エルフと霊峰カカ山
あのことがあってから、村人のわたしを見る目が少し変わったような気がしていた。
特に子供達はわたしがなにか怖いものにでも見えるようで、まったく近づいて来なくなり。ときに小石をなげられた。
そして、だんだんとわたしは遠巻きにいじめを受けるようになっていた。
ロンじいはなにかにつけて、わたしのことを心配してくれていたが、わたしはそのことについてなにも言わなかったし、いじめられてもたいして気にもしないでいつもどおりひとりで遊んでいた。
そんなある日、いつものようにひとりで遊んでいると、子供達に小石をぶつけられた。そして、逃げて行く子供達のひとりが聞き慣れない言葉を言った。
「エルフの子や!エルフの子が来よるぞ!みんな逃げろ。」
「えるふの子‥‥?」
聞き慣れない言葉だった。悪魔の子とか化け物とは呼ばれたことがあったのだが、この言葉は始めて聞いた。
家に戻ると、ロンじいが猟から戻るのを待って聞いてみた。
「‥‥‥‥えるふの子ってなんじゃ?」
そう聞くと、ロンじいは少し困ったような顔をした。
「‥‥‥‥‥そう言われたんか?」
アーロンもあのことがあってから、エヴァの将来を本気で憂いていた。
そして、エヴァがいじめられていることも知っていた。さらに、村人達からエヴァを悪魔憑きとか禁忌の子と言われたことで怒ってしまい、村人達との関係もかなり悪化していた。
アーロンはエヴァのためになんとかせにゃならんと真剣にいろいろと考えていたが、どうにもならない現状が続いていた。
そして、今度は今まで隠してきたエルフの話である。
だけど、エヴァがエルフの子供であることが村人に知られていたのには驚いた。
四年前、息子のグレイとともにこの場所に現れた絶世の美女こそ、エヴァの母‐エウクシータであった。
アーロンはエルフという種族を見るのは初めてだったが、エウクシータの超越した美しさを見て、すぐにこの目の前の美女が伝説の種族エルフであるとわかった。
そして、グレイは「‥‥‥‥悪い‥‥親父。やっかいごとに巻き込まれちまった。これから、このエウクシータと新大陸を目指す。暫くの間、この子を預かってくれ。‥‥‥‥頼む。」沈痛な面持ちで、それだけ言うと、生まれたばかりの小さなエヴァをアーロンに預けてグレイとエウクシータはそのままどこかへ出て行ってしまった。
エウクシータがこの村に来たのは、唯一あのときだけだった。
アーロンはあのときに村人の誰かに見られたのだろうと考えていた。だが、実際にエヴァがエルフの血を引いているかどうかはまだわかってないだろうとも思っていた。
もし、わかっていれば今のように無視され、いじめられる程度では済んでいないはずである。
それほど、他種族の血を引くということは、この村、いやこの大陸では禁忌的なことであった。
アーロンはなんともやりきれない気持ちでいっぱいになっていた。
何故なんにも悪くない、あの優しいエヴァがエルフの血を引いているというだけで石をぶつけられなければならないのか。白い目で見られなければならないのか。
どこにもぶつけようのない怒りでまさしく爆発寸前だった。
「‥‥‥‥‥エヴァ。よう聞いておくれ。‥‥‥それは本当じゃ。お前の母、エウクシータは確かにエルフじゃった。」
「‥‥‥‥ふーん。エルフ‥‥?」
エヴァは自分がエルフの子だと言われても別になんとも思わなかった。というのも、エルフというのがどんなものか知らなかったのである。
首をかしげているわたしを見てロンじいはエルフについて話してくれた。
「エルフというのはのぉ、人とは違う進化をたどった美しく長命な種族でな、精霊魔法を使いよる。遥か昔には人と仲よう暮らしておったが、ある時、仲たがいしての、人はエルフを悪魔じゃ言うてな、エルフ達をたくさん殺して、この大陸から追い払ったのじゃ。これが古代精霊戦争呼ばれておる。ほんでな、この戦争以後エルフはこの大陸を去り、その存在を歴史から葬り去られてしまったんじゃ。」
「‥‥‥‥エルフは悪ものなん?」
「いや、そうではない。わしは優しく温和な勇気ある種族じゃと思っとる。」
「それじゃあ、なんで嫌われておるんじゃ?」
「……それは人のせいじゃな。じゃがのぉ、英雄と呼ばれたエルフもおる。エヴァも知っておるじゃろ。七英雄サーガに出てくる、銀髪の大魔法使いアシャリータ‐ハルシオンがエルフじゃったと言われておる。」
「‥‥‥‥アシャリータがエルフ‥‥!?」
アシャリータ‐ハルシオンというのは、災厄のブラックドラゴン‐バハムートを討伐した七英雄のひとりであり、七英雄サーガの中では、美しき銀髪の大魔法使いとして英雄達と共に戦うヒロインのように描かれている。
エヴァにとって七英雄サーガに出てくる唯一の女性、大魔法使いアシャリータ‐ハルシオンはまさしく憧れの存在そのものだった。なので、彼女と同じ血が流れていると思うと、逆にうれしく誇らしい気持ちになってしまった。
「じゃあ、わたしも魔法使いになれるんかなあ‥‥?」
そう言うと、ロンじいの渋かった顔がいつもの笑顔に変わった。
「わははは。そうじゃのぉ。なれるかもしれんなあ。」
アーロンはエルフの子と後ろ指差されても、全然気にしていない様子のエヴァを見て嬉かった。
だが、これ以上この村に住むのは、アーロン自身が耐えられそうになかった。
そしてアーロンはエヴァに対して、こうきりだした。
「‥‥‥‥エヴァ、よう聞いておくれ。わしは猟師じゃ。この魚村におる必要はない。だからわしはな、カカ山の麓に引っ越そうと思っておるんじゃ。‥‥‥どうじゃ‥‥エヴァ?」
「うん。ええよ。」
エヴァは即答した。
エヴァは、村で無視されるのも、いじめられるのも、石を投げられることさえも、たいして気にしてはいなかったし、なんで子供達がそんなことをするのかさえわかっていなかった。
だけど、自分が村の子供達にいじめられているのを知ったロンじいのなんとも言えない悲しそうな顔を見るのは、心の底から嫌だった。
ロンじいにはいつもあの優しい目で笑っていて欲しかったのである。
だから、山の奥に引っ越せば、またあの優しい目と笑顔が戻ってくると思ったのだ。
こうして、わたしはこれ以後、あの出来事が起こるまでの間、この小さな漁村を離れて、大自然の広がる霊峰カカ山の麓で動植物とともにロンじいと二人で暮らしていくことになる。
そして、霊峰カカ山の麓での暮らしは、わたしにとって暖かくて輝くような幸せに満ちた日々の始まりとなったのだ。
ありがとうございました。




