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戦いの行く末


 「‥‥‥グオアァッ!!」


 突っ込んで行くハルシオンに対応するかのように立ち上がった赤は体長四メートルを超える、まさしく天を衝くような怪物だった。ダイアウルフのハルがまるで子犬のように見えた。


 「ハル!。戻れ、戻るんじゃぁ!」


 ロンじいの叫び声にも焦りの色がまじっていた。


 白銀の軌跡をまっすぐ描いて飛びついたハルの身体を、赤が右手で軽く振り払ったように見えた。

 その瞬間、「‥‥ギャンッ!!」と叫び、ハルはあり得ない程の勢いで十メートルも吹っ飛ばされた。

 ドンッと雪の上にまともに叩きつけられたハルの身体からは雪と鮮血がバンッと爆発したかのように舞い散った。そして、ハルのまわりの雪は鮮血で真っ赤に染まっていた。

 顔から胸のあたりを爪でえぐられたハルは、真っ赤な血をドバドバと白い雪の上に流しながらも、「‥‥‥グルルゥ‥‥。」と唸ってゆっくりと立ちあがり、今度はよろよろとした足取りで、また赤に向かって突っ込んで行こうとしているのが見えた。


 駄目、駄目、駄目、駄目、駄目、駄目、駄目、駄目、駄目、駄目、駄目、駄目、駄目、駄目、駄目、駄目、駄目、駄目、行っちゃ駄目。逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、早く逃げて。ハル‥‥‥‥お願い‥‥お願い‥お願い‥お願い‥‥。

 必死で願いながら、歯をくいしばり、弓をめいいっぱい引き絞って自分の中にあるすべての魔力を開放し、精霊エレメンタル達を集めていた。


 ―――――――――エレメンタル。

 遥か昔から、この大陸では精霊と呼ばれる存在。

 現在、この世界では不思議とその実体については語られていない。だけど、それは間違いなくそこにあり、感じることのできる存在である。そして、エレメンタルと呼ばれるものは確実に実在している。

 エヴァが思うに、それはおそらく、特定の形を持たす、物質的な重量や質量も持たないエネルギー生物。

 たぶん、エヴァ達、人間が考えるような生物とは完全に異なっている。普通の人からは無色透明でにおいもなければ存在感も持たない生物。常識的には、そういったものを指して、存在している、と言わないだろう。

 だから、おそらく、存在のあり方さえ違っている。

 エヴァ達の世界とは違う次元の世界に生きている生物達。エヴァはそういったものがエレメンタルだろうと考えていた。

 遥か昔、この地に生きていた、エルフという種族は、このエレメンタルに自らの魔力というエネルギーを与えることによって、エレメンタル達をコントロールして強力な精霊魔法を自在に使っていたという。

 エヴァの魔法技術はまだまだ精霊魔法と呼べるようなものではないが、それでも、自分の魔力を与えることによってたくさんのエレメンタル達を集めることができた。集めたエレメンタルはそれぞれに強力なエネルギーを秘めていた。


 そして、そのエレメンタル達は、見えないはずのロンじいにも輝いて見えるほどに、わたしのまわりに集まっていた。


 「‥‥エヴァ。それを射てはならんぞ。おそらく‥‥‥ハルはもう駄目じゃ。ハルの為にも、ここは逃げないかん‥‥。竹林まで逃げれば、やつは追うてはこれん。」


 嘘だ。嘘だ。‥嘘だ。ハルはまだ動いている。今ならまだきっと助けられる。


 「‥‥‥‥‥いやじゃ。」


 そう言って、わたしは歯をくいしばって弦をそっと離した。


 ロンじいは、去年こう言っていた。「‥‥でかい赤熊いうのは弓では殺せん。頭を狙うても、分厚い頭蓋骨に弾かれてまうしの。心臓を狙うても、同じように分厚い脂肪をよう貫かん。‥‥どうじゃ、エヴァ。赤熊を弓で殺すにはどうしたらええと思う?」

 わたしは考えに考えて、いろいろな赤熊の殺し方を答たのだが、正しい答にはたどり着けなかった。そして最終的には、「‥どうやるんじゃ。じいちゃ‥‥?」とロンじいに答を直接聞いていた。

 それに対するロンじいの答は、「‥眼窩がんかを狙うんじゃ。」つまり、目の奥にある脳を直接狙うのだそうだ。

 わたしはそのとき、弓を初めたばかりで何十メートルも離れた動いている動物の目を狙って矢を射る、などということは不可能なことだと思っていた。

 だが、今ならできる。確実にそれができると思っていた。これだけのエレメンタルを集めれば、矢の威力も精度も何倍にも膨れ上がる。


 そして、指から放たれた矢は、スパンッと音を立てて、一直線赤の右目に向かって飛んでいった。

 赤という怪物はこの大きさにも拘わらず、俊敏で狡猾こうかつだ。ハルと相対しながらも、こちらの様子を慎重に伺っていた。

 高速で放たれた矢をその右目で捉えつつ、矢が刺さる瞬間を狙って首をブンッと振って、それを弾こうとした。

 だけど、エヴァの強い思いとエレメンタルを宿した矢は、赤が首を振った方向にギュンッと曲がり、たがわずに赤の右目を射ぬいたのだった。


 「‥‥グギャオオァアァァーーーーーッ!!!」


 山々に赤の悲痛な咆哮ほうこうが響き渡った。


 「‥エヴァっ!。来るぞぉぉーー!!」


 赤にも負けないほどの大声で叫んだロンじいは短槍を手に取り、赤の突進に備えるべく、腰を落とし、半身の構えを取った。

 

 弾かれるように猛然と走り出した赤は、狂ったような形相で右目に矢を刺したまま、血とよだれを垂れ流して突っ込んできた。

 赤熊は百メートルを八秒で走る。赤はもっと速いかもしれない。

 わたしはその数秒の間に、迫り来る赤に向けて、最速の動作で三本つがえた矢を五回、計十五本、赤の顔面に放った。何本かは弾かれたが、十本近い矢が、赤の顔面や肩口に刺さり、鮮血を撒き散らした。

 にもかかわらず、赤はエヴァの放ったその矢をものともせずに一直線にエヴァとの距離を一気に縮めた。


 「エヴァ。避けっ!!」


 そうロンじいは小さく言って、タンッと左側に飛んで、全身を弓のように仰け反らせ、槍をもった腕を赤に向けて渾身こんしんの力を込めて叩きつけた。

 槍は赤の首の付け根辺りにズバンッと致命傷と思えるほど深くつき刺さった。ロンじいは勢い余って手から槍を放して、ゴロゴロと前に転がっていった。

 それが、不思議なことにわたしにはスローモーションに見えた。

 あれ、なんじゃ、これ‥‥?。そう思った瞬間、赤の巨大な影が目と鼻の先まで迫っていた。


 「―――――――――――――ドンッ!!!」


 音が先に聞こえた。その後、ゆっくりとした感覚の衝撃が顔面を襲った。目の前が真っ暗になり、そして、目の奥が徐々に真っ赤に染まった。

 あぁ‥‥赤に吹っ飛ばされたのだと思った。だけど、不思議なことに痛みはまったく感じなかった。

 意識がゆっくりと闇の中に閉じていくのがわかった。そして、失われていく意識の中で、じいちゃは大丈夫だろうか‥?。ハルは生きているだろうか‥?。

 

 そのことだけが、わたしの思考の中でループし続けていた。

 

ありがとうございました。

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