十五年前のミッションで行方不明とされているが、ヴァンは今でもあの大陸で絶対に生きていると信じていた。

 

 だとすると母親は‥‥。


 「エヴァ‥‥。アーロンさんから母親のことは聞いとるか?」


 「‥‥聞いとるよ。エウクシータっちゅうエルフやったと、じいちゃは言うとった。」


 やはり‥‥そうだ。


 あの時、あの国からの使者としてわしの前に現れた絶世の美女エウクシータとエヴァはとてもよく似ていた。

 ヴァンはこの目の前にいるエヴァと言う美しい少女にとても強いえにしを感じていた。アーロンさんの孫で、グレイとエウクシータとのひとり娘である。

 ヴァンはエヴァというこの孤独な少女を、この先守ってやらなければならないという気持ちになっていた。


 「‥‥‥それでは聞かせてくれ。アーロンさんのこの手紙にはのぉ、エヴァ。お前が冒険者になりたい言うた時はその夢を叶えてくれ。とある。エヴァ、ここからが本題じゃ、お前は本当に冒険者になりたいんか?」


 「――――――うん!なりたいっ!!」

 

 エヴァは机にバンッと両手をついて、体を乗り出してそう答えた。


 「なりたいっ!どうしても、なりたいんじゃ!じいちゃとの約束じゃ。」


 目を輝かせ、真剣な顔で鼻と鼻がついてしまうほど顔を近づけてエヴァはそう言った。


 「おぉ。わかった、わかった。わかったから、少し離れてくれ。」


 少し離れたエヴァは真剣な眼差しをこちらに向けて、「フンスー、フンスー。」と息を荒げている。


 「‥‥じゃがのお。わしにはエヴァの後見人として力を貸すことはできるがの、お前を冒険者にすることはできん。‥‥エヴァ。お前は自分の力で冒険者にならねばならん。」


 「ん?‥‥どういうことじゃ‥‥ヴァンじい?」


 そう聞くと、ヴァンは一枚の紙を机の上に置いた。

 

 その紙には、こう書かれていた。

 (第五十五期 ブラックプール冒険者ギルド兵団員訓練生募集要項)

 

 このブラックプール冒険者ギルドでは、まず、訓練生になるために、この先、四月二十日に行われる入団試験(面接と学科試験)をクリアしなければならなかった。

 その後、第三等冒険者になるには、六ヶ月間の訓練を受けた上で、二人以上のバディかパーティーを組まなければならない。


 「‥‥エヴァの場合、学科は大丈夫じゃろうが、面接が問題じゃな。その話し方はなんとかせにゃいかんな。‥‥まあ、でも入団試験まではまだ二十日以上あるけ大丈夫じゃろ。そうじゃ。事務長のグリーン君を紹介してやろう。事務長はなかなか手厳しいからの、ついでに、その口の悪さも直してくれるじゃろ。わははは‥‥。」


 

 そうして、その後、紹介された事務長のアリア・グリーンという眼鏡をかけたほっそりとした年配の女性の指示に従って、寄宿舎への入居、入団試験の手続き、担当受付嬢への挨拶、などの事務手続きのすべてが終了した頃には、もう外は真っ暗になっていた。

 そして、次の日から、事務長のアリアさんから標準語という話し方を習い始めるのだが、アリアさんの厳しさに初日からをあげるエヴァであった。

ありがとうございました。

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